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欲の形

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「んん…っ」


寝苦しさに違和感を覚えて目を覚ますと、目の前には輝くお顔のドアップ。


「ひぇ、眩しい」

「……ユウ、起きたか」


動揺が寝ているリドさんにも伝わったのか、固く閉ざされていた瞼が薄く開いた。

そこでようやく状況を理解する。


「あ~、朝だな」

「リドさん、起きましょ……うわ!」

「起きる前に、少しこうさせてくれ」


背に回された腕に力を込められれば、昨夜のこともあって、どうやっても抵抗出来ない。

どうしてこんな状況になっているか説明するには、昨日の夜にまで遡る必要がある。


************


「っ、はぁ……寝れない」


今日は一段と夢見が悪い。

リドさんと村に戻り、今日は各々の家で寝ようということで解散したのが、結構前の話。

その後は、うつらうつらと睡魔が来ても、どうしてもイアンさんが孤独に震えるイメージが頭を占拠してしまって寝られない。


「早く助けなきゃ……絶対に、絶対に失敗できない」


心身は正直なもので、そう強く思うほど家の外に気持ちが向いた。
多分、プレッシャーに潰されそうなんだ。

フラフラとした足取りで外へ出ると、意外と明るい夜空に出迎えられた。
街灯もないのに?と疑問に思って上を向くと、なるほどと納得した。


「そっか、月や星が明るいんだ」


これまで、激動の日々を過ごしていたからか、しっかりと夜空を眺める機会がなかった。


「夜空だけ見たら、いつも通りなんだけど……異世界、なんだよなぁ」


美しい星空を見ていると、元いた場所と何も変わらない。
まるで、今この場所が生まれた日本かのような錯覚。

でも、不思議な程に元の世界に未練はない。
元来、環境適応能力だけが取り柄だった。だからあの真っ黒な会社で働き続けられていたんだと思う。

……肴にもならない、つまらない話だよな。


「それにしても、ただの村人として生きるためにこんなに色々な人の力を借りなきゃなんて……想像もしなかったな」


アンナさんに村を紹介してもらった事から始まって、リドさんに匿ってもらって、イアンさんに守られて。


「……恩返し、しなきゃな」


ふと、臆病な自分を奮い立たせるため、何か普段では出来ないことをやってみようと思い立った。


「あ、家の前の草原に寝転んでみようかな」


元々住んでいた場所では人の往来が常にあったから絶対に出来なかった行動だ。

深夜にそんなことをやろうものなら、トラブルに巻き込まれたり、職質にあったりと散々な目に遭うことだろう。

でも、この長閑な村は夜の人流が殆どないから、多少素行が悪い事をしても全く問題ない。
ゴロリ、と大の字になりながら地面へと転がってみる。


「いいじゃん、これ」


星と自分だけの空間。
色々なしがらみから、ひと時だけ解放される。


「みんなと、こうやって寝転んで夜空を見たいなぁ」


そんな暢気な思考に浸っていると、村の入り口の方から走ってくる足音が聞こえてきた。

(あ、誰か来る……マズイかも)

反射的にそう思っても、パッと飛び起きる気力は残っていなかった。


「ッ、ユウ?!おい、どうした!」

「リドさん?!逆に、リドさんは出掛けてたんですか!」


お互いに仰天しながら、疑問を投げかける。

(ってそりゃ、道で寝っ転がってたら驚きもするよな……ごめん、リドさん)

「いや、特に理由はないんですけど寝転びたくなって」

「本当か?心配させるなって……はぁ、魔族に襲われたのかと思っただろ」

「ごめんなさい……!」


妙な気怠さに甘んじて転がり続ける俺を見かねたのか、突然リドさんの腕がこちらに近づいてきたかと思うと、驚くほど軽々と抱き上げられた。


「え?リドさん?!」

「そんなところにいたら体調を崩すぞ……そろそろ寝ろ」

「いや、こんなお姫様抱っこなんてしなくても、自分で歩けますって!」

「お姫様だっこ……?ユウの世界ではこの抱き方をそう呼ぶのか。愛らしい名称だな」


俺の必死の訴えも、大人の余裕を見せるリドさんに軽く笑い飛ばしてしまう。
そのまま数分歩みを進めると、リドさんのベッドへと降ろされた。
精神的にも物理的にも完全に力負けした俺は、柔らかな布に包まり、しおらしくするしかなかった。


「うぅ、大事な何かを失った気がします……」

「そんなに気にすることだったか?」

「ええそうですよ、なんだか負けた気分です」


痛いほど見つめてくるリドさんの視線から逃げるように、勢い良く布を頭から被る。
ふわりと鼻を擽る香りに心が騒めいた。

(あ、リドさんの香りがする……)

って、なんかデジャヴだ。しかも、アウト寄りな感想だよな。
途端に気まずくなって布から顔を出した矢先、唐突に視界が影によって遮られたことに気が付いた。


「えっ?!」


その影の正体は言わずもがな、ベッドに腰掛けたリドさんだった。
俺の横に手をつくと、目線を合わせたまま、ゆっくりと顔を近づけてくる。


「……っ!」

(唇が、触れ……!)


寸のところで動きを止め、悪戯が成功したかのように、悪い笑みを浮かべた。
鋭くも、優しい眼光が心臓の挙動をおかしくさせる。


「期待したか?」

「っ、してないです!リドさんの冗談って、分かりにくくて困っちゃいますよ」

「……そうか」


動揺した俺が目を泳がせながらそう抗議すると、一転して真剣な表情になったリドさんが「イアン、すまない」と短く告げた。


……瞬間、唇に感じた温もり。


「ん、?!」

「……っは、イアンが不在の間に付け入るような事はしたくなかったんだけどな。冗談とまで思われているのは癪に障る」

「リ、リドさ……」


これは、一体どういう事なんだろう。

意図せず追い詰められたベッドの上で、リドさんにキスをされているこの状況。
……いや、やっぱりただの戯れで、いわゆるキスじゃないのか?


「お前の世界でも、これは口付けと呼ばれているか?」

(あ、キスでした)


触れるように口付けを繰り返される。
俺はただ呆然として、自分の身に起こっていることを理解出来ないでいた。


「ん、ん……」


ここまで熱心に想いを向けられたことがなくて、熱を移されるように与えられる口付けに、なすがままになる。


「……ユウ、良い加減に抵抗してくれないか。勘違いするぞ」


「え?あ!……や、やめて下さい」


ようやく振り絞って出たのは、蚊の鳴くような細い声の拒否だった。
語尾は声が裏返り、突然のことに困惑していることが丸分かりだ。

でも、反射的に突っぱねなかったのは、どこかでリドさんを信頼しきっているから。

俺の中では、危機感が仕事をしないまま形を潜めていた。


「俺の想いは小出しにして伝えているつもりだったんだがな。これでも冗談に聞こえるか?」

「今ので、理解しました」

(俺に向けられている想いが、男同士だからとか、そんな安い価値観で否定できない……そういう感情だということも)

ここまでされて、向けられている情欲が理解出来ない程、呆けているわけではない。


「でも、何でですか?俺、最近になって知り合ったばかりで……」


素直に疑問だった。

濃い時間を過ごしてきたのは分かるが、それでも俺はこの村に貢献したわけでもなく、むしろリドさんにお世話になりっぱなしだ。

疎まれこそすれ、こうして慕われる意味が分からないんだ。


「はは、随分と恥ずかしい話をさせるんだな」


面食らった表情をしたリドさんは、俺の頬に指先をするりと滑らせる。


「世界を渡ってもなお、懸命なお前を見ているうちに愛しく思って、俺の懐で囲いたくなった」

「か、かこ……?!」

「その意地っ張りで……それでいて素直で健気な振る舞いが、俺だけを頼ればいいと、そんな卑しい考えにさせるんだ」


不意に腕を取られ、手首を擽るようにして、潤った唇の感触が掠めては消えていく。
とっくに身体に馴染んだ、腕輪の存在を何度も確かめるように口付けをしている。


「何も知らないお前を騙して、俺の証を着けた事実で満たされているんだ。呆れても良い……その腕輪の意味を、イアンは理解していただろう?」


「……え?イアンさんが?」


イアンさんは特に何も言及してこなかったけど……この腕輪に何か意味があるのか?


「それは俺の家に伝わる装飾品だ。添い遂げたい奴に渡す事になっているんだが……そういう面倒臭いことに頼る程には、お前の周りは油断ならない状況だったからな」

「油断ならないって、もしかしてバレスさんですか?」

「まあ、それも一因だ」


曖昧な回答を返され、首を傾げる。
バレスさんに明言されていないが、かなりアプローチを受けている……と思う。


「俺、モテ期なのかな」

「モテ期?」

「あ、何でもないです……あの、俺にとってリドさんは「ああ待ってくれ、今じゃないんだ」……?」

「行動が先行してしまったが、今答えを貰うのは公平じゃないからな。イアンを救出した後にしてくれ」

(公平……ってのは分からないけど、今はそれどころじゃないっていうのは本心だ)

「……もう、なら全てイアンさんを救出した後にしてくださいよ。気になるじゃないですか」

「それについてはお互い様だぜ?まあ、気長に待つから」


少し砕けた話し方になった様子を見るに、緊張が解けたんだろう。

リドさんは俺の腰に手を回したまま、毛布に包まった。


「さあ、寝るぞ。明日こそイアンを救ってやろう」

「……はい、やりましょう!リドさん」


その頃には睡眠を阻んでいたプレッシャーもマシになって、すぐに微睡が訪れた。

リドさんの温もりを分けてもらうように、距離をつめる。


(……あ、心臓の音が、なんだか早い気がする)


俺みたいなちっちゃな存在でも、このカリスマ性の塊みたいなリドさんを緊張させてるのか。
そう思うとちょっと可笑しくなってしまった。


「……おやすみなさい」


そうして、朝を迎えて冒頭に戻る訳だけど。

こんな熱烈なアピールを受けた翌朝に直視するリドさんの破壊力が、数倍にも増していたのは心のうちに留めよう。


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