にいにと呼ばないで。

ぽぬん

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罪と☓

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冷たい雨が降ってた。

俺と義兄の心を映すかのように葬式が終わるまで…いや、終わってからも雨は降り続けた…泣いて泣いて憔悴しきっている母を見ているせいもあるのか、涙が流れなかったからそう思った。

俺がしっかりしなきゃって。

それは義兄も同じだったんだと思う…たぶん。
ただ単に、引っ切り無しに挨拶に来る参列者の対応に追われて、疲れて、そんな暇なかっただけかもしれないから。

「棗!遅れて悪かった、少し変わろう。」

彰孝あきたかにいさん…。あり…がとう、ございます…。」

彰考さんは…義兄は兄と呼んでいるが義父の弟だ。そりゃまだ30代前半だから、おじさんと呼ぶのには抵抗があるよな。

参列者の応対から開放された義兄は少しフラつきながら家屋の裏に足を進めているのが見えた。
気になった俺は親戚のおばさん達に母を預けて追いかけることにした。

「…にいに?」

「あぁ…響か。どうした?義母さんは大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。傘くらい差してこなきゃ。風邪なんて引いたら…」

「響…肩かしてくれる?」

俺の返事を聞く前に、俺の差し出した傘の中にふらっと入り込み、俺の肩に顔をうずめた…というか、俺の方が身長低いし小柄だからほとんど抱きついてるようなもんで…俺の方がうずめてるようにすら見える。

背中に手を回して、ぽんぽんと優しく叩いて…

「…ちゃんと、最後まで見送ろう、にいに。」

「…んっ。」

少し震えていた義兄だったが泣いている訳ではなかった。きっと堪えていたんだろう、と、俺は思ってた。何も分からない、ましてや義父の葬式の最中だ。『どうして震えているのか?』なんて…分かるはずなんかないだろ…。

「響くん!棗と一緒だったんだね?」

慌てた様子で彰考さんが駆け寄ってきた。

「お母さんがどうにも手に負えないみたいで…すぐ戻れるかな?」

「あっ、はい。わかりました。」

「っあ…!」

義兄は小さく声を漏らしたが、俺は母の元へと急いだ。

「棗…『少し』と言ったぞ?今は大変な時だからな?それと…やけにあの子に甘えるようになったもんだなぁ…。」

「そういう…わけじゃ…ッ?!ぅ!」

「さ?戻ろうか。あぁそれと…わかってるよな?」

「っ…は、い。」

義兄の声が聞こえた気がして振り返ってみたけど、彰考さんの差している大きめの傘のせいもあって、義兄の様子は隠れて見えなかった。

その後は…母を落ち着かせてから、式は進み、義父は天へ昇っていった。

その式から数日後。

母も少しずつだが日常を取り戻そうと体を動かすようになり、家の中の雰囲気も良くなってきた。

その変わりに…義兄の帰りが遅くなり、家を空けることが多くなったこと以外は。久々に家にいても部屋に閉じこもったままだったけど、その日は珍しく友人を連れてきていたらしい。

ガチャッ

「ん?あ、すまん、間違えた…君、弟くん?」

「え、はい…?」

俺と義兄の部屋は隣同士で並んでいて、どうやらその人は俺の部屋と義兄の部屋を間違えたらしい。

「………。」

何故か見つめ合ったまま。

やたらと体格のいい、まさにスポーツマンといったような人。

「なるほどな…うんうん…。」

上から下まで俺を見て、何かわからないけど納得したように頷いていた。

「あの…なにか…?」

「あぁ!俺は棗の友人の水帆みなほの相方の健悟けんごだ。また家にお邪魔させてもらうこともあると思う。」

「は、はぁ…俺は響です。よろしくおねがいします。」

豪快に笑って自己紹介をしてきたので思わず応えてしまった。義兄の友人の友人…?少しびっくりしたけど気持ちのいい人だなって感じた。

「あ!ケンゴ浮気か?!」

「ばっ…そんなわけ無いだろう。」

「わかってる~♪っと?弟くん、話には聞いてたけどかわいいじゃん!そうかぁ…うんうん…棗もすみにおけな…」

ケンゴさんの後ろから覗いてきた人、細身のキレイめな人だ。恐らくミナホさん…名前聞いたとき女の人かと思ったけど。

「むぐっ?!」

「騒がしくするなよ。邪魔して悪かった。また家によらせてもらうこともあると思う。よろしくな。」

何か言いかけたミナホさんの口を塞いで俺の部屋を出ていった。直後、コンコンとドアをノックする音が聞こえて義兄が入ってきた。

「響、驚かしてごめんな。」

「にいに!大丈夫だよ。いい人だったし!」

俺はニコニコして、久々に顔を合わせた義兄をみて嬉しかったけど…何故か義兄は浮かない顔をしてた。

「勉強の邪魔しないように静かにするから…ごめんな。」

「あ、うん。」

どこか他人行儀。

引っかかる言い方の『ごめん』。

無理やりの笑顔。

この時の違和感をちゃんと受け止められてたら、義兄の心も体も追い詰められることはなかったのかな。

そんなケンゴさんとミナホさんとの初対面からしばらくして…。

「響くん、少し話せるか?」

夜、泊まりで来ていたケンゴさんが俺の部屋にきた。義兄はちょうど入れ替わりで風呂らしい。

「俺がこんなこと言うのもおかしいかもしれないが…棗を助けてほしい。」

「え?」

突然のことで驚きを隠せない俺。助ける…とは?

「あいつを自由にさせてやりたい。」

「どういうことですか…?」

険しいその顔つきはただ事じゃないんだと察した。

「俺が言うのは…余計なお世話かもしれないがな…」

と、少しずつ話始めた。

聞くべきではなかったのか、聞いてよかったのか。

何処か寂しく、悲しく、悔しく感じた…棗の話。
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