51 / 82
噂をすれば
しおりを挟む「カインさん!遅くなりました!」
「あ、ユウ君。どうしたの、遅刻なんて珍しいね」
薬草屋に着くと、案の定カインさんが既に店を開けていた。
イアンさんと別れてからかなり急ぎはしたけど、水やりをしていた時点で、遅刻が確定していたんだ。
時間を巻き戻せない限り、間に合うわけもなかった。
「ごめんなさい!忙しい時に遅刻なんてしてしまって……」
「次から気を付けてもらえれば大丈夫だから!それよりも何があったのか気になるところだなぁ」
チラッチラッと興味ありげにこちらを見遣る視線に耐えかね、差し障りのない範囲で、朝の一幕について カインさんに伝えることにした。
余計なことを言ってしまいそうだし、本当は話さない方が無難だけど……社会人として、遅刻した理由くらいは報告しないと。
「実は、昨日いただいたあの種を育てることにしまして……今日はその水やりに手間取ってしまいました」
「え、あの量を1人で育てて収穫するのかい?小包とはいえ、相当な量の種が入っていたでしょ」
結構体力がないとね、あのリドさんだって難しいと思うよ。と、勘違いされた上に、痛いところを突く心配まで付け加えられてしまった。
「確かに俺は貧弱かもしれません……って、違います。イア……えぇっと、一緒に住んでる人と育てているんです」
「へぇ一緒にねぇ……ん?一緒に住んでるって」
突然、今日受け渡し予定の薬草を梱包していたカインさんの動きが止まる。
分かりやすく例えると、<処理落ち>のように、完全に動作の最中でフリーズしてしまっていた。
「あ、村の人のお家でお世話になってるんですよ。ありがたいですよね……カインさん?」
「それはもしや、お、男……いや、女って聞くべき?いやでも……」
「どうしたんですか突然。まぁ男の人ですけど」
俺がそう答えると、カインさんが小さく悲鳴をあげ、そのままの勢いで梯子から飛び降りた。
さすがは元騎士団、軽い身のこなし……じゃない!
「ちょ、カインさん!そこ梯子の上だから危ないですよ!」
「ゆゆゆゆユウ君、その人とはどういった関係なんだい?もしかして寝食を共にしてるの?!」
「どういった……って、普通に一緒に生活してます。家が一人暮らし用の構造なので、完全に俺がお邪魔している感じですけど」
特に隠すようなことでもないので、開けっぴろげに伝えると、カインさんはワナワナと身体を小刻みに揺らし始めた。
(怖ッ?!)
「ま、まさか。一緒に寝てる?」
心底信じられない、という顔をしたカインさんがまたまた的確に痛い所を突いてきた。
そう、お金もないのにベッドが欲しいとは言えず、なんだかんだ一緒にくっつきながら寝てしまっているのだ。
蓋をしていた羞恥心を刺激され、寝る時に伝わる体温を思い出してしまった。
(なぜバレた……!)
とにかく、なんとか話題を逸らさなければ……俺の平常心は一生返ってこない。
「もう、お客さんいらっしゃいますよ!!」
「あぁ、ユウ君!顔を赤らめるってことは……なんて事だ、バレス君というものがありながらっ」
逃がさない!と話題を一向に変える気がないカインさんとの攻防は、俺が逃げるように退勤するまで延々と続いた。
*****************
「ふぅ、酷い目にあったな……カインさんって、とことんあの系統の話が好きだよな」
ある意味、命からがら逃げ延びた俺は、夕暮れに染まる道を急いだ。
街の中は特にいつもと状況は変わっておらず、騎士団が常駐している安心感は絶大なんだなと改めて実感した。
(バレスさん達って、とても頼りにされているんだな)
だからこそ、この道が一段と静かに感じる。
商人の出入りが今までよりも極端に少ないことが、村までの道の静けさを手伝っているようだった。
巡回する騎士団を遠巻きに見ながら、茂みに分け入り、万が一にも見つからないように、と姿勢を低くして移動する。
「あ、そういえば休みをもらう話を出来なかったなぁ。明日こそちゃんと話さなきゃ」
騎士団の巡回はこうやって避けられるけど、あのトリッキーな勇者のことだ。
俺の予想の範疇から飛び出たことをやってくるに違いないし、用心しなければ。
(そろそろ畑に着くかな……お、噂をすれば)
しゃがんで移動している俺にでも、茂みから頭ひとつ抜きん出て高い巨躯を見つけることは簡単だった。
イアンさんはまだ俺に気が付いていないようで、こちらに背を向けて立っている。
「イアンさ~ん!」
騎士団を警戒するに越したことはないので、小声でその背に呼びかけた。
……瞬間。
「退けッ!」
聞いたこともないようなイアンさんの怒号が俺の声を掻き消した。
(……え?)
いつの間にか移動したのか、その視界を遮るようにイアンさんの大きな背が立ち塞がっていた。
(もしかして、魔物でも出たのか?)
少し見回すと、イアンさんの足の間に僅かにその先が見える場所を見つけられた。
その隙間を、悟られないように覗き込む。
……そして、イアンさんと対峙する者を認識した時、心臓がありえないほどに収縮したのを感じた。
(っなんで、なんで!)
「なぁに、急にそんな大声出して。こっわ~……やっぱ、前に一回斬っといて正解だったわ」
滲み歪む視界に捕らえたのは、不気味な笑みを湛えた……勇者の姿だった。
121
お気に入りに追加
4,927
あなたにおすすめの小説
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】役立たずの僕は王子に婚約破棄され…にゃ。でも猫好きの王子が溺愛してくれたのにゃ
鏑木 うりこ
BL
僕は王宮で能無しの役立たずと全員から疎まれていた。そしてとうとう大失敗をやらかす。
「カイ!お前とは婚約破棄だ!二度と顔を出すんじゃない!」
ビクビクと小さくなる僕に手を差し伸べてくれたのは隣の隣の国の王子様だった。
「では、私がいただいても?」
僕はどうしたら良いんだろう?え?僕は一体?!
役立たずの僕がとても可愛がられています!
BLですが、R指定がありません!
色々緩いです。
1万字程度の短編です。若干のざまぁ要素がありますが、令嬢ものではございせん。
本編は完結済みです。
小話も完結致しました。
土日のお供になれば嬉しいです(*'▽'*)
小話の方もこれで完結となります。お読みいただき誠にありがとうございました!
アンダルシュ様Twitter企画 お月見《うちの子》推し会で小話を書いています。
お題・お月見⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/804656690/606544354
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
俺の婚約者は、頭の中がお花畑
ぽんちゃん
BL
完璧を目指すエレンには、のほほんとした子犬のような婚約者のオリバーがいた。十三年間オリバーの尻拭いをしてきたエレンだったが、オリバーは平民の子に恋をする。婚約破棄をして欲しいとお願いされて、快諾したエレンだったが……
「頼む、一緒に父上を説得してくれないか?」
頭の中がお花畑の婚約者と、浮気相手である平民の少年との結婚を認めてもらう為に、なぜかエレンがオリバーの父親を説得することになる。
田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした
Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち
その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話
:注意:
作者は素人です
傍観者視点の話
人(?)×人
安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)
公爵様のプロポーズが何で俺?!
雪那 由多
BL
近衛隊隊長のバスクアル・フォン・ベルトランにバラを差し出されて結婚前提のプロポーズされた俺フラン・フライレですが、何で初対面でプロポーズされなくてはいけないのか誰か是非教えてください!
話しを聞かないベルトラン公爵閣下と天涯孤独のフランによる回避不可のプロポーズを生暖かく距離を取って見守る職場の人達を巻き込みながら
「公爵なら公爵らしく妻を娶って子作りに励みなさい!」
「そんな物他所で産ませて連れてくる!
子作りが義務なら俺は愛しい妻を手に入れるんだ!」
「あんたどれだけ自分勝手なんだ!!!」
恋愛初心者で何とも低次元な主張をする公爵様に振りまわされるフランだが付き合えばそれなりに楽しいしそのうち意識もする……のだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる