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敵、現る。
しおりを挟む暖かい。
暗闇の中で、俺は何かに揺られる感覚で意識を浮上させた。
頭痛が酷く、思考に靄がかかっているようだが、側にいる人の温もりは感じることができた。
(あれ…俺、何してんだっけ……)
久しぶりによく寝られた気がする。
人の温もりを感じながら寝るなんて、久しくなかった。
こんなご時世だし、今後もないと思ってたのに。
そこまで思考を巡らせ、やっと脳が覚醒する。
(…っそうだ!!俺、変なスーツ男にっ!)
起きあがろうとしたが、上手く動くことができず、身じろぎをするだけになってしまった。
そこで初めて四肢の自由を奪われていることを知る。
更に最悪なことに、目を開けても光を捉えることができない。
(目が圧迫される感触もあるし、多分だけど目隠しされてる……!)
俺は初めて陥った状況に、パニックになりかけていた。
いやだって、普通に生きていたら目隠しや拘束なんてありえない経験だ。
(俺、殺される……?)
すぐそばに感じていた人の温もりが、俺の脳を恐怖で支配する対象に変わった。
俺の生命を奪うかもしれない存在が手が届く位置に居る事実に、全身がガクガクと震え始める。
恐怖で頭がおかしくなりそうだ。
今すぐにでも叫び出したいけど、俺を拘束した人間が何人いるかもわからない状況で、相手を刺激するようなことはできない。
「そんなに震えて……俺が怖いか?」
脳に響くような重低音の声色が、俺の全身を硬直させる。
……状況から考えるに、こいつがきっとスーツの男だろう。声も一瞬しか聞こえなかったが、低くて落ち着いた声色だった。
男は喉の奥を鳴らしながら、甘やかに語りかけてくる。
「大丈夫、死ぬときは一瞬だ……生を受けたのだから、終わりも等しく来るだろう?お前の場合は、それが意図的に早められるだけだ」
俺の頬をするりと撫でた手は、ささくれ立っているようで、俺の肌を余計に刺激していく。
俺はもう生きた心地がせず、その手に抗えない。
縛られた腕から、恐怖に慄いた体温が逃げ出していく。
(せっかく皆に助けてもらったのに、なんの恩返しもできてないよ……)
俺はこの状況を打開できる術なんて持っていなかった。
ここで、死を待つ他ないんだ。そう考えていたところで、緩く続いていた振動がピタリと止まる。
「ああ、着いたな。ちょっと待ってろ、今移動するから」
どこか友人に語りかけるような口調で俺に話しかけると、よっと、という掛け声と共に俺を抱き上げた。
……なんと、姫抱きで。
「……え?」
「あ、ようやく喋ったな。死んでしまったかと思って心配した」
男は先ほどまで暗に俺を殺すと言っていたにも関わらず、心配したなどと抜かしてきた。
言っていることとやっている事が余りにもチグハグだ。
どうせ死ぬなら、反論くらいしてやろうと思ったが、口を開いても出ていくのは冷えた空気ばかりだった。
そうこうしているうちに、いくつかのドアを開く音が止み、ふかふかの布の上に寝かされた。
弾力もあるから、きっとベッドだろう。
俺が案外優しく扱われたことに少し緊張を緩めて身じろぎすると、それを見ていたのか男が俺の頭を優しく撫でる。
「お前に恨みはないが、これから実験に付き合ってもらう。その前に死なれちゃあ、俺が困るんだよ」
(じ、実験…?)
優しげな手つきと全く合っていない言葉に、得体の知れなさを感じて、俺の全身が再び震えだす。
死ぬよりも辛い目にあわされる事を直感的に理解し、俺は小さく縮こまった。
そんな俺には目もくれず、この服面白いな。なんの素材で出来ているんだ?などと言いながら、俺の服を優しく脱がしていく。
視覚を奪われているため見えないが、マニアックさんにもらったヒーロー服を観察しているんだろう。
男はヒーロー服に興味津々なのか、あっという間に上半身の服を脱がされてしまった。
「あ、そうか。アレが必要だな……準備してくるから、良い子にしてろよ」
何か忘れ物をしたのか、男がベッドを離れていく。
(……今しかない)
幸いなことに、男が脱がしてくれたおかげで、手元に腰のスリット部分が降りてきていた。
ここにマニアックさんから渡されたGPSが入っているはず。
俺は繋がれている両腕で、懸命にポケットを探った。
(あった!!)
俺は薄型の板のようなものを見つけ、手の中で弄ってみる。
…が、ボタンらしきものはどこにもない。
(そうだ、確かこれ、ボタン式とかじゃなくてタッチパネル式なんだ!!)
希望の光が潰えて、消えていくのを感じた。
(なんでもタッチパネルにするのが正解ってわけじゃないんだ、分かったか現代人…!!)
俺はヤケクソでその装置を再び操作しようとしたが、突然手の中の板が消えた。
「良い子にしてろって、言ったよな?」
「ひっ……!!」
「……その服も不思議だと思ってたけど、お前、ヒーロー組織の人間か」
俺を詰問するような言葉のすぐ後に、バキッ!という音が聞こえ、俺の生命線が折られたことを悟る。
装置だけではなく、心までポッキリと折られ、俺は我慢していた涙を溢れさせた。
「……ひ、っう」
布が吸収しきれなかった涙は、滲み出るように頬に流れ落ちていく。
「まあいい、ほら、腕を出せ」
優しく腕を取られ、男の方に引き寄せられる。
俺は為す術もなく、ただ泣きながら男の行動を受け入れていた。
取られた腕に、鋭い痛みが走り、思わず手を引こうとする。
「動くな。ウィルスが漏れるだろ」
「?!」
男の言葉に、頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われる。
(いま、なんて……)
腕に差し込まれた冷たいものから、体を駆けるような熱が流し込まれる。
「っいやだ、いやだぁ!!!」
俺は力の限り抵抗試みたが、時すでに遅し。
自分の血液が、別の生命を持っているかのように全身を熱くさせた。
「…あ、あ…」
耐えきれない熱さに、俺は再び意識を持っていかれそうになる。
ここで目を閉じて仕舞えば、もう二度と自分でいられないような気がして、必死に唇を噛んで耐える。
が、男の指が唇に伸び、ゆっくりと指の腹で撫でる。
「ごめんな…」
苦しそうな男の独り言を聞き取ったのを最後に、俺の意識はとうとう深い暗闇の中に混ざり合っていった。
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