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恋愛観はいろいろあっていいハズ 3

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~小林side~



長い長い治療期間を経て、もしかしたら成人できないんじゃないかと言われていた俺に、奇跡はあった。

遅れに遅れた勉強も、必死になって時間と人の手を借りてどうにか詰め込み、通信制の高校を卒業。

そして、二十歳になってやっと大学受験までこぎつけて、一発で合格!

…と、ここまではよかったのに、受験前に無理したのが祟ったのか倦怠感がひどくて結局休学を一年間して。

体力に無理がないようにと大学とも相談の上でカリキュラムを組み、なんだかんだで6年かけて卒業。

最初に出来たはずの友人は、だいたいが一足先に就職したり大学院の方へ上がったり。

長く付き合える友人を作れないままに、就職となった俺。

そんな生活の中での唯一の癒しが、入院した病院で出会ったBL小説。

いわゆる布教活動にまんまとハマってしまったというわけで、その時の相手(女の子)は今でも友人だ。

入院していたら、やれることに限りがあったり読める本も限界を迎えることが多くて、刺激のない生活に辟易していた時の出会いだ。

最初はいわゆる肌色が少なめの内容だったのに、「小林くんだったらコレも多分イケると思うよ!」と紙バッグに入った本を読んだ時の衝撃は、今でも忘れられない。

「一応年頃の男の子なんだけど、こんなに刺激が強い小説を読ませてどうするのさ」

そう文句を言った俺に、「コミカライズされたものを渡したんじゃないんだし、小林くんが妄想がすごすぎるのが悪いんでしょ?」と俺に責任転嫁してくるという…。

たしかにコミカライズされたものだったら、ちょっと病院で大っぴらに読めない代物の時がある。

「それともコミカライズされた方をご所望?」と聞かれた時に、思いきり断ったくらいだ。

同性間の恋愛は、文字で読んでみると思いのほか複雑なんだと感じた。

異性間の恋愛にはない壁があって、ただ相手に告白をするのにも何度もためらって。

ためらいの理由も、奇異の目で見られるかもしれないという恐怖にも近いものから、相手を守りたくて…というのが多かった。

ここ最近流行りのオメガバースとかいう世界観でもあれば、同性同士でもいいとされる決まりのようなものもあるのかもしれない。

それでも、汚らわしいと圧倒的な拒否反応をする環境のひどさに、眉間にしわを寄せながら本を読んだ。

そうして読み進めていくと、何冊目かの本の読後に、不思議な感覚が自分の中に生まれていた。

「男とか女とか、どこの誰が相手とか。小難しいことなんか無関係で、好きになった相手が誰なのかってことが重要で。その人自身を好意的に思えたから、悩むんだろ? 男だから好きになった、女だから好きになった…じゃなく、その人ゆえに…でいいんじゃないのか? 恋愛の本質って」

初恋もアッチの経験もまだまだな俺が、そんなえらそうなことを考えていいのか悩むところではあるけど。

「俺も…俺だから……好きになって欲しいし、相手がその人だから…好きになりたい」

未経験だから思えるかもしれないそんな発想を抱えつつ、何かの用事ついでに何度となく立ち寄ったことがある書店に就職をした俺。

教育係だと紹介された水無瀬さんという男性は、下半分だけフレームがあるメガネをして、短めの黒髪が爽やかな印象の男性だ。

失礼と思いつつも、一瞬だけBLで想像しそうになって、さすがに職場の人に対して失礼だなとすぐさま頭からそれを消す。

奥二重の目が、ふわりと微笑んで俺をロッカールームに案内してくれる。

話し方も接客用のそれなのか、やんわりとした声色にゆるやかな速さでなんだか落ち着く声だ。

身長はほとんど変わらないようで、話をしてて目がよく合いやすい。

ロッカーにはめ込む俺の名前を書けば、字がキレイだとか褒めてくる。

(こんな風に褒めてくれるのも、すぐになくなっちゃうんだろうな。そのうち厳しく指導されたりする日々が俺に訪れて…)

なんて想像していたら、視界の端にあった水無瀬さんが脚立の上でグラついた。

「危な……っっ!!」

声が出たのと足を踏み出したのは、ほぼ同時。とっさに距離を詰め、ガバッと腕で包むように支えた。

シャンプーか柔軟剤の匂いだろうか。髪が俺の鼻先をくすぐって、匂いで刺激してくる。

(あぁ、もう。こういう展開もBLで見てきたやつじゃん)

友人のせいですっかり毒されている、俺の脳内。腕の中にいる水無瀬さんに、心の中で謝り倒す。

マニュアル本を受け取り、どうしてか視線をそらされた水無瀬さんに一つお願いをする。

「お名前、改めて伺ってもいいですか?」と。

店長が口にしてはいたけど、俺の紹介だけで目の前のこの人からは自己紹介をされていなかったことを思い出した。

首をかしげるようにして、どうでしょう? という空気を醸し出す俺。

ふ…と彼の視線を見ると、俺の目よりも俺のまわり(特に頭の方)に視線が泳いでいる。

何か見えてる? それとも、何かついてるの? と思ったものの、聞くに聞けず。

水無瀬さんの言葉を大人しく待っていると、パチリと完全に目が合った。

というか、ガン見されている。目を。

なんだろう、この人。このまま、そらさない方がいい?

困っている俺を楽しんでいるの? と思えてしまうようなタイミングで、彼が微笑みを浮かべる。

「俺の名前は、水無瀬瑞だよ。これから、よろしくね」

そう告げてから、握手を示すように手を差し出された。

え? これ、なんの握手? なにかされるの? 単純に、これから同じ職場でよろしくね? の挨拶って受け取ってていい…のか?

一瞬フリーズして思案していた俺の目に、口角を上げて笑みを深めた水無瀬さんが映る。

まだ、始まったばかりの関係。

見えないものは多いけれど、そんなもんこれまでだってあっただろ。

新しい場所。新しい生活。新しい人間関係。

(新しいことに飛びこめるようになったんだ。なんだって、これから…なんだから)

思いを新たに、俺は水無瀬さんの手に俺の手を合わせて軽く握る。

「小林悠有です。こちらこそ、よろしくお願いします」

今度はフルネームで、自分という人間を伝える。

最初からなんでもかんでも上手くいくわけがない。そのつもりだったじゃないか。

水無瀬さんのように微笑めているかわからないけど、とにかく笑おう。

(いい感じに笑えたつもりだけど、上手く笑えたかな?)

ドキドキしながらつないだ手に力を込めた俺に、それ以上の微笑みを見せて握手を強めてきた水無瀬さん。

といっても、それも一瞬のこと。

手を解かれ、「それじゃ、エプロン着けたらこっちに来てね」とロッカールームを出ていった。

さっきまでつながっていた手がどこか寂しく感じられて、初めて感じる違和感に首をかしげる。

(手が寂しいって、なに?)

エプロンを着けて、ロッカーの鍵をかけてから廊下へ出た。

「メモとか筆記用具とか、準備はしてある?」

そう聞かれて、よくわかっていなかった自分を恥じる。

赤くなって返事が出来ずにいる俺に、クスッと小さく笑ってから。

「それじゃ、就職祝いに進呈しようかな」

そういって水無瀬さんがポケットから、手のひらサイズのリングタイプのメモ帳とボールペンを取り出した。

「うちの取引先からもらったやつなんだけど、とりあえすはそれで。覚えること何かとあるから、就職する時はメモは必須だよ」

なんて、初めての就職だっていうのをわかっててか、アドバイスのように話してくれる水無瀬さん。

もしかしたら嫌味なのか? と思う人もいるかもしれないけど、今、目の前で彼が見せてくれている表情を見たらそんなことを思うわけがない。

ただの、アドバイス。それ以上も以下もない。でも、冷たさもない。

初めての就職。初出勤。初めての上司。

初めて尽くしの今日は、体の調子も思ったよりはいい感じで。

「ありがとうございます。使わせていただきますね」

素直にそう感謝を伝えたら、目尻が下がって「ふ…」と小さく息をもらして微笑む。

男性をキレイだと思ったのは、これが初めて。

「じゃあ、まずは店内の案内含めて従業員の紹介をしようかな。その後に、朝必ずやっている作業があるから、その説明ね」

「…はい!」

メモとペンを手に、一歩進めば彼の黒髪がふわりとなびく。

サラサラの黒髪は、ひどい天然パーマの俺には羨ましい髪質だ。

(触ってみたいなぁ)

ぼんやりとそんなことを考えたことに気づきもせず、店内までの廊下で彼の黒髪を眺めていた。


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