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一課
しおりを挟む「青野…?お前なんでこんなところに」
一課時代の後輩である青野はランニングの最中だったのか、ランニングウェアを身に纏っていた。
(そういえば青野の日課だったな、ランニング)
青野は、俺を白王から剥がす際に掴んだ腰に触れたまま、敵意剥き出しの威嚇を浴びせた。
「今日非番なんです…それより、お兄さん。この人に何するつもりだったんですか?場合によっちゃ通報しますけど」
「そちらこそ、さっきから後を付けてきているのが丸見えだ。黒谷君のストーカーかなにかか?」
白王は煩わしそうに青野を睨みつける。
その視線は氷のように冷たく、俺だったら思わず距離を取りたくなるほどの物だった。
青野はたじろぐことなく、その視線に向かい合う。
「…気付いてたんですね」
「流石にあそこまでの熱視線を受ければ気付くだろう…黒谷君はどうも鈍いようだけどな」
「は?なんだよ青野。尾けるような真似しなくても、普通に声掛ければいいだろ」
「いやまあ、そうなんですけど…先輩、電話も繋がらないから、誘拐でもされているのかと」
「あ、電話な。それはすまねぇ」
不服そうに白王を見遣り、俺に悲しげな表情を向ける青野を見て懐かしさが過る。
刑事時代、配属してすぐの青野の教育を1年ほど任されていた。
右も左も分からない奴に一から捜査のイロハを教え込むため、四六時中を共にしたのだが…
まあそれは存外大変な事で、歴代の先輩方はこんな努力をしてくれていたのかと感動した程だ。
(青野は素直に俺の言うことも聞いたし、常に被害者目線で、心のある刑事だった)
その後独り立ちした青野は、別の同僚とタッグになり、俺は俺で先輩とコンビを組み直すことになった。
だが蓋を開けてみると現場が被ることも多かったため、青野は気付けば俺の後をついて回っていた。
(慣れすぎてて視線にも気が付かなかったか)
白王は俺を手招きすると、目線でこちらに来いと訴えかけてくる。
まあいつまでも青野にくっついているのも可笑しいからとその腕を抜け出ると、青野が少なからずショックを受けた顔をした。
…なんでだ。
「関係性なんて、見ればわかるだろう。少しの悪戯で出張ってしまうようなら、尾行なんて考えないことだ」
「先輩、なんなんですかこの人。どう見ても先輩のご友人ではないですよね」
「あ~、確かにそうだ。まあ、話せば長くなるが…今コイツに世話になってるんだ」
「…世話?」
訝しげな表情を隠さない青野に、俺は包み隠さず現状を伝えた。
勤め先が夜逃げしたこと、火事で全財産と住む家を失ったこと。
…そして、住み込みで探偵の助手をしていること。
「なんですかそれ…俺にも相談してくださいよ。家狭いですけど、暮らすのに不自由はしませんよ」
「そこまで世話になるわけにはいかねぇよ。まあこうして会えたんだ、またよろしく頼む。ほら、なんかあったらここに電話してくれ」
「先輩…」
俺が渡したパンフレットを握りしめて少し考え込むような仕草をする青野を、白王は埃を払うかのような動作で追い払う。
「そういうことだ。黒谷君、次の聞き込みに行こう」
「あぁ…またな、青野」
「っ、先輩、待って!」
焦ったような青野の声と共に、腕を引かれて元の位置に強制的に戻される。
驚く俺の手を取り、何かを握らせると真剣な顔で話を続けた。
「これ、持って行ってください…名義は俺になってますけど、予備機なんで電話は来ません」
「これって、スマートフォンか?正気か」
「先輩と連絡取れないと不安になるんですよ、俺が」
だからそれは先輩が持っていて下さい、そう畳み掛けられてしまうと、断りきれなかった。
「…分かったよ、前みたいに四六時中出られるとは限らねぇぞ」
「いいんです。繋がるんだったら、それで…すぐに電話しますから」
青野は何かを訴えるように俺と目を合わせ、チラリと首筋に視線を移す。
最後に何事かを白王に囁いたかと思うと、突然俺達の側を離れて走り出した。
今度はこちらを振り返ることも、遠目から窺うこともせず、自分のルーティンに戻ったようだ。
(心配性だな、青野は)
「…縛れると思うな、か。負け犬の遠吠えだな」
「あ?なんか言ったか」
「何も」
白王が何かを呟いたような気がしたが、話す気はないようだ。
人混みに向け歩き出す背中を負った。
(家が焼失してすぐに昔馴染みに会えたのは幸運だったな…まあ、1番先に会ったのはこの失礼な探偵なわけだが)
白王をチラリと見上げると、感情を失っているようでいて、幾つもの激流が混ざり合ったような表情をしている。
やはり行動に表れない他人の思惑など、予測は立てられたとしても、理解することは永劫無理だなと改めて思う。
(まあ、給料と福利厚生に見合った分は働いてやろうじゃねえか)
俺は広場で過ごす人々をザッと見回し、次の聞き込み対象に狙いを定めた。
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