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レッツクッキング!

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ケンとしばらく世間話をしていた俺は、ふとお肉屋さんからの貰い物がある事を思い出した。


「あ、そうだ!俺、生肉持ってるんだった」

「それは一大事っすね!じゃあまた今度……あ、ユウさん、ちょっとだけ待って」


ケンはそう言って俺の手を取り、勢いをつけて引いた。
想像もしていなかった力が働いて、ろくな構えも取れないまま身体が傾く。


「わっ?!」

「さっきは心配したんです……ホント。
あ~今回も良いところ見せられなくて、もうダメダメっすね」


「ちょ、ケン……?」


強く引かれた反動で、ケンの胸に身体を預けている状態になっている。
そんな状況でも、ケンはそのまま話し続けるもんだから、俺としては気が気じゃない。


「ユウさん、またピンチになる事があれば、全力で助けますから……俺、ユウさんに頼られたい」

「え、その……いつも頼りにしてるぞ?」

「もっと、も~っと!頼りにして下さい。まだ俺が巻き込んじゃった分の責任を果たせてないんです……だから、ね?」


目に見えてしょぼくれるケンに、垂れ下がった耳と尻尾を見た。
動物が嫌いではない俺は、シュンと垂れた耳(幻覚)を見せられるとどうも弱い。


(だけど、もう既に情報面でも色々助けて貰ってるのに、更に何を頼れば良いんだ……?)


発言の意図を咀嚼出来ないまま頷くと、ケンは満面の笑みを浮かべて「じゃ!」っと手を軽く振り、目にも止まらぬ速さで来た道を引き返していった。
俺はその風のような逃げ足を、ぼうっと眺めるしかない。

……まだ、触れていた場所に微かな熱が残っている。


(距離が近すぎて、話が全然頭に入ってこなかった)


人と接近して話す事に慣れていない俺は、少し浮ついた気持ちのまま、今度こそ村へと足を踏み出した。


*********


「イアンさん、戻りました!」

「……ユウ」


イアンさんは既に帰宅していたらしく、炊事場に立っていた。
俺が部屋に入って来たことを認めると、手招きをして呼び寄せてくる。


「?どうしたんです……か……」

「これ、飯」


イアンさんが指差す先には、フライパンのような調理器具で熱されたスープがグツグツと音を立てている。

葉物の他に、お肉も入っているようで、食欲をそそる見た目だ。
リドさんの家で出て来たご飯と遜色ない出来栄えに、ワクワクが止まらない。


「うわぁ、めちゃくちゃ美味しそうです!」

「……めちゃ?」

「あ、すみません。とても美味しそうです!」


先程までケンと話していた影響か、サラッと元の世界の語彙が出てしまった。


(危ない危ない……気を引き締めなきゃな)


褒められたと知って少し表情を緩めているイアンさんには悪いが、実はこの手にもう一つ食材がある。
これも調理しなくては。


「イアンさん、実はこれを向かいのお肉屋さんに貰いまして……調理方法を教えて貰えませんか?村の人にもお裾分けしたくて」

「村の、人……か」


村の人と聞くと、寂しそうに目を伏せたイアンさん。
もしかして、まだ村の人と話せていないのだろうか。

目を瞬かせると、表情を作り直して俺に向かって少し微笑んだ。


「肉、焼く?」

「焼くのが良いんですね!あ、でも火を起こさないと」


悲しいかな、俺はこの世界に来ても魔法という"特別でありふれた能力"を得ることが出来なかった。
そんな一般人の俺が料理をするためには、木の枝やら、火打ち石を用意しないと……

悶々と悩んでいると、見兼ねたのかイアンさんが指先に火の玉を灯した。


「火、つけた」

「あ、ありがとうございます」

(うわぁ、一瞬じゃん……)


自分を情けなく思いながらも、つけてもらった火を無駄にしないよう、せっせと調理器具に肉を乗せる。


「そういえばイアンさん、イアンさんって魔法も使えるんですね」

「魔術師ではない、から……簡単なのだけ」

「なるほど、魔術師って魔法に特化した人達なんですね。俺、実は魔法に触れたのはこの村が初めてなんです」

「……魔力が、ない?」

「そうとも言えますが……俺は転移者なんです」

「それで、黒か」


肯定の意を頷きで返すと、イアンさんは少し考え込むような仕草をした。


(やっぱり、転移者の言い伝えはあれど、存在は珍しいのか……そもそも、俺が戦闘向きでは無い事を疑問に思ってるかもしれない)


イアンさんがあまりに長く考え込んでいるので、俺の頭の中は後ろ向きな考えで一杯だ。

元勇者のイアンさんからすると、転移者ってどんな存在なんだろう、とか。
現勇者みたいに、煙たがられないかな、とか。

不安で冷や汗が出そうになるのを耐えていると、目の前のイアンさんが楽しそうに目元を緩めた。


「黒、秘密……お揃いだ」

「へ?」

「ユウとの、共通点……黒も、悪くない」


わしゃわしゃ!と髪の毛をかき混ぜられ、やっとその言葉の意味を理解する。


(お揃いで、嬉しい?だから黒を持つことになったのも悪くないって、そう言ってくれたのか?)


非力な俺を認め、あまつさえ「お揃いだね」とは……人の良さに感激してしまう。


「イアンさん、ありがとうございます……よし、調理頑張っちゃうぞ!」


腕まくりで気合を入れた俺は、ノリノリで調理器具を握るが、持ち手の熱さで飛び上がってしまう。

イアンさんは過剰な手出しをせず、俺が調理器具と格闘しているのを見守ってくれていた。


(イアンさんって、力があるだけじゃなくて、とても優しい人なんだな)


現勇者にもこれだけの器量があれば、と思ってしまったが、それだけイアンさんが苦労してきたんだろう。


「……」


イアンさんは相変わらず言葉少なにその場に佇むだけだ。
その瞳はどこか暗く、溌剌とした雰囲気はまるでない。

(でも、アンナさん達が言うには、イアンさんも元は流暢に話していたらしいし……)


きっと魔王への道のりで凄惨な経験をしたんだろう。


(今日、寝る前にイアンさんの話を聞けるかな)


その辛い記憶を、少しでも軽く出来ないかなんて思ってしまう俺は、浅慮だろうか。


「あまり上手くは出来ないですけど、今度からはイアンさんのお手伝いをさせて下さいね」

「……ああ」

「よし、お肉も焼けたし、リドさん達に届けに行きましょう。イアンさんも一緒に!」

「俺、も?」


イアンさんの腕を引き、家の外へと連れ出す。

俺がいる事で黒に慣れてきたこの村では、もう必要以上に人目を避ける必要がないんだ。


「ここにはイアンさんの敵はいませんし、黒髪は俺とお揃いです……だから、皆と話してみませんか?」


俺の提案は予想外だったようで、イアンさんの動きが止まる。


「敵、じゃない」

「そう、だから行きましょう!」


緩く動き出した体を優しく先導すると、イアンさんはやがて明確な意思を持って歩みを進めた。


(一歩ずつ、寄り添う気持ちも取り戻せればいいな)






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