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……触れて、 5
しおりを挟む~水無瀬side~
彼が苦手だろうと思っていた呼び捨てを、あえてねだる。
彼の中にある、俺からしたらどうでもいいことを壊すキッカケの一つにしたくて。
俺からしたらどうでもいいことだろうが、彼の中には深くて広く根を張った病原菌のように簡単に癒せないものでもあることをこの数日間で嫌ってくらい知らされた。
――俺は、バカが大嫌いだ。
何も考えず、まわりも見ることが出来ず、自分のことだけを大事にすることだけに特化したバカ。この世の中に、ごまんといる奴らだ。
そして、俺もきっとそんなバカだと思っていた。
察しているようでいて、さりげなく誘導しては自分に都合よく事が進むようにと手を差し出す卑怯者。
でもそうしていけば、社会の中でも上手く流れの中に溶け込めて、恋愛関係の方だって結局は俺の意見を飲んでもらった方が都合がよくて楽だから、体が先になって心が伴うのが遅いと責められたって諦めてもらえる方向に誘導してきた。
そうすれば、俺は傷つかない。ただ、誰かを抱いて、誰かに抱かれただけ。それっぽっちの話ばっかりの日々だった。
(そればっかりで、実りのない生活と、何も残らない恋愛関係を繰り返して、どこか退屈さや窮屈さを感じてた)
付き合って別れて…を自分の都合で繰り返しておいて窮屈も何もないはずなのに、むしろ居心地が悪く感じていたことの方が多かった。
別れたことによって相手に抱かせた感情が、振り切ったマイナスの感情じゃなかったから、まだこうして普通に仕事も出来ているし新しく次の誰かと関係をつなげてこれていた。
ある意味、運がよかっただけ。
運という部分だけに特化して考えれば、悠有は…悪かったと言っていいんだろうか。
病気になったことを、運が悪かっただなんて言葉で片付けちゃいけない。
その治療中に、親が自分の担当医と再婚することになって、結果それが自分の病気を治せる環境を作っていった。
こっちに関しては運がいいと言ってもいいのかもしれなくても、そんなチャチな言葉で片付けてほしくないだろう。
再婚で弟が出来て、時間はかかれども仲良く過ごせていた。過度に愛されるほどに。
それが兄弟という枠を超えて求められるほどになったのは、運どうこうよりも悠有の性格からだったり向こうから見て相性がいいと思わせてしまったからなのか。
悠有は他の人よりもすこしだけ遅れはしたけど、健康な体に近づき、大学に入り、就職もし、それまできっと諦めかけたことを消化している最中のはずで。
その中で人付き合いだって、諦めていたこともきっと多かったはず。言いたいのに言えない。言えば自分との関係がどうなるか、自分はどう思われるか。
義弟との関係だって、かなり悩んでいたけど、切り捨てるまでに相当苦しんだはず。母親のこと、新しく出来た父親のこと、やり方が間違っていただけで好意を伝えてきた相手を嫌うことなど優しい彼には難しい選択だったはずなんだ。
こわごわと、恐れながら、怯えながら。
環境に、人に、手を伸ばして。触れて、向き合って、自分の中に生まれたいろんな感情にも向き合って。
何度も間違って、何度もためらってはまた諦めて。幾度となく繰り返したんだろうそれは、彼にとって傷だったのかそれとも自分を変えるための足掛かりだったのか。
彼を癒してあげたくて髪を洗い、背中を流し、入浴剤にもちょっとした面白さを絡めて。
その流れで一緒にゲームをと伝えた時の彼の表情はとても幼く、彼が過去になにかをひとつ諦めていた時期に一瞬戻ったんじゃないかと錯覚したほど。
一緒にいなかったはずの時期の彼に出会った気がして、嬉しくなって、いつもならメンドクサイとすら思うことを彼のためにならしたいと思えた。ゲームのセッティング以前に、そもそもでゲーム機とかを発掘しなきゃいけないんだから。
そんな話の後に起きた、彼の体への変化。…まぁ、彼の話を聞けば、健全な成人男性の素直な体の反応ではある。
自分が準備をしていた時のことを思い出したら、一部が元気になってしまったとか…彼氏としては嬉しい誤算。
けど、彼の体を考慮するなら最初から最後まではすべきじゃない。そもそもで彼の体力がそこまで戻っていない、きっとね。
そう思って口で出すだけ出してあげようと思っていたのに、つい…こっちも健全な反応で勃ってしまった俺のモノを見てか、気を使われた。
お互いにお互いのことを想ってる。そこの部分だけを見れば、恋人になったばかりにしては上出来と思えるはずなのに。
とにかく先に出させてしまおうと、彼のトラウマのどこまで踏み込んだらアウトなのかを量るのもあって前立腺を直接刺激しようと彼に問いかけた。…だけだった。
のに、結果的に言えば前立腺を刺激したのにもかかわらず、その刺激に耐えて…かつ俺の欲をどうにかしようと素股でって思ったんだよね。悠有は。
…刺激が物足りなくなって、二人の手で扱くことにしたけど、そっちに誘導しなきゃいつまであの状況だったんだろう。
それでも、さ。必死になって考えたんだよね? 悠有は。俺が悠有のためにってしたことを潰さずに、俺も気持ちよくしたくて、互いの体に負担をかけすぎない方法…ってさ。
全て解決なんてことばかりにならないのが、世の中の仕組み。みんな何かしらを諦めて、取捨選択をして生きていく。
なのに、彼は生きることもたどたどしくって、全部を捨てるか全部を拾うかのどっちかしか選べなかったのかもと思うような行動をする。
なんて言うんだろう。彼にも告げたけど、本当に手がかかる。そして、バカだ。
(でも、俺が嫌いなバカではない。むしろ愛しく思えるようなバカさだ)
恋愛フィルターがかかっているとか、言わない。ものすごく冷静に彼を見ている俺がいる。
彼にシャツを着せて、そっと抱きしめる。
俺が抱きしめていても、わかりすぎるほどためらいが目に見えていて。
抱きしめ返してもかまわないのに、腕が俺の背に回されることはない。
「……バカだよ」
抱きしめてもいいんだよと伝われと願うように、その腕に力を込める。
――でもやっぱり、彼は一向に抱きしめ返さないままなんだ。
臆病すぎる、バカで愛しい俺の彼氏。
(踏み出す一歩が難しいのは分かってるよ、悠有)
心の中で、彼にそっと囁く。
そして、ぎゅっと抱きしめてから彼の肩に頭を乗せて…囁いた。
「この俺に、こーーーんなにも悠有のこと…好きにさせといて。…そんな表情するなんて…バカすぎる」
と。
「俺って、恋人で…合ってるんだよね?」
背中を撫でるように手を上下させて、そっと呟く。
なんか一緒に時間を過ごしていて、同じシーンを繰り返しているような気にもなる。デジャヴみたいな。
揺れて、ブレる悠有の心を自分へと引き留めてばっかりだ。
「そうだって、自分で言ったよね? お風呂に入る前にそういう会話したよ?」
まるで子どもが話しかけているような物言いに、思ったよりも動揺しているのかもと感じる。
始まったばかりの恋を、たった数日で終わらせられてしまいそうで怖い…と。
しかも理由が、多分だけど悠有の独りよがりな暴走。
吐露さえしてくれれば、俺がその問いにすべて答えるつもりでいるのに。
「昨日の今日でさ、悠有のこれまでが全部記憶から消えるなんて魔法でもあるまいし、無理だよね」
抱きしめたまま、ゆっくりと話しかけていく。
「俺が悠有と出会う前に彼氏や彼女がいたことだって、なくならない。逆も然り。……で、ベタな話でいけば、相手の過去を気にしないなんて無理…だよね? それとも、悠有は俺の過去の相手…気にならない? 一切」
過去の相手気にならない? と言葉にしたタイミングで、肩先が揺れた。
「俺はたまたま悠有の相手を知る機会があった。悠有もそれを話してくれた。だから、一人で勝手に考えて凹むとか腹を立てるとかがなかった。……じゃあ、悠有は?」
誰に対してかはわからないけれど、妬いててほしいと思う。それくらい、俺のことを好きでいてくれたらいいのに…と。
「その手のことだけじゃなくて、悠有が疑問に感じたとか不安になったこととか、いちいち聞いたっていいんだよ?」
恋愛経験の多さがどうとかって話じゃなく、これは単純に俺がそうしてほしいと思ってる。それだけ。
不意に腰のあたりのシャツがクイ…ッと引っ張られた。
「そんなやつ、俺なら…めんどくさいやつって思いそう」
ぽそぽそと、自信なさげに呟く悠有が小さく息を吐く。
「俺も今までは多分、そう思ってた。…でも、悠有が相手だったら、そうされたい」
好きだからこそ、の行動変化。
自分にだけという特別感。それを知っててほしい。
それに不安を抱えるたびに吐き出していいと言われたことで、この場で悠有に俺から許可を出したことにもなる。それがあるかないかで、勝手に妄想して不安になることも減らせるかもしれない。
悠有は、甘えるタイミングを探している子どもみたいだ。
「悠有は、さ」
「…うん」
「怖い? 触れるのも、触れられるのも」
主語をあえてつけずに、問いかけてみる。
「――え」
戸惑いが伝わる。それと、今、俺が問いかけたことへ答えた後のことも…きっと怖がっている。
悠有の体がこわばっているのが、触れている場所から伝わってくる。
顔をほんのすこし首の方へと傾ければ、首筋が唇と鼻先に触れた。無意識で頬が耳の裏に触れたのがわかって、そのまますり寄せた。
こわばっていただろう体が一瞬、ふ…っと力が抜ける。
「くすぐったい」
すこしだけ顔を離してみれば、耳が赤くなっていた。
「くすぐってる」
あえてもう一度、今度は鼻先をすり寄せてから耳へと短く息を吐く。
肩先がキュッと首の方へと寄せられて、本当にくすぐったいんだなと思うと頬がゆるむ。
「意地悪だなぁ」
なんて呟く悠有の声が、さっきよりほんのちょっとだけ軽い感じだ。
「意地悪してるんだよ」
「…俺の彼氏は、意地悪なのか」
彼氏扱いをここで持ってくるのか…と思いつつ、まだ耳が赤い彼が出来うる文句という名の仕返しなのかもしれない。
(俺へのダメージは全くないんだけどね、正直なところ)
とか思いつつも、彼の言葉の続きを待つ。
「……さっきのさ、質問…って、対象は?」
どこかためらいながら、それでも聞きたくて勇気を出してくれたよう。
「対象、ね。……悠有が答えたいというか、答えられる方だけでもいいよ。体でも、心でも。…どっちもでもいいし」
本人が答えたいと思う状態で話を聞かなきゃ、本音じゃないかもしれない気がしていて。だから、余計に焦れったくてもこっちだよと手を差し出すだけ。
適度に甘やかすけど、やりすぎたら悠有が自分のことなのにどこか無責任になって、それに悠有が気づいた時に自分を責めてほしくないなと思った。
なんだかいつもどこかで自分をが悪いと思いがちなところがあるから、なんとなくそこを警戒している。
「…そ、か」
ためらう気持ちを残したまま、短く返事をくれた悠有。抱き合いながら、彼の背中や頭を時々撫でつつ彼の心が整うのを待ち続ける。
俺はそこまで心と向き合って生きてきたわけじゃないんだと思う。…とか言えば、なんか非情だなと取られそうだけど、関心があるようで無関心なところがあったんじゃないかと思ってて。それがこれまでの恋愛関係にも表われていたのかもと思っている。
そういう恋愛を、相手が女だとか男だとかを一緒くたにして、数だけはこなしてきて。
数多くの出会いと別れの先に、今、悠有とのこうしたやりとりにつながっているとすれば、体ばっかりの関係だけ濃くて恋愛自体へのつながりが希薄だとしても、まったく無駄ってわけじゃない。…と思いたい。いや…無駄にしたくない。
ああ、あいつ…こんなこと言ってたっけとか、こんなことあの子に言わせちゃってたっけとか。思い出してみれば、誰かをいつも傷つけて歩いてきたんだろう。その時に自分がどんだけひどい人間だったかを振り返れば、悠有を傷つけたくない時や傷ついている彼に気づきたい時にそれらが活かせる……かも…し、れ…ない? だといいな。俺の今までの人生と恋愛らしくない恋愛たちが、ゴミにならなきゃいいな。
そんなことを思うのだって、悠有をどうにか救いたい、これからを一緒に笑える相手と思われたい……と少なからずとも感じているからのはず。
なら、今まで誰にもしてこなかったことをするのも必要。相手に勇気を出せって背中を押すのなら、こっちだっていつもと違うことをやる勇気を出さなきゃ不公平だ。
「……俺さ、初めてなんだよね。こうやって触れてて、話してて、心地いいの。心も体も、どっちもね。こんな風に穏やかな気持ちになる日がくるのかって思っていなかったからさ。…なんていうか、ほら…わかってるだろうけどヤる? ヤらない? なんて聞くような人間だったから。俺」
自分の想いをちゃんと聞いてもらうのも、きっとしてこなかった。
「俺は…あのノリだったから、乗っかっちゃえって思えたところあったけどね」
悠有がそう言いながら、小さく「…ふっ」とふき出したのが聞こえる。
「ほんと、変な始まりだったなぁ。…水無…瑞…にはよくある始まりの一つでしかなかったんだとしてもさ」
なんて呟いてから、また「ふ…ふふっ」と堪えるように笑う。俺の肩先で。
「瑞…と個人的に一緒にいることに決めてから、片手で足りるくらいしかそばにいないけどさ」
「…うん」
さっき俺がしたように、悠有が俺の首筋へ顔をすり寄せてきた。
ネコのように。
「なんだろうね。……始まったばかりの恋なのに、もう……手離したくて」
すり寄ってくるその仕草は、そばにいて…と言っているみたいなのに、今…悠有の口から出てきた言葉は真逆の言葉。
「恋って……怖いね。するのが、こわいよ。正直」
抱き合っている状態で話した方が、きっといろいろ吐き出してくれるかもと思ってしている俺。
――のに、失敗したと思った。たった今。
(悠有、その言葉をどんな表情で言ったの?)
寝言で聞いた言葉を、改めてハッキリと告白されているようで、心臓がギュッとする。
苦しくて、痛い。
その痛みの中に身を置いて、知った。
相手に痛みを自覚させる時、その痛みを一緒に背負おうと思う時。その瞬間には、相手が感じているんだろう痛みも同時に共有するんだっていうことを。
その痛みは、思いのほか痛くて、その何倍もの痛みを悠有が感じているんだと安易に察することが出来てしまう。
俺も悠有へ願うように、もっと身を寄せる。
始まったばかりの恋を本気で手離さないでと口から出そうになるけど、それを飲み込みながら。
ふ…と悠有の腕が俺の腰へと回って、ゆるく抱きしめられる。
肩が急に軽くなって、彼の頭がそこからなくなったと気づいて、反射的に顔をそっちへと向けた。
「…好きだよ」
至近距離で見つめあう場所に、彼の顔があって。わずかな隙間を残して、指一本分前に顔を出せばキスできそうなほど。
その距離で囁かれた、愛の告白。
息を飲む俺へと、彼は言葉を続けた。
「……触れて、もっと」
囁くと同時に顔を傾けて、わずかな距離をゼロにして。
ちゅ…と軽いリップ音が聴こえた後に、まるで愚痴のような囁きが耳に入った。
「…って、言えたらいいのに」
と。
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