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噂をすれば

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「カインさん!遅くなりました!」

「あ、ユウ君。どうしたの、遅刻なんて珍しいね」


薬草屋に着くと、案の定カインさんが既に店を開けていた。

イアンさんと別れてからかなり急ぎはしたけど、水やりをしていた時点で、遅刻が確定していたんだ。
時間を巻き戻せない限り、間に合うわけもなかった。


「ごめんなさい!忙しい時に遅刻なんてしてしまって……」

「次から気を付けてもらえれば大丈夫だから!それよりも何があったのか気になるところだなぁ」


チラッチラッと興味ありげにこちらを見遣る視線に耐えかね、差し障りのない範囲で、朝の一幕について カインさんに伝えることにした。

余計なことを言ってしまいそうだし、本当は話さない方が無難だけど……社会人として、遅刻した理由くらいは報告しないと。


「実は、昨日いただいたあの種を育てることにしまして……今日はその水やりに手間取ってしまいました」

「え、あの量を1人で育てて収穫するのかい?小包とはいえ、相当な量の種が入っていたでしょ」


結構体力がないとね、あのリドさんだって難しいと思うよ。と、勘違いされた上に、痛いところを突く心配まで付け加えられてしまった。


「確かに俺は貧弱かもしれません……って、違います。イア……えぇっと、一緒に住んでる人と育てているんです」

「へぇ一緒にねぇ……ん?一緒に住んでるって」


突然、今日受け渡し予定の薬草を梱包していたカインさんの動きが止まる。

分かりやすく例えると、<処理落ち>のように、完全に動作の最中でフリーズしてしまっていた。


「あ、村の人のお家でお世話になってるんですよ。ありがたいですよね……カインさん?」

「それはもしや、お、男……いや、女って聞くべき?いやでも……」

「どうしたんですか突然。まぁ男の人ですけど」


俺がそう答えると、カインさんが小さく悲鳴をあげ、そのままの勢いで梯子から飛び降りた。
さすがは元騎士団、軽い身のこなし……じゃない!


「ちょ、カインさん!そこ梯子の上だから危ないですよ!」

「ゆゆゆゆユウ君、その人とはどういった関係なんだい?もしかして寝食を共にしてるの?!」

「どういった……って、普通に一緒に生活してます。家が一人暮らし用の構造なので、完全に俺がお邪魔している感じですけど」


特に隠すようなことでもないので、開けっぴろげに伝えると、カインさんはワナワナと身体を小刻みに揺らし始めた。


(怖ッ?!)

「ま、まさか。一緒に寝てる?」


心底信じられない、という顔をしたカインさんがまたまた的確に痛い所を突いてきた。

そう、お金もないのにベッドが欲しいとは言えず、なんだかんだ一緒にくっつきながら寝てしまっているのだ。

蓋をしていた羞恥心を刺激され、寝る時に伝わる体温を思い出してしまった。


(なぜバレた……!)


とにかく、なんとか話題を逸らさなければ……俺の平常心は一生返ってこない。


「もう、お客さんいらっしゃいますよ!!」

「あぁ、ユウ君!顔を赤らめるってことは……なんて事だ、バレス君というものがありながらっ」


逃がさない!と話題を一向に変える気がないカインさんとの攻防は、俺が逃げるように退勤するまで延々と続いた。


*****************



「ふぅ、酷い目にあったな……カインさんって、とことんあの系統の話が好きだよな」


ある意味、命からがら逃げ延びた俺は、夕暮れに染まる道を急いだ。

街の中は特にいつもと状況は変わっておらず、騎士団が常駐している安心感は絶大なんだなと改めて実感した。


(バレスさん達って、とても頼りにされているんだな)


だからこそ、この道が一段と静かに感じる。
商人の出入りが今までよりも極端に少ないことが、村までの道の静けさを手伝っているようだった。

巡回する騎士団を遠巻きに見ながら、茂みに分け入り、万が一にも見つからないように、と姿勢を低くして移動する。


「あ、そういえば休みをもらう話を出来なかったなぁ。明日こそちゃんと話さなきゃ」


騎士団の巡回はこうやって避けられるけど、あのトリッキーな勇者のことだ。
俺の予想の範疇から飛び出たことをやってくるに違いないし、用心しなければ。


(そろそろ畑に着くかな……お、噂をすれば)


しゃがんで移動している俺にでも、茂みから頭ひとつ抜きん出て高い巨躯を見つけることは簡単だった。

イアンさんはまだ俺に気が付いていないようで、こちらに背を向けて立っている。


「イアンさ~ん!」


騎士団を警戒するに越したことはないので、小声でその背に呼びかけた。


……瞬間。


「退けッ!」


聞いたこともないようなイアンさんの怒号が俺の声を掻き消した。


(……え?)


いつの間にか移動したのか、その視界を遮るようにイアンさんの大きな背が立ち塞がっていた。


(もしかして、魔物でも出たのか?)


少し見回すと、イアンさんの足の間に僅かにその先が見える場所を見つけられた。

その隙間を、悟られないように覗き込む。


……そして、イアンさんと対峙する者を認識した時、心臓がありえないほどに収縮したのを感じた。


(っなんで、なんで!)


「なぁに、急にそんな大声出して。こっわ~……やっぱ、前に一回斬っといて正解だったわ」


滲み歪む視界に捕らえたのは、不気味な笑みを湛えた……勇者の姿だった。

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