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動揺

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いよいよ、収穫祭が明日に迫っていた。


そんな切迫した状況になると、イアンさんの事がより思い出されて、眠りが浅くなってしまう。

地下牢って寒いんじゃないか。
怖い思いをしていないか。
怪我の手当はしてもらったんだろうか……心配事が尽きなくて、今日も太陽が昇る前に起きてしまった。

それは俺に限った話ではなく、隣で薬草茶を啜るリドさんもらしい。

ここ数日、通常の仕事に加えて、イアンさん奪還作戦にまで手を出している彼の疲労度合いは推して知るべし。

いつ倒れるかと不安な毎日だ。


「リドさん……作戦、絶対成功させましょうね」

「ああ、もちろんだ。けどまぁ、あまり思い詰めるなよ……ユウ1人が背負い込む話じゃないんだ」

「うぅ、はい」

「それに、俺はちょっと楽しみでもあるんだ。作戦の一環とはいえ、ユウのじょ……「リドさん!それはイジらない約束じゃないですか!」…はは、怒った顔も可愛いな」


リドさんは、俺の怒りを気にも止めず笑い飛ばす。

勇者パーティーからイアンさんを奪還する作戦には、俺自身も色々な関わり方をする予定になっている。

騎士団長であるバレスさんや、王宮の人間の目を掻い潜らなければいけないし、さらにはあのクレイジーな勇者を出し抜かなくてはいけない。

そんなプレッシャーから、緊張の糸が張りつめたままになっている俺を、冗談で元気付けてくれているんだろう……とは思う。

1人で考え込んでいると、伸ばされた腕がゆっくりと俺の身体を抱き竦めた。


「え、と……リドさん?」

「なあ、こっち見てくれ」

「どうしました?」


内緒話をするかのように、ひっそりと囁かれた声。

驚きつつも視線を合わせると、
さっきまで愉快そうに笑っていたのに、一転して切なそうに眉を顰めたリドさんの顔が。


「ユウ、少し目を瞑ってくれないか」

「へ?どういう……」

「ちょっとした戯れだ、これからする事も全部」


チュ、と軽い音を立てて瞼から離れる熱。


「よし、やる気出たし、もう一仕事するか」

「………」

「ああ、ユウ。今日は念の為に薬草屋まで迎えに行くから、仕事が終わったら店で待っててくれ」

「……………」

「それじゃあ、気を付けてな」


俺はリドさんに言われるがまま、家を出て足を進めて……その場に蹲った。

一瞬の出来事だった。
でも、間違いない。

(瞼にキス、されたよな?!もしかして、海外の人の挨拶的なアレ?)

ブツブツと独り言を呟きながら畑に水をやり終え、気が付いたら薬草屋の前まで移動していた。

習慣って恐ろしい。

あまりに動揺した挙動をしていたからか、カインさんに熱があるのかと心配されつつ仕事に取り掛かった。

(多分あのキスの意味を深く考えたら負けだ)

意味ありげに乱れた拍動に気付かないふりをして、いつも通りの接客スマイルを浮かべた。


*************



「やあユウくん。今日もお店番かい?」

「あ、カインさんなら裏にいますよ。呼んできましょうか?」

「いいのいいの!明日に向けて忙しいでしょ。ウチも今日から祭りなんじゃないかってくらいのお客さんの数だよ」

「あ、ホントですね」


向かいの店の主人が、疲れたようにカウンターに肘をつく。

確かに主人の言う通り、明日が収穫祭本番とあって、この裏道でも人の往来が増えていた。
店の中から見える範囲だけでも、倍近くの人が楽しげに歩いている。


(にしても、やっぱり皆カラフルな髪の毛をしてるな~そりゃ黒は目立つよ)


お向かいは生産者が出す出店を用意するらしく、何やらちょっとした骨組みが完成されていた。


「あ、そうそう。香りの薬草を7束買いに来たんだった。ウチの娘がね、もう気合いが入っちゃって凄いんだよ……ユウくんは明日はどうするの?誰か誘った?」

(7束?!そんなに香り付けする物って何が……いや、詮索はよそう)

いそいそと棚を漁り始めたところで、香りの薬草が少なくなっていたことに気付いた。

今のオーダー分はなんとか出せるけど、今日一杯持つか微妙なラインだ。


「初めての収穫祭なので、当日は色々見て回ろうかな~と思ってます……あ、カインさん!香りの薬草が足りないです!」


主人の話に適度に相槌を打ちつつ、在庫の数が薄くなっていることを大声で告げると、ビュンッ!と風切り音と共にカインさんが出没した。


「わぁ、本当だね。裏の在庫も尽きちゃったし……ちょっと畑まで様子を見に行ってくるよ。もしかしたら工面してくれるかもしれない」


「ってことは店番は……足早ッ!もう居ない!」 


店番は俺だけですか、という問い掛けは、発音されることはなかった。
それというのも、あっという間に店舗内から姿を消していたからだ。忍者か何かなのだろうか。


「さすがカインさん。元騎士団長の脚力は健在だねぇ」

「全くその通りで……んん?」

「あれ、もしかして知らないのかい?あの人、冷徹の騎士団長って言われてたんだよ。あの時代は騎士団もかなり厳しかったらしいねぇ」

「団長?え、あのカインさんが?」

「そうそう、でも数年前のある日に突然、やりたい事があるからとか言って辞めちゃったんだよね。騎士団。それでココを始めたってワケ……物好きだよねぇ、カインさんも」


お喋り好きな主人に聞いた話が信じられなさすぎて、一瞬思考停止に陥る。
にへら、と緩い笑みを浮かべるイケおじの顔が浮かんでは消えていく。

(まさかそんな……でもそういえば、バレスさんもカインさんに対面した時は少なからず緊張している様子だった)


でもそしたら、そうだとしたら。


(そのカインさんに太いパイプがあるリドさんって……一体何者なんだ?)


「あ、ウチに団体さんが来たな。じゃあそろそろ戻るね。薬草、ありがとう!」

「あ、は~い。ありがとうございましたぁ……」


カランカラン、と扉の開閉を告げるベルが鳴る。

朝から衝撃の連続で、既に精神面で疲労困憊だ。俺は営業中にも関わらず、カウンターに突っ伏した。


「衝撃の事実。イケおじ、陰の実力者……か。写真週刊誌に踊ってそうな見出しだな」

「週刊誌、とはなんだ?」

「そりゃあ、サタデーとか、西スポとか……って、ひゃあ?!」


突然頭上から降った声に、思い切り飛び上がって反応を示す。
思わず上げた視線の先には、燃えるような赤。

店の主人と入れ違ったのか!ベルが一度しか鳴らなかったから気が付かなかった。


「突っ伏していたから体調が悪いのかと思ったが……その様子では杞憂だったようだな」

「バ、バレスさん!いらっしゃいませ」

「元気そうで良かった、ユウ」


ニコリ、と爽やかな笑みを浮かべたバレスさん。

背中に、ちょっとした冷や汗が伝う。
……握り拳を緩く作って、気合を入れた。


さて、明日の奪還作戦で出し抜かんとする強敵とのご対面だ。

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