33 / 58
森の民編
6
しおりを挟む無事釈放されたマール公爵と弟のホードンは、家族の再会を噛み締めていた。
「お父様っ、ホードン!」
「嗚呼っ……ミーニャ」
「姉様、兄様ー!」
父に駆け寄り、人目を憚らずボロボロと泣き縋るミーニャの姿は、周囲の同情を誘った。
抱き合う公爵と公女の隣で、アレッシオとホードンは、熱い抱擁を交わす。
「ホードン、痩せたな。身体は大丈夫か」
「兄様こそ痩せられましたね。ずっと信じていました。本当にっ、この日をっ」
兄の鍛え上げられた胸の中で、ついに我慢していた涙が溢れた。言葉に詰まり、ぎゅっと背中に回した手でアレッシオの服を掴む。
「よく頑張った。お前は自慢の弟だ」
「ううっ……兄様、兄様あぁっ!!」
宥める手はそのままに、アレッシオは父と妹を見た。
すると、同じ様にマールもミーニャを宥めながら、此方を見ていた。
弟よりも、数倍痩せこけた父の姿に、アレッシオは胸を痛めた。
偉大で大きかった父が、小さな老人の様に見えたからだ。
動揺を隠せないアレッシオに、マールは力強く頷く。
たったそれだけの動作が、アレッシオの心を軽くさせた。
事件の結末を話しながら、彼等は激動の1年を埋める様に、たくさんの出来事を話した。
残ってくれた仲間達の話。潜伏中の話。はたまた獄中の囚人達の話まで。
「お兄様はね、アジロ村の近くの集落でお世話になったのよ。私、ビックリしちゃった。だってお兄様ったら、自分で食器を洗ったのよ?」
「え゛……兄様が?」
「ほう、それは興味深いな。しかし、アジロ村の近くに集落など在っただろうか」
アレッシオはギクリとした。当然、森の民についても、終の森についても話していない。
青年団が連絡を取り合ったのも、その集落で一時的に世話になっている旅人、という設定だったはずだ。
このまま話を続ければ、公爵として、絶大な権威を誇った父にはバレてしまうだろう。
そう思ったアレッシオは、直ぐに別の話にすり替えた。
食事も忘れ、家族は話し続けた。
やがて心配になった使用人達に、食堂に連行されるまで、話は尽きなかったという。
一夜明け、マールはアレッシオを呼んだ。
ーーコンコン
「失礼します、父上」
「……本当に立派になったな、アレッシオ」
「父上?」
しみじみと目を細め、息子の姿を映す。
信頼したサザンに裏切られ、罪を負わされた自分を、息子と娘が晴らしてくれた。
自分は塀の中で、何もしてやれなかったと言うのに。
アレッシオの顔の、何と眩しいことか。
マールは潮時だと感じた。今のアレッシオなら、十分公爵の器に相応しい。
恐らく、今まで以上にカヴァリエーレを発展させて行くだろう。
息子が巣立つ寂しさと、誇らしさで、マールの瞳は潤んだ。
「アレッシオ。私は老いた。サザンの奴の裏切りにも気付かず、まんまと嵌められてしまった。
お前達や皆をこの様な目に遭わせた。ーー私は隠居しようと思う。カヴァリエーレを、お前に託したい」
「何を。貴方が老いたなどと……。カヴァリエーレには父上が必要です。今回力を貸してくれた者達も、父上を信じての事です! そんな事仰らないで下さい」
マールは思う。本当にそうであろうか。
いくら冤罪と知っても、勝ち目のない戦いに、貴族の当主が身を投じたりなどしない。
必ずこの者なら勝つ。今、恩を売らずして何処で作るのか。そう思わせる事が出来たからこその、今回の結果だ。
それ程までに、アレッシオの求心力と、かけられた期待が大きいに違いない。
これは私の過去の功績による信頼ではない。アレッシオに対する期待が生んだ、勝利なのだ。
「既に陛下にも、近々爵位を譲ると話した」
「陛下にですか」
「ああ。釈放される前日にいらっしゃってな。自ら牢を開け、王城の部屋へ案内して下さったのだ」
「そんな事が……」
「その時に話した。迷っていると。
だが陛下は直ぐにこう返された。
『その心配は、全く不要なものだ』と。そして昨日、確信した。お前は私より優れた当主になる。カヴァリエーレの歴史に名を残す男だ」
父に認められた。父を超えたと言ってもらえた。
大貴族の嫡男として、これほど嬉しい言葉はない。
アレッシオはその言葉を噛み締めた。
そして、もう何も執着するものは此処にはない。そう思った。
「父上、ありがとうございます。
ですが、私は家を出ようと思います」
「何だと?」
「私が今こうして、再び父上とホードンに会えたのも、ある人のおかげです。これからの人生、私はその人と共に在りたい」
「何という事だ…そんな事が許されると思っているのか!」
ダンと机を叩きつけ、マールは激昂した。
しかし、アレッシオの顔は晴れやかだ。
「父上、私は誰に反対されようと出ます。
ですから、誰の許可も必要としません」
「私には、お前の選択が理解出来ん。その者を呼び寄せては駄目なのか?
我が息子ながら、愚かな事を」
「申し訳ありません」
「…………気が変わったら、いつでも戻って来い。それまで、この椅子は私が守ってやろう」
アレッシオは何も応えなかった。
友人や世話になった者達に文をしたため、ミーニャとホードン、屋敷の者に軽い挨拶を済ませ、家を出た。
愛するトニーの元へ。
ーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーーー
「ガルガルルルゥ」
「どうしたの、チビ」
「《アレックだ! アレックの匂いがする!》」
「えっ」
青年は、持っていた薪を驚きのあまり、全て落としてしまった。
だが、彼には薪など、どうでも良かった。
「どっち!」
「《西の入口の方。こっちに向かってるよ!》」
「っアレック!」
青年は駆け出した。1日だって忘れた事はなかった、大切な者の所へ。
「はあ。まいったな。森に着いたはいいが、村の場所が分からない。探知魔法にもヒットが出ないな……地道に探すしかーーー」
声が聞こえた。
毎日夢に見た、愛しい者の声が。
「……とにー? トニー! 居るのか!」
「ーーック、アレック!」
「《居たっ! アレックだ。アレックが帰って来た》」
アレッシオは馬から降り、声が聞こえる方へ目を凝らす。
それは、約2年ぶりの再会であった。
アレッシオとトニーは、喜びの涙を流す。
「嗚呼、トニー。会いたかった! 何も言わず出て行った私を許してくれ」
「僕も。僕も会いたかったよ、アレック。怒ってるけど、許すよ。だって絶対また会えるって、信じてたから」
お互いの存在を確かめる様に、2人は抱きしめ会った。
トニーの手には、シワだらけの紙切れが握られている。
それは、あの日、アレッシオがトニーに宛てて書いた物だった。
『トニー 必ず幸せにする』
たったそれだけの、諦めの悪い、情けない男のメッセージを。
「本当にすまないっ。でもこれからは、ずっと一緒だ。片時も離れたりはしない」
「それはちょっと……重いかな」
「トニーっ?」
「ふふっ。嘘だよ。ずーうっと一緒に居ようね!」
「ああ。………それと、トニー。実は私の名前は、アレックではなく、アレッシオと言うんだ」
「何ソレ。ありえない。今まで音沙汰もなく放置された事よりも、ずっとありえない!」
「わ、悪い。トニーを巻き込みたくなかったんだ」
「はあ? 信じらんないっ。ーーでももういいや。
おかえり、アレッシオ」
「ただいま、トニー」
彼等は互いに幸せにする事を誓った。
2人は幸せだった。幸せな日々が、続くはずだった。
0
お気に入りに追加
325
あなたにおすすめの小説
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
病んでる愛はゲームの世界で充分です!
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。
幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。
席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。
田山の明日はどっちだ!!
ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。
BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました
くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。
特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。
毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。
そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。
無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる