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正体
しおりを挟む手を引かれながら歩き始めた矢先、運良く団員数名と遭遇した。
団員たちはバレスさんの手と俺の手を見比べて、信じられない物を見たと言わんばかりの表情を浮かべている。
「君達、城内で勇者を見なかったか」
唐突に声を掛けられた団員達は、気の毒なくらいに声を上擦らせた。
「ゆ、勇者でしたら先程食堂に続く道で見掛けましたが……」
「そうか、ありがとう」
城内を長時間歩き回ることになるかもと覚悟していた勇者探しだったが、案外すぐに足跡が判明したことに安堵する。
バレスさん曰く、勇者は時折こうやって、団員の目を盗んで食堂で飲み食いをしているらしい。自由過ぎる。
(城の中とか一生無縁かと思っていたけど……騎士団が使っている寄宿舎は案外小ざっぱりしてるな)
食堂、と言われていたのは騎士団が使用している寄宿舎の近くにある従事者専用の食堂のことらしい。
質素なテーブルと椅子が立ち並んだ様子は、どこか現代の学校を思い起こさせた。
それはさておき、目を惹いたのは驚くべき量の空き皿を積み重ねた光景。
(肉に、パンっぽい何か、草類も……屋台でも出来そうな量だ)
「全く……城の者が総出で黒髪の捜索をしていると言うのに、呑気に食事をしているとは恐れ入るな」
バレスさんの小言を聞き、皿の山からひょこりと顔を覗かせたのは、ギルド酒場で見たあの黄色頭。
勇者は頬を一杯に膨らませながら、物珍しそうに俺とバレスさんを見比べ始めた。
「ん?あふぇ、ふぁへぇふ」
「飲み込んでから話せ」
「んぐ……もしかして、前にギルド酒場で流れた噂って本当だったぁ?ツレいるじゃん」
ベール越しに勇者と目が合った気がして、思わず身を強張らせる。
にんまり、という擬音が適切だろう。
現代風に例えると、悪巧みをするチェシャ猫のような、愉悦を含んだ笑みを浮かべていた。
「……勇者としての責務を果たす気があるならば、今すぐに作戦に戻れ」
バレスさんは俺に視線を向ける事もなく、勇者の煽りも完全に無視を決め込んでいる。
俺に向けられた注意を逸らしてくれていると分かり、無意識に手に込めていた力を緩めた。
勇者は無表情のまま、おもむろに次の皿へと手を伸ばした。バレスさんが反応しなかった事で興が冷めたらしい。
「嫌だね。俺、そもそもパーティー組むの反対してたじゃん。あの黒髪の面白い奴が居るならまだしも、残り物じゃちょっとねぇ~」
(勇者パーティーって、ケンとイアンさんの他に副団長も居たよな?それなのに酷い言い草だな)
「パーティー……隊の編成人員が良ければいいのか」
「何、もしかしてバレスが代わりに入んの?」
「お前に配慮したわけではない。王命だ」
「ふぅ~ん。でもまだパッとしないなぁ。あ、じゃあそのツレも入れてよ」
突然話の矛先が自分に向き、衝撃で肩が揺れる。
(なんなんだこいつ……明らかに村人、しかも着飾った非力そうな女性をパーティーに加えろとか、正気の沙汰じゃない)
「彼……彼女は戦闘要員ではない。冗談も大概にしろ、何の為に勇者や騎士団があると思っている」
バレスさんの底冷えするような声色を真正面から受けても、勇者は全く揺らぐことなく笑みを深めた。
「だってぇ、騎士団長になってもなお大事な物を守れずに失うとこ、見てみたいじゃん?」
「なっ……!」
思わず驚きの声が漏れる。
俺に対する侮蔑の感情だけではない。騎士という職に誇りを持っているバレスさんの尊厳を踏み躙るような発言だ。
現にバレスさんは、仇敵を捉えたかのような眼付きで勇者を睨みつけていた。
(本当は目立つことはしたくないし、勇者とだって一瞬たりとも関わりたくない……だけど)
「……バレスさん、先に部屋に戻っていてくれませんか?」
「無理だ、今の言動を聞いていただろう」
「危なくなったら、自慢の足で逃げます。少しの間でいいんです!お願いします」
繋いだ手に力を込めて、意志が固いことを改めて伝える。
バレスさんは溜息を吐くと、勇者に向かって「事が起きれば容赦せず処罰するぞ」と言い残して食堂を去った。
食堂は一気に静まり返り、俺の行動の真意を探ろうとしている勇者の視線だけが感じられる。
勇者はゆったりとした足取りで俺に近づくと、顔に掛かるベールを指先で揺らして遊び始めた。
「ツレの人、バレスを追っ払って、どういうつもり?ハニトラでもするのかなぁ」
「貴方に伺いたい事があったんです……ご出身はどちらですか?」
「は?フィラだよ、それが何?」
「設定は不要です。ご出身は、日本ですか?」
<日本>という単語を口にした途端、風で揺らめくように弄られていたべールが力強く引かれる。
ちょっとした解放感と共に、転移した時よりも少し伸びた前髪が目に掛かった。
ぐんと鮮明になった視界に歪んだ黄色の目が映り込む。
「なぁんだ、そういうことね。君、もう一人の転移者か」
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