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訪れた朝
しおりを挟む『有、あなた給料出たんでしょ?せっかく育ててあげたんだし、何割か実家に入れてよ』
『そうだぞ、親孝行しなきゃな。2割で良いからさ!』
(……そうだ、育ててもらった恩があるんだし、きちんと返さなきゃ)
『あなたの学費、すごい嵩んで私たちったら全然遊べなかったのよ?感謝してよね』
(……ありがとうお母さん。でも、休みの日には決まって俺を置いて外出してなかったっけ?)
俺は金に執着する両親の下で育ち、恩には金で報いる<しつけ>をされてきた。
目立った問題がある家庭環境ではなかったが、家族としては歪だったように思う。
どんな事情があっても、借りたものは返さなきゃ。
どんなに辛くても、歯を食いしばって仕事をしなきゃ。
……生きるために、報いるために、疎まれないために。
刻み込まれた価値観が頭をチラついて、今まで周りの好意をうまく受け取れなかった。
苦しくなって、目の前に広がる闇の中を藻掻き進む。
遠くに見える、僅かな光へ必死に走った。
あたたかに揺らめく光達をこの手に掴みたくなって、思いっきり手を伸ばせば、その揺らめきはひとつの線になって俺を囲う。
その光は俺に見返りを求めず、ただ寄り添うように漂っていた。
(……ああ、なんて幸せなんだ)
************
流れ落ちる雫が頬を伝う感覚で、意識が呼び起こされる。
寝ぼけ眼のまま周りを見渡せば、朗らかな陽気が差し込む窓が目に入った。
「リドさんの家か……家主より寝てるってどうなの、俺」
深く息を吐いたら、胸に残った歪な感情も抜け落ちていった。
(長い長い、夢か何かを見ていた気がする)
内容を思い出せずに頭を捻っていると、風に乗って小さな声が聞こえてきた。
「……だが」
「おい、あの……」
(あれ?なんか部屋の外が騒がしいな)
普段は物理的に寝室にまで届かないはずの話し声が聞こえていた。
不思議に思って様子を見に行こうとベッドから一歩踏み出したが、ある事に気が付き、ベッドに逆戻りする事になる。
「な、なっ!?」
スゥッと風が吹き抜けた下半身を見ると、大きめの服を一枚着用しているだけで、その下は大胆に生足が晒されている。
いわゆる彼シャツに近い状態だったのだ。
「まさか、リ、リドさんっ……?!」
昨日寝落ちした所までは覚えている。
多分その後に、皺になるからとドレスを脱がせてくれたんだろうとは思うけど。
(あんな熱烈な想いをぶつけられた後に、なんて失態なんだ……)
もし自分がリドさんの立場だったら……その心情は想像に難くない。
まだ温もりの残る布を巻き込んで、膝を抱える。
「あぁもう、どうしよう。リドさんも、イアンさんも、バレスさんも……なんで俺なんかを」
(好き、かぁ……俺は、愛情の正しい形を理解しないまま、年齢を重ねちゃったからなぁ)
「答えを出さなきゃ、いけないよな」
これまでは、のらりくらりと躱せていたが、ここまで事が大きくなればもう避けられない。
「でも、誰かの手を取れば、他の人とはお別れになるのかな……」
それは嫌だ。本当は、皆と手を取り合って生きていきたいのに。
(こんなに悩むなら、全部断ってしまいたい)
でも、ここまで良くしてくれた人達の恩を仇で返すような事は一切したくない。
雁字搦めになった思考の解き方を、俺は知らなかった。
「……ユウ、何か悩んでる?」
「え、イアンさん?!」
いつの間にか背後に立っていたのは、アンナさんの家にいる筈のイアンさんだった。
「様子見にきた……格好、どうしたの」
「あ、あはは。昨日ちょっと色々ありまして」
「……リドさんか」
「そ、それは置いておいて!イアンさん、俺に好きって言ってくれましたよね。あれってどう言う……」
「大好き?」
「あ、そう。大好き、でしたっけ」
「……いつも隣に居て欲しい。楽しい事、経験したい」
身に余る言葉に、白目を剥いて倒れそうになる。
イアンさんは、出会った時よりも幾分か流暢な喋りが出来るようになった。
だが、無表情で少女漫画のような台詞が飛び出してくるのには、未だに慣れない。
「あの、実はリドさんとバレスさんにも……」
「分かってる」
「え?」
「目の色が違った、から」
それは、俺に好意を抱いてる人が分かってたってこと?
(俺ばかりが、俺に向けられる感情に疎かったんだ)
「それで、悩んでる?」
「そうです。俺としては皆と仲良くしたいんですけど、それだと不誠実な気がしていて」
「……」
言ったきり俯いていたはずの視界が、突然布で覆われる。
戸惑っているうちに、筋肉質な腕ががっしりと身体を抱え込んだ。
「なっ、なんですか?!」
「行こう」
有無を言わさぬ圧を感じた俺は、イアンさんの腕の中で押し黙る。
(せめてこの服装だけどうにかしたかった……!)
寝室を出て、食卓のある部屋に入ると、そこには今し方話題の中心になっていた人物が2人。
「ユウ?!その、足が……!」
「ああ、起きたのか。良く眠れたか?」
(どうせ今の俺は頭隠して尻隠さず状態ですよ!)
自暴自棄になりながら布の内側で震えていると、頭をふわりと撫でる手が。
「ユウ、頑張ったな」
「騎士団としても御礼を言いたい。今回の事で、勇者が気持ちを入れ替えたようだ。今朝も人が変わったかのように作戦を練っていた」
そろり、と布から顔を出してみると、3人の温かな笑顔が俺を出迎える。
(あぁ、夢に見たのってこれだったのかも)
「……あの、皆さん。お話があります」
イアンさんに降ろしてもらい、シャツで出来るだけ足を隠しながら話し始める。
「俺、皆さんに好きだと言ってもらえるほど価値のある人間じゃないです。今だって、薬草屋のお手伝いをしてるだけで独立出来てないし……」
それでも、と言葉を続ける。
「皆さんに頂いた好意を全力で受け取って、返したい。でも、俺自身誰かとどうなりたいって言うのが、まだ分からなくて」
「……そうか」
リドさんは望む答えではないと早合点したのか、痛みを堪えるような笑みを見せた。
「ユウの気持ちを尊重する「待って!」……ん?」
「まだ分からないから、皆さんと過ごす時間をもっと取れればいいなって思ったんです」
3人に向かって、精一杯の慈しみを込めて笑顔を向ける。
「恋愛とかあんまり得意じゃないので、ゆっくりですけど……それでもいいですか?」
あと一ヶ月。
2人が遠征に向かうまでの間に、好きを意識して接してみようと思う。
きっと、求める答えが見つかるだろう。
「あぁ、勿論だ!」
「……嫌われなくて、良かった」
「分かった、1人では欲張らないようにしよう……だが、3人でならいいだろう?」
バレスさんが意味深な発言と共に、顔を寄せてくる。
反応する間もなく、瞼にキスを落とされた。
「次は我々が君を魅了していく番、という訳だな」
「退け、バレス」
バレスさんの手を押し退けたリドさんに、顎下を擽られる。
擽ったくて身を捩ると、すかさず腰を抱かれる。
(皆どうしちゃったんだ?!何なんだこれ?!)
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「……駄目」
最終的にイアンさんが抱き上げてくれて、このひと騒動は治った……かに思えたが。
「これからは、逃げない。だから……また一緒に住もう」
イアン!とリドさん達が諌める声が部屋に響き渡る。
(この選択は安易だったかもしれない、かな?)
「皆さん……いや、皆。こっち向いて欲しい」
拳での議論に発展しそうになっていた3人は、不思議そうにしつつも、揃ってこちらを向いてくれた。
その頬に、3度の口付けを落とす。親愛の情を込めて。
「あの、皆だけで盛り上がらないで……俺も混ぜて欲しいな、なんて」
恥ずかしさを隠しつつ笑うと、3人は額に手を当てて、一斉に空を仰いだ。
……明日、首都に行って、セファやカインさんに協力してもらった御礼をしなきゃ。
色んな人の助けがあって、俺達は一人として欠けずに、同じ空間で生きている。
喜びと期待で満たされた胸に、そっと手を当てた。
*************
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