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1章 ようこそ魔法の世界!

6 マーナガルム

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少し肌寒く感じて手を擦りながら薄く目蓋を開く。


こんなにぐっすり眠ったの、久しぶりかもしれない。

ここ最近マトモな睡眠が取れていなかったから生き返った様な気持ちだ。

上半身を起こし周囲を見渡すと、人影はない。
セシルさんは既に退室したようだった。



(当面の衣食住は確保できたけど、永遠にヒモを続ける事はできない…
俺の素性もいつかバレるだろうし、言い訳も考えとかなきゃな)



魔法のこととかも全く分からないし、学ぶ機会が欲しいなあ。

やっぱり魔法ってロマンじゃん!
本当は今すぐにでも見てみたい。
あわよくば一度くらいは使ってみたい!

未だ見ぬ魔法の力にウキウキしながら、部屋の中を散策し始めた。


ふと、サイドテーブルに置かれている布が目に入った。


(…これ、ローブ?)


セシルさんのローブは夜空のような色だったけど、このローブは深緑だ。


(もしかして、生徒用…?)


持ち上げてみると、添えられていたのだろう紙がハラリと落ちた。


「なになに…
『その衣服だと目立つから、生徒用ローブを貸し出すから着てみてね。離れには君のサイズに合わせた服を届けさせるよ。
着替えたら、上の階の校長室に来てね』
…すごい、このミミズ文字読めちゃうよ」


書いてある内容はさておき、
俺はこのミミズが水を求めて暴れ回ったような文字を自動的に認識できてしまったことに驚きが隠せない。


異世界すげえ…


そこまで考えて、セシルさんの存在を思い出し慌てて着替えた。

ローブは意外にも簡単に着ることができた。
羽織ってお洒落な金の紐で蝶々結びして止めるだけだ。

これを世界共通にしてくれたら、コーディネートとか考えずに済むんだけどなあ…

手早く準備をし、手紙を見てから数分で部屋を出ることに成功した。

が、目に飛び込んできた光景に、その姿勢のまま固まってしまった。


「し、城…」


石造りの建物であることは知っていたが、内装までお伽話のような世界観だったのだ。

柔らかな赤のカーペットが敷かれ、
所々に芸術的な絵画や鎧が展示されている。

勿論あの彫像もだ。


もしかしたら、この彫像話せたりする…?
出来たら校長室の位置を知りたい。

どの展示物が魔法がかけられているのか分からないため、廊下全体に意識を向けながら話しかけた。



「校長室に呼ばれているのですが行き方を教えてくれますか?」


シーン…


(あっ、これミスったやつだ。
全部ただの美術品のパターンだ…!)


だ、誰も見てないよな…?
監視カメラとか…壁側に付いてたりしないよな?!

壁側に素早く視線を配ったが、そこには俺の倍ほどもある銀の毛を持つ狼の剥製が展示してあるのみだった。


(よ、良かった…とりあえずはカメラなさそう…)


あまりにも恥ずかしい失態に、コソコソと回れ右をしようとした。

その時、俺の目線の先の狼の剥製が顔をこちらに向け喋りだしたのだ。



「…おい、それは私に聞いているのか?」


(ヒィィィイ!!!シャベッタァァアア!!!)


銀狼はのそりと展示台から降りて、俺の傍に寄った。


「ふむ、魔力もないのに良く私が意志を持つと見抜いたな。
そなた、何か他の力があるのか?」


銀狼は何が気になるのか、フンフンと俺の首付近の匂いを嗅いでいる。

他の力…?気になるワードが飛び出たが、そんなことより、このデカい牙めっちゃ怖いんですけどおお

俺の手ぐらいはあるぞこれ…!

あまりの恐怖に意識を飛ばしかけていたため、会話も成立させることができなかった。



「答えぬか…まあいい。
私もお前の能力が気になる故、道案内を引き受けよう。ついてこい。」


「あ、ありがとう…(ございます…)」


あまりの事に語尾が発音できなかった。


恥ずかしい思いはしなくて済んだけど、何やら厄介そうなのに声をかけてしまった…。


「私はマーナガルムと呼ばれている。
あそこでは往来する魔族の監視をしているのだ。お前の名は?」

「カンザキです。」

「カンザキ…か。私のことはマーナガルムでもマーナでもなんとでも呼べ。

して、持たざる者よ。
如何にしてこの学院に入ったのだ?」


「(どうって…)入れたから入っただけ…です」



俺が吃りながら答えると、マーナガルムは鋭い目を見開いて、凶悪な笑みを浮かべた。



「…ッフハハ!そうか、そうか。
入れたから入った。フフ、門番の彼奴に聞かせてやりたいなあ!」


「(え、門番いたの?!もしやあの彫像…?!)むしろ迎え入れられた。」


「ブハハハハハハ!!!」



マーナガルムは笑い過ぎて息も絶え絶え、といった様子だ。

俺はというと、ちょっとこのウケ方に引いている。

人の倍ほどもある狼が両前足で顔を押さえながらヒーコラ言っているのだ。

いやに人間臭いその挙動は、この狼への評価を改めさせた。


(こいつも変人…変獣だ…)


「ハァ…いや笑った笑った。
ああ、すまない。ここが校長室だ。
中に…ふむ。複数の気配があるな。」


「(複数…?)誰だ?」


「セシルと、バール、それに…ダリアか。物騒な面子だな。どれ、私が脅してやろう。」


「ハッ?えっ、脅す?」


「初見で私の事を見抜いたのだ。
お前には何かある。
不利益を被りたくなければ、私に任せろ。」


(あ、ハイ…適当に話しかけたら当たっちゃったんですけど…黙っておこう)


マーナガルムのさっさと開けろという視線に負けて、俺の倍ほどもある扉を開いた。
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