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村長の憂鬱
しおりを挟むオスティア国の首都、フィラに程近い長閑な村のとある家屋の主は、重く深い息を吐き出した。
今日はユウに迫り来る王宮への対策と、気候が変わる頃に行われる収穫祭に向けて、
あらゆる執務を片付けないとならない。
……のだが、筆が進まない。というのも、ここ数日でこの村に激動が起き過ぎた。
むしろ、日を追うごとに問題が一つ、またひとつと増えているのだ。
朗らかに差し込む日に頭痛を覚え、頭を抱える。
「もう朝だな、ユウは薬草屋に行ったか……はぁ」
昨日突然の帰還を果たしたイアンは、半魔の状態になっていた。
あの目を見ても、即座に斬り掛からなかった自分を褒めたい。
それほど、気配ひとつをとっても危険な存在だったのだ。
傷が癒えたばかりにも関わらず、人を威圧するような気迫。
さすが、勇者として名を立てていただけのことはある。
(厄介な状況になったな……)
俺は一般的な住民よりも情報を得られやすい生い立ちだったために、大抵の話は齧ってきた。
だが、今回の件は、生きてきた中で見聞きしたことが無い。
見たところ、魔物と人間が完全に融合しきっていた。
髪は黒く、目は赤く輝く様は、まさに異様だった。
「ウチの村は黒に縁があるのか」
この間忽然と現れたユウも黒髪を持っている。
瞳はかろうじて黒とは判別しにくい木の幹や土のような色だが、髪については完全に異質だ。
……ユウは不思議なオーラを持った男だ。
控えめで健気だが、前向きで、時折見せる大胆さとあどけない可愛さが、人を飽きさせない。
バレス騎士団長にもちょっかいを出されていると言っていたが、それは単なる気紛れではなく、本気なのだろう。
「アイツに見つかるとは……まだ素性は割れていないとはいえ、悪いことは重なるな。王宮への謁見の申込を早めておこう」
口には出さないが、巻き込まれて召喚されたこの世界で、慣れないことも多く心許ないだろう。
そんな折に王宮の武力の頂点とも言えるバレス騎士団長に見つかってしまったとなれば、気が気では無いはず。
帰りたいという感情があるかはわからないが、この村を好いて、永住したいと話してくれた。
出会ってから短期間ではあるが、そんな彼を守りたいと、そう思ってしまった。
「柄じゃないけどな。まあ、一生に数度とない感情かもしれないな」
こちらも生易しい手は使っていられない状況だ。
不貞の輩が無垢な彼を拐かさないように、ユウの腕に俺の証を着けさせた。
まあ、これくらいでアイツが引くとも思えないが。
執務にいまひとつ身が入らないのを自覚した俺は、大きな伸びをする。
「さて、イアンに話を聞きに行くか」
排斥される立場となってしまった、不遇な結末となった元勇者の住処へと向かおう。
何があったのか、これからどうしていくか。
問題は山積している。
「というか、今のところ何か仕出かしそうなのはイアンだな。同じ屋根の下とは、気が抜けない」
一度釘は刺したつもりだが、念押しもしておこう。
彼……ユウの身の安全は俺によって守られなければ。
そうでなければ、今後彼を籠絡する手段が減ってしまう。
あらゆる方向から、ユウを囲う布陣を描こう。
「正々堂々と勝負するのは俺の趣味じゃ無いからな。なぁ、バレス?」
……自分よりも幾分か遅れて彼を見出したバレスに、今度こそ掻っ攫われないように。
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