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王宮の籠
しおりを挟む王宮内ではいつも通り、穏やかな時間が過ぎていく……はずだった。
異変に気が付いたのは、騎士団が慌ただしく城を出て行く様子を窓から目撃した時だった。
「あれ、騎士団の副団長?隊列組んでるじゃん」
バレス騎士団長と副団長は、平時は一緒に行動するらしいと平の騎士に聞いたことがある。
「ってことは、この国でなんかあったのか」
そう呟いた瞬間、妙案を思いついた俺は
寝転がっていた長椅子から飛び起きた。
「つーことは、今なら自由に城を探索できるってこと?!」
スルッと扉から脱出すると、長く続く廊下を見回す。
いつも扉の番をしている騎士もいないし、総じて人気がない。
これなら、騎士団に俺の動きを見咎められることもないだろう。
(騎士団が出払っている時にしか出来ない事が今出来るってことだよな……ならばやるべきは一つ!)
「団長の部屋を漁る、だよな!」
騎士団で偉くなれば城に住めるらしく、バレス騎士団長と副団長はよく城内で見かけていた。
(城に住めるとか、みんなの憧れだろ。特権ってヤツだな)
ここ最近の追いかけっこで培った脚力で、1階の目的地まで一目散に駆ける。
道中、使用人が数人いたが、いずれもバタバタと何かの作業をしていて、俺に気を配る者はいなかった。
(今の状況ではありがたいけど、なんか悲しいな)
誰にも話しかけられないから、数分で騎士団長の部屋に到着できてしまったのが、さらに侘しさに拍車をかけた。
何かの折に聞いたことがあるが、騎士団長の部屋は、何かあった時のために、鍵が掛けられていないらしい。
(狙うなら今ってことでしょ)
念のためとこっそりと中の様子を窺ったが、思惑通り部屋の明かりはついておらず人の気配もない。
「よし、ちょっとお邪魔してみようかな」
あれだけ普段から仕事を抱えてそうな騎士団長の部屋だ。
何かしらの内部情報は出てくるんじゃないのか?
普段の軍議には部外者として関われない以上、現状を知るには騎士団長に探りを入れるのが一番だ。
(よし。三崎犬、出陣!)
ギィ、と鈍い音を立てて開いた木の扉をそのままに、部屋を御用改めさせてもらう。
部屋の中は、イメージ通りに小ざっぱりとして良く整頓されていた。
「え~っと、なになに?剣術指南書、魔術全集、魔物図鑑……いや、真面目の塊かよ」
はっきり言おう、な~んにも面白いものがない!
俺は大冒険が徒労に終わった事を悟り、しょぼくれながら部屋を出た。
後ろ手にギィィ……と物悲しく鳴る扉が俺を嘲笑うようだった。
(まあそうだよな。あの完璧人間が重要情報を放っておくなんて、詰めの甘い事しないかぁ)
なんだ、ユウさんの力になれると思ったのになぁ~とぼやいていると、風が脇を撫でるように吹き抜けるのを感じた。
「あれ、風?窓でも開いてるのかな。脱出経路に出来たりするかも」
城の中に監禁状態の今だから、戻ってやる事もない。
折角なら暇でも潰そうと思い立ち、風に導かれるように、フラフラと周辺を探索し始めた。
「っていっても風の出どころなんてどうやって探すんだ……」
現代日本、しかも東京で風が吹き抜ける方向がどうかなんて、ビル風で強く吹き付けられた時にしか意識しない。
風を読む、風を読む……
「あ、そっか。指を濡らすといいんだっけか」
そういえば、ゴルフのテレビ中継で風を読む方法ってのを見た事があるな。
朧げな記憶を辿り、濡らした人差し指を立てると、風の流れが皮膚から伝わってくる。
その中でも、ある一点から局所的に吹く風が特に強く感じられた。
そちらへ視線を流そうとして、ある違和感に気がついた。
「あれ、こっちは行き止まり……だよな」
目線の先には、普段ここの道を通っている時は何も異変を感じていなかった木の扉。
それが今は、猛烈に気になる。
近寄ってみると、やはり扉と床とが面している隙間から、空気が抜けている音がした。
掃除用具入れか何かかと思っていたが、どうやら扉の先の部屋に窓がついているらしい。
好奇心のままに、ドアノブを手に取って軽く回してみる。
「まっさか開いてるわけないよ……あ、開いてるぅ!!」
思わず大きめの独り言を漏らしてしまい、口を塞いで周辺を見渡す。
やはり、誰もいない……ならば。
「ちょっとだけ、ちょ~っとだけだから!」
俺は隠し扉を見つけてしまったという高揚で、何も考えずそこに足を踏み入れた。
「……なんだこれ」
木の扉を開くと、目の前に広がっていたのは、倉庫でもなんでもない。
地下に続く階段だった。
……ゴクリ。
怖いもの見たさで、その階段に足をかける。
一歩、一歩と進むと、さらに強い風が吹きつけた。
「うえ、なんか臭い……」
風が吹き抜けているにも関わらず、湿っぽい匂いが鼻につく。
道中はいくつかの明かりが灯されており、階段の乗降には問題がない。
きっと時折人が使っているんだろうな、と想像を巡らせる。
おっかなびっくり歩き続けると、ぼんやりと広いスペースがあることを認識できた。
あぁ、きっと階段を降り切ったんだ。
安心したのも束の間、階段を降り切ったその先…そこに見えたのは。
「……こ、これ!」
人一人入れば御の字という狭いスペースに、鉄の柵が設けられた地下牢だった。
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