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テゼール副団長

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俺たちはリドさんからの緊急事態を知らせる通信を受けたあと、すぐに街を離れて、村へと続く道を進んでいた。

勿論あんな通信を聞いた後だから目的地は村自体ではなく、更にその奥にある場所だ。

俺はというと、急足で先を進むイアンさんの背を見ながら、事態の急変で襲い来る危機感と、すぐそこに彼がいる安堵感で心を乱している。


「……あの副団長か」


イアンさんがポツリと呟く。


「どうしたんですか、イアンさん」

「副団長は、まだ話せそうだと…思って」

「え、もしかして王宮で話したんですか?!」


コクリ、とイアンさんが頷くいたのを見て、また心が暗く澱んでいく。
きっと、地下牢に監禁されている状況に加えて、定期的に監視もされていたって事なんだろう。


(前の世界に置き換えると、24時間業務させられながら、監視され続けるとか……うわ、想像しただけで汗出てきた)


前の世界でもこの世界でも、庶民派な暮らしをしてきた俺には命の危機がすぐ隣にあるなんて、到底想像が付かない生活。

辛かっただろうな……と苦しさで胸を痛めていたが、当のイアンさんは俺とは打って変わって無表情を貫いていた。


「……奴は、勇者への不満を溢していた」

「へ?!」

『ああ、生きてますか?アンタ、厄介な奴に目を付けられましたね……俺?あぁ、仕事が終わったらもうどうでもいいんですよ。そういうの』

『それにあの勇者、苦手なんですよねぇ……俺のこと盾にしようとするし』

『騎士団も最近では王族や勇者の言いなりって感じです。はぁ、折角こっちでは良い生活出来ると思ったんだけどなぁ』

『ま、アンタはそのうち出られると思いますよ』


「……と言った感じ、だ」

「ええ~……」


辿々しく紡がれる言葉を纏めると、忠実な僕!というよりは、オンオフがかなりしっかりと分けられている人らしい。
勤務終わりにイアンさんの確認がてら愚痴大会を開催していたようだ。

しかも副団長にとっても勇者は敵のようで、事あるごとに「消えてくれないかなぁ」などと漏らしていたそう。


(確かに、話せる人なのかもしれない)

「副団長って、どっか掴みどころないんすよね。俺、こっちに来た時にあの人に部屋まで連れてって貰ったんですけど、全ッ然口聞いてくれなかったですよ!」

「うわ、そうなんだ……」


聞いている話だけだと、王宮って曲者ばかり揃ってるんだな。
王宮の良心と言えるのはバレスさんくらいか。


「だから話せないこともないけど、俺らは会わない方がいいと思います」

「そんな事はさせられないよ!もう二人は十分頑張ったんだから、ゆっくり過ごして」


そんな話をしながら、でも急足で移動し続け体感2分ほど。

前方から、ふわりと小麦のような、穀物の良い香りが漂ってきた。
視界にとらえたあの童話の中のような家は。


「あ!到着しましたよ、アンナさんの家です!」

「ほへぇ!あたりは森って感じで良いっすね。隠れ家には最高のスペック!」

「スペ……?」

「こらケン!……さ、イアンさんも入りましょう」


ケンは久々の外に興奮しているのか、生い立ちが割れそうな単語ばかり頻発している。
ここは畑から離れているとはいえ、誰が聞いているとも限らない。気を張ってないと。


「ごめんください、アンナさんはいらっしゃいますか?」

「あらあら、ユウくんにイアンじゃない。どうしたの?……おや、初めての子もいるわね」

「ケンです!よろしくお願いしますっ!」


ケンの学生らしい元気な挨拶に、ニコニコと微笑むアンナさんは母の顔をしていた。


「今日来ると分かっていたら色々用意したのに!」


そんな温かい言葉を貰い、張り詰めていた緊張の糸が、また途切れた。
あの時だけでもう泣くのはやめようと思ったのに。

視界がぐらりと滲んで、頬を生温い雫が伝う。


「あら、ユウくん……何があったのか聞かせてくれるわね?」

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