65 / 82
テゼール副団長
しおりを挟む俺たちはリドさんからの緊急事態を知らせる通信を受けたあと、すぐに街を離れて、村へと続く道を進んでいた。
勿論あんな通信を聞いた後だから目的地は村自体ではなく、更にその奥にある場所だ。
俺はというと、急足で先を進むイアンさんの背を見ながら、事態の急変で襲い来る危機感と、すぐそこに彼がいる安堵感で心を乱している。
「……あの副団長か」
イアンさんがポツリと呟く。
「どうしたんですか、イアンさん」
「副団長は、まだ話せそうだと…思って」
「え、もしかして王宮で話したんですか?!」
コクリ、とイアンさんが頷くいたのを見て、また心が暗く澱んでいく。
きっと、地下牢に監禁されている状況に加えて、定期的に監視もされていたって事なんだろう。
(前の世界に置き換えると、24時間業務させられながら、監視され続けるとか……うわ、想像しただけで汗出てきた)
前の世界でもこの世界でも、庶民派な暮らしをしてきた俺には命の危機がすぐ隣にあるなんて、到底想像が付かない生活。
辛かっただろうな……と苦しさで胸を痛めていたが、当のイアンさんは俺とは打って変わって無表情を貫いていた。
「……奴は、勇者への不満を溢していた」
「へ?!」
『ああ、生きてますか?アンタ、厄介な奴に目を付けられましたね……俺?あぁ、仕事が終わったらもうどうでもいいんですよ。そういうの』
『それにあの勇者、苦手なんですよねぇ……俺のこと盾にしようとするし』
『騎士団も最近では王族や勇者の言いなりって感じです。はぁ、折角こっちでは良い生活出来ると思ったんだけどなぁ』
『ま、アンタはそのうち出られると思いますよ』
「……と言った感じ、だ」
「ええ~……」
辿々しく紡がれる言葉を纏めると、忠実な僕!というよりは、オンオフがかなりしっかりと分けられている人らしい。
勤務終わりにイアンさんの確認がてら愚痴大会を開催していたようだ。
しかも副団長にとっても勇者は敵のようで、事あるごとに「消えてくれないかなぁ」などと漏らしていたそう。
(確かに、話せる人なのかもしれない)
「副団長って、どっか掴みどころないんすよね。俺、こっちに来た時にあの人に部屋まで連れてって貰ったんですけど、全ッ然口聞いてくれなかったですよ!」
「うわ、そうなんだ……」
聞いている話だけだと、王宮って曲者ばかり揃ってるんだな。
王宮の良心と言えるのはバレスさんくらいか。
「だから話せないこともないけど、俺らは会わない方がいいと思います」
「そんな事はさせられないよ!もう二人は十分頑張ったんだから、ゆっくり過ごして」
そんな話をしながら、でも急足で移動し続け体感2分ほど。
前方から、ふわりと小麦のような、穀物の良い香りが漂ってきた。
視界にとらえたあの童話の中のような家は。
「あ!到着しましたよ、アンナさんの家です!」
「ほへぇ!あたりは森って感じで良いっすね。隠れ家には最高のスペック!」
「スペ……?」
「こらケン!……さ、イアンさんも入りましょう」
ケンは久々の外に興奮しているのか、生い立ちが割れそうな単語ばかり頻発している。
ここは畑から離れているとはいえ、誰が聞いているとも限らない。気を張ってないと。
「ごめんください、アンナさんはいらっしゃいますか?」
「あらあら、ユウくんにイアンじゃない。どうしたの?……おや、初めての子もいるわね」
「ケンです!よろしくお願いしますっ!」
ケンの学生らしい元気な挨拶に、ニコニコと微笑むアンナさんは母の顔をしていた。
「今日来ると分かっていたら色々用意したのに!」
そんな温かい言葉を貰い、張り詰めていた緊張の糸が、また途切れた。
あの時だけでもう泣くのはやめようと思ったのに。
視界がぐらりと滲んで、頬を生温い雫が伝う。
「あら、ユウくん……何があったのか聞かせてくれるわね?」
131
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。
柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。
シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。
幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。
然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。
その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。
「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」
そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。
「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」
そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。
主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。
誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。
婚約破棄?本当によろしいのですか?――いいでしょう、特に異論はありません。~初めて恋を願った彼女の前に現れたのは――~
銀灰
恋愛
令嬢ウィスタリアは、ある日伯爵のレーゼマンから婚約破棄の宣告を受ける。
レーゼマンは、ウィスタリアの妹オリーブに誑かされ、彼女と連れ添うつもりらしい。
この婚約破棄を受ければ、彼に破滅が訪れることを、ウィスタリアは理解していた。
しかし彼女は――その婚約破棄を受け入れる。
見限ったという自覚。
その婚約破棄を受け入れたことで思うところがあり、ウィスタリアは生まれて初めて、無垢な恋を願う。
そして、そこに現れたのが――。
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる