40 / 44
今代の聖女の能力は 3
しおりを挟む汗がじんわりと浮かんでくる。
けれど拭うことなんか出来ない。この手を離すことは、浄化をやめることだから。
体内に溜まりはじめた瘴気の重たさは腰まで行き、肌の色を変えていく。
腰まで行ったタイミングでその色は二つに分かれていった。
一つはそのまま上まで上がっていき、もう一つは白いレースのドレスへ。
ちらりとドレスを見れば、グラデーションのように徐々に染まっていく。
ただ、遠くから見ると黒一色にしか見えないと思うんだ。
そばで見ていたら、淡い黒から徐々に変化していっているから。
黒のグラデーションも、思っていたよりキレイだ。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
冷えていく感覚がおへその方まで上がってきた。
わき腹を通って、腕の方へとその感覚は巡りだす。
じわじわと侵食されていくのがわかる。カルナークとやった、あの感覚を探る訓練を思い出す。
カルナークの魔力は心地よくて、訓練だって忘れそうになったな。何回も。
時々体の中からくすぐってくるから、いつかやり返したかったのに。
(結局やられっぱなしで終わっちゃった)
楽しかった時間を思い出して、この後の段階に備える。
両手の指先まで満たされたのを確かめた時点で、もう一度あの呪文を唱えた。
『不浄を拘束せよ。柵の契約、展開』
音を立てて両手首に枷と、両手首をつなぐかなり長めの鎖がぶら下がった。
見た目は重たいけれど、体感的にさほど重くない。どっちかといえば温度の方が問題で、瘴気が体を満たしていくごとに冷えていく。
中から外から瘴気の影響で冷やされていく。
でも熱でも出しているかのような、発熱初期みたいなあたたかさも混じっていて。
(キッツいよぉ……)
太陽に近い場所で、ずっと宙に浮いてその時を待ちながら瘴気を吸収していくんだ。
今までの聖女にはいろんな称号がついていたようだけれど、こんなあたしにはどんな称号が与えられるかな。
今の姿だけだと、吸収の聖女、吸着の聖女……、なんかヤダ。
空気清浄機と似た作業だから、清浄の聖女? 噛みそう。
もうちょっとカッコイイのがいいけど、語彙力なさ過ぎて浮かばないや。
あの5人なら、それっぽいのをつけてくれるかな。誰のセンスが一番だろう。
(なーんて、くだらないことでも考えていないと意識が飛んじゃう)
気を失うことも出来ない。
朝食前に始めた浄化は、太陽が上にのぼりきってもまだ終われない。
どれだけ溜めこんでいたんだよ、瘴気を。
今…自分の体の状態をすべて把握しきれないけれど、なんとなくわかることがある。
あたしの髪は、半分くらいまで黒に染まっているはず。何故ならば、耳に触れる髪がチリチリと音を立てながら細かい棘のように刺激してくるから。
目には、聖女の色のコンタクトを入れてある。
髪色だけ聖女っぽくなくなりつつあるけど、どうにかなるでしょ。
胸まで上がってきた瘴気の冷たさに、いよいよだと彼を捜した。
視線を彷徨わせていると、よくみればわかりやすい場所に彼はいて。
ここから見える一番高い木の上、枝に腰かけてこっちを見ている。
(すっごい特等席で見ててくれたんだ、ナーヴ)
彼の指先が宙で動き始めたのが見える。
耳をくすぐるように、彼の声が聞こえた。
「準備完了。そろそろか?」
用事だけを示してくる彼の声に、頬をゆるめそうになる。
相手と連絡が取れる通信の魔法だという。
こうやって話をするのも、もうすぐ終わりになる。
「うん」
簡潔に、余計な会話はしないように。
「転送するから、上手いことやってくれ。……転送」
話しながら、彼が魔法を同時展開して一枚の紙を送ってきた。
『オープン』
手を使わず、呪文で紙を開く。いつもの光の魔方陣に、赤い文字が書かれている。
『顕現。――退魔の剣』
目の前に現れた剣に、ナーヴの光魔法が絡むように螺旋を描きつつ付与されている。
意識を剣に向けて、次の呪文を唱えた。
『不浄を滅し、次代へのつながりを断て。理を破壊せし者の思いを紡げ』
淡いピンクの魔力が、剣に吸い込まれていく。
何時間ほど経ったのかな。もうそろそろ夕暮れ時だ。
あたしを見上げる人の群れに、国王様を見つけて叫ぶ。
「――――王よ」
なるべく偉そうに、声を張って。
国王様の横にいる、多分魔術師だよね? 風魔法を使おうとしているのが、光の色でわかる。
「聖女、陽向。我に何用か」
落ち着きのある声に、心の中でごめんなさいと謝る。
「最後に文句が言いたくて、王に」
「文句、か。なんだ。申してみるがいい」
この会話はきっと他の人たちにも聞こえているのだろう。電話のスピーカー機能みたいに。
「この国の瘴気を、どうしてここで産まれても暮らしてもいなかった誰かに任せるんですか」
「それは、言われても仕方のないことだ。その言葉を、甘んじて受け入れよう」
「受け入れたって、変わらなきゃ結局また同じことがめぐりめぐるんでしょ? いい大人が人生で何も学ばなかっただなんて、言い訳にもなりませんが? 魔法も暮らしも、きっとすこしずついい方へと変化していったのでしょ? 学びがゼロのまま、時だけが過ぎたなんて思えない。あきらめた頃に現れた召喚にすがるのは勝手だけど、人が成長していった先で考える足を止めるのは違ったんじゃないですか? それとも対価を捧げるのが自分の体じゃないから、どうでもいい?」
「そんなつもりはなかった! ……なかったのだ」
「言い訳みたいな言葉はいりません。あなたは王です。この場所を、民を、命を守る義務がある。責任がある。一番上の人間が、一番安全な場所にいるだけで満足してどうするんですか!」
「…………そうだ。まごうことなき、王だ。だから……こそ、責任をもって聖女・陽向……お前を召喚することを選んだのだ」
「だーかーら、そればっかりが責任を果たすということにはなっていないでしょう? と言っているんです」
「わかってはいる」
「わかってるだけ、じゃないですか」
口調をワザとキツめにしていく。
こういう会話も、特にコミュ障気味だったあたしには相当の負荷がかかるんだよね。
頭のてっぺんが、太陽にあぶられているように熱く痛みだす。
「自分のことは自分でどうにかしなさいって、言われたことありません? それとも、王になる方々は、まわりが全部尻拭いしてくれるのが前提ですか?」
「そんなことはない。発言、行動……と、無責任にしてきたことはない」
低く重い声音で呟かれるそれは、国王様の本音だと感じられるモノで。
「でも、やっちゃったじゃないですか。こうやって、今回も」
「……ハッキリ言ってくれ」
あいまいに伝えたのに意味を察して、あたしの言葉を受け入れた決意を感じる。
(国王様。あとはよろしくお願いしますね)
心の中だけで、伝えない言葉を呟いた。
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる