一夜一夜

雪田 瑠魔

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第12夜 【亜希子の場合】

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…今なら、まだ間に合う。普通じゃない。帰ろう。…

小池 亜希子
35歳
主婦。一児の母。
サラリーマンの夫と、夫の母との4人暮らし。
夫の収入もよく、姑も優しい。
日常に何の問題も無く、幸せに暮らしている。

しかし、亜希子は、誰にも言えない心の不満を抱えている。

その不満を携帯小説で紛らす毎日を過ごしていた。

 その日、亜希子は指定された駅の前にいた。

指定された白いブラウスにミニスカート。
ガーターベルトがスカートから覗き見える。
赤いハイヒールは、昨日買ったばかり。

サングラスは指定ではない。

 夫を送り出し、平日の午前中。

亜希子は、迎えに来るはずの黒いハイエースを待っていた。

…やっぱり、ダメ。止めよう…

引き返そうと、駅の階段に向かおうとしたとき、男に声を掛けられた。

「アキコさんですか?
私、連絡した雑誌社の者です。」

男は、亜希子が知るSM雑誌を見せ、ペコリと頭を下げた。

…は、はい。あの……

「こちらへどうぞ。車の中でお話を伺いましょう。」

男は、優しく亜希子をエスコートする。

駐車場の外れに、黒いハイエースは停まっていた。

ハイエースには、運転手以外は、乗っていなかった。

数ヶ月程前、ゴミを出しに行ったとき。
若者がコソコソと捨てて行ったSM雑誌。
持ち帰ったのは、その時に読んでいた携帯小説のせい・・・。

亜希子は、あれから、その月刊雑誌を毎月、購入している。

そして知った、モデルの募集。

一回だけ・・・、プライバシー極秘・・・、身体に傷を付けない・・・

亜希子は、秘密の身体の疼きを緊縛モデルという究極の選択に癒しを求めた。

疼きは、日常への裏切りなどという思いを消し去っていた。

車の中で説明を始める雑誌社の男。

「チェックリストに記入して下さい。」

それは、限度の確認。

…なに?ア〇ル…フェ〇…蝋燭…吊し…やだ、わかんない…

「適当で、いいっすヨ。」

亜希子が最後の質問にチェックを終えると、男は、亜希子の顔を覗き込み、リストを取り上げた。

「始めましょう。」

男が車内から、窓ガラスをコンコンと叩くと、車のスライドドアが空き、三人の男が乗り込んできた。

一人は、ビデオカメラを持っている。

二人の男が、亜希子を挟み座る。

車が走りだす。

…え?写真撮影じゃないんですか?…

「ええ、これから撮影場所に向かいます。それまで、準備しましょう。」

覚悟はしてきたつもりである。

両隣の男の手が、亜希子の身体に触れる。

…あ、あの…あっ……

怖い。声が出ない。

男が取り出したのは、
・・・・・・・・・麻縄。

      ・・・・・・

         (つづく)
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