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森の民編

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 無事釈放されたマール公爵と弟のホードンは、家族の再会を噛み締めていた。


「お父様っ、ホードン!」
「嗚呼っ……ミーニャ」
「姉様、兄様ー!」


 父に駆け寄り、人目を憚らずボロボロと泣き縋るミーニャの姿は、周囲の同情を誘った。
 抱き合う公爵と公女の隣で、アレッシオとホードンは、熱い抱擁を交わす。


「ホードン、痩せたな。身体は大丈夫か」
「兄様こそ痩せられましたね。ずっと信じていました。本当にっ、この日をっ」


 兄の鍛え上げられた胸の中で、ついに我慢していた涙が溢れた。言葉に詰まり、ぎゅっと背中に回した手でアレッシオの服を掴む。
 

「よく頑張った。お前は自慢の弟だ」
「ううっ……兄様、兄様あぁっ!!」


 宥める手はそのままに、アレッシオは父と妹を見た。
すると、同じ様にマールもミーニャを宥めながら、此方を見ていた。
 弟よりも、数倍痩せこけた父の姿に、アレッシオは胸を痛めた。
 偉大で大きかった父が、小さな老人の様に見えたからだ。
 動揺を隠せないアレッシオに、マールは力強く頷く。
たったそれだけの動作が、アレッシオの心を軽くさせた。



 事件の結末を話しながら、彼等は激動の1年を埋める様に、たくさんの出来事を話した。
 残ってくれた仲間達の話。潜伏中の話。はたまた獄中の囚人達の話まで。


「お兄様はね、アジロ村の近くの集落でお世話になったのよ。私、ビックリしちゃった。だってお兄様ったら、自分で食器を洗ったのよ?」
「え゛……兄様が?」
「ほう、それは興味深いな。しかし、アジロ村の近くに集落など在っただろうか」


 アレッシオはギクリとした。当然、森の民についても、終の森についても話していない。
 青年団が連絡を取り合ったのも、その集落で一時的に世話になっている旅人、という設定だったはずだ。
 このまま話を続ければ、公爵として、絶大な権威を誇った父にはバレてしまうだろう。
そう思ったアレッシオは、直ぐに別の話にすり替えた。




 食事も忘れ、家族は話し続けた。
やがて心配になった使用人達に、食堂に連行されるまで、話は尽きなかったという。





 一夜明け、マールはアレッシオを呼んだ。


ーーコンコン


「失礼します、父上」
「……本当に立派になったな、アレッシオ」
「父上?」


 しみじみと目を細め、息子の姿を映す。
 信頼したサザンに裏切られ、罪を負わされた自分を、息子と娘が晴らしてくれた。
自分は塀の中で、何もしてやれなかったと言うのに。
 アレッシオの顔の、何と眩しいことか。
 マールは潮時だと感じた。今のアレッシオなら、十分公爵の器に相応しい。
 恐らく、今まで以上にカヴァリエーレを発展させて行くだろう。
 息子が巣立つ寂しさと、誇らしさで、マールの瞳は潤んだ。


「アレッシオ。私は老いた。サザンの奴の裏切りにも気付かず、まんまと嵌められてしまった。
お前達や皆をこの様な目に遭わせた。ーー私は隠居しようと思う。カヴァリエーレを、お前に託したい」
「何を。貴方が老いたなどと……。カヴァリエーレには父上が必要です。今回力を貸してくれた者達も、父上を信じての事です! そんな事仰らないで下さい」


 マールは思う。本当にそうであろうか。
いくら冤罪と知っても、勝ち目のない戦いに、貴族の当主が身を投じたりなどしない。
 必ずこの者なら勝つ。今、恩を売らずして何処で作るのか。そう思わせる事が出来たからこその、今回の結果だ。
 それ程までに、アレッシオの求心力と、かけられた期待が大きいに違いない。
 これは私の過去の功績による信頼ではない。アレッシオに対する期待が生んだ、勝利なのだ。


「既に陛下にも、近々爵位を譲ると話した」
「陛下にですか」
「ああ。釈放される前日にいらっしゃってな。自ら牢を開け、王城の部屋へ案内して下さったのだ」
「そんな事が……」
「その時に話した。迷っていると。
だが陛下は直ぐにこう返された。
『その心配は、全く不要なものだ』と。そして昨日、確信した。お前は私より優れた当主になる。カヴァリエーレの歴史に名を残す男だ」


 父に認められた。父を超えたと言ってもらえた。
大貴族の嫡男として、これほど嬉しい言葉はない。
 アレッシオはその言葉を噛み締めた。
そして、もう何も執着するものは此処にはない。そう思った。


「父上、ありがとうございます。
ですが、私は家を出ようと思います」 
「何だと?」
「私が今こうして、再び父上とホードンに会えたのも、ある人のおかげです。これからの人生、私はその人と共に在りたい」
「何という事だ…そんな事が許されると思っているのか!」


 ダンと机を叩きつけ、マールは激昂した。
しかし、アレッシオの顔は晴れやかだ。


「父上、私は誰に反対されようと出ます。
ですから、誰の許可も必要としません」
「私には、お前の選択が理解出来ん。その者を呼び寄せては駄目なのか?
我が息子ながら、愚かな事を」
「申し訳ありません」
「…………気が変わったら、いつでも戻って来い。それまで、この椅子は私が守ってやろう」


 アレッシオは何も応えなかった。
 友人や世話になった者達に文をしたため、ミーニャとホードン、屋敷の者に軽い挨拶を済ませ、家を出た。



 愛するトニーの元へ。







ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー



「ガルガルルルゥ」
「どうしたの、チビ」
「《アレックだ! アレックの匂いがする!》」
「えっ」



 青年は、持っていた薪を驚きのあまり、全て落としてしまった。
 だが、彼には薪など、どうでも良かった。


「どっち!」
「《西の入口の方。こっちに向かってるよ!》」
「っアレック!」


 青年は駆け出した。1日だって忘れた事はなかった、大切な者の所へ。




「はあ。まいったな。森に着いたはいいが、村の場所が分からない。探知魔法にもヒットが出ないな……地道に探すしかーーー」


 声が聞こえた。
 毎日夢に見た、愛しい者の声が。


「……とにー? トニー! 居るのか!」
「ーーック、アレック!」
「《居たっ! アレックだ。アレックが帰って来た》」


 アレッシオは馬から降り、声が聞こえる方へ目を凝らす。

 それは、約2年ぶりの再会であった。
アレッシオとトニーは、喜びの涙を流す。


「嗚呼、トニー。会いたかった! 何も言わず出て行った私を許してくれ」
「僕も。僕も会いたかったよ、アレック。怒ってるけど、許すよ。だって絶対また会えるって、信じてたから」


 お互いの存在を確かめる様に、2人は抱きしめ会った。
トニーの手には、シワだらけの紙切れが握られている。
それは、あの日、アレッシオがトニーに宛てて書いた物だった。


『トニー 必ず幸せにする』


 たったそれだけの、諦めの悪い、情けない男のメッセージを。



「本当にすまないっ。でもこれからは、ずっと一緒だ。片時も離れたりはしない」
「それはちょっと……重いかな」
「トニーっ?」
「ふふっ。嘘だよ。ずーうっと一緒に居ようね!」
「ああ。………それと、トニー。実は私の名前は、アレックではなく、アレッシオと言うんだ」
「何ソレ。ありえない。今まで音沙汰もなく放置された事よりも、ずっとありえない!」
「わ、悪い。トニーを巻き込みたくなかったんだ」
「はあ? 信じらんないっ。ーーでももういいや。

おかえり、アレッシオ」


「ただいま、トニー」




 彼等は互いに幸せにする事を誓った。
 2人は幸せだった。幸せな日々が、続くはずだった。



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