所詮、狗。

はちのす

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見立て

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…体感5秒ほどだったろうか。


「…ッは、ゲホッ!」


突如解放され、出口を求めて彷徨っていた空気が濁流となり、思わず咳込む。


(コイツ、首を絞めた…?!)


潤み歪む視界で、一瞬のうちに白王からあの表情が消えたのを見た。


「ああ、すまない。君に首輪を付けていなかったと思ってね…即席でつけさせてもらった」


此処、とても綺麗に色がついた。

そんな頭のおかしな発言をしながら、指の腹で首を横一線に撫でる。


「は、首輪?…頭、ッゲホ、おかしいだろ!」


「で、どうだ。君は私の犯行に対して、どう対処出来た?防御行動は出来たか?」


「何を言って…」


「躾ついでに私の見立てを再現したんだ。その感想を聞いている」


見立て、とは白王が考えるこの事件の仮説という意味合いだろう。

彼の仮説では、このご遺体は自死により生まれたものではなく、他の人間の手により作り出されたってことだ。

それにしたって、何も告げず突然他人の首を絞める酔狂な奴が居てたまるかよ。


(コイツ、ちょっとは良い奴かもなんて思ってたが、とんだ勘違いだったな)


「…クソッ、最悪の気分だよ。あと2秒あればお前をぶん殴ってた」


「まあ、君にはそれが出来るだろうが…その写真の青年はどうだ?」


「…明日、青年の人となりを依頼者に聴けばいいんだろ」


「理解が早くて助かるよ。それで、この件、君の見立てはどうなんだ」


白王は首に這わせた手を退けながら、俺に問い掛けた。


「…この写真。ご遺体の倒れ方は、うつ伏せに近い。しかも、足元や膝周辺の植物が乱れてる。

後方から頸部に紐状のものが掛けられ、前に逃れようと試行して、そのまま膝をつくように倒れたんだろう」


「なるほど」


「木の下、枝に紐を通して首を括ったいうのが所轄の見解かもしれないが、写真を見る限り紐は下に落ちきってる。

ご遺体の重みで少しずつ落ちたと見ても良いだろうが、それにしては末梢の鬱血が少ねぇ気がする」


「…ということは君も私と同じく、他殺と考えている、そう理解していいんだね?」


「それも、親しい人間の犯行だな」


「ほう、その心は?」


「遺体発見時、目撃者は出てこなかった。だが、例えこの死角になる空間であっても、騒げばすぐに気が付く距離に広場がある。
なのに、誰一人としてその青年の悲鳴を聞いていない。

それも、今回自殺とした理由なんだろうが…ほら、ここを見てみろ」


「耳の後ろか、何だ?」


「防御創だ」


防御創は、他人の傷害から自身を守る防御行動に伴ってつく傷で、爪などの引っ掻き傷が発生する場合が多い。


「頸部周辺にはついていないが、一応、少しは抵抗はしたんだろう」


「随分と見えにくい位置にあるな、見逃すのも無理はない」


白王は目を細めて食い入るように写真を見る。

この類の案件はやっていない、と言っていたのは本当だな。

ご遺体を視る勘どころや知識がプロとは言えないレベルだ。


「親しい人間、そう断定したのはもう一つ理由がある。この防御創の少なさだ。

…加害者に対する抵抗意識が希薄に感じる」


「なるほど、加害者になら殺されてもいい、ということか」


白王は、いいね人間味がある、などと言っているが、そこに人間の愛憎を見出すかは、捜査する側の感性の問題だ。

俺はそういう結びつけ方は得意ではない。


(結局、自分で知覚したもの、それだけが信じられる)


ふと、視界の端に美しいラインをした横顔が映る。


……だからこそ、他人の首を簡単に締め上げる、この白王という男がまだ掴めない。

信頼に足るほど、こいつを知らない。


(…ただの雇い主、それだけならいいが)


無意識のうちに、首に手を触れていた。


「あらかた現場での調査は終えた。では、公園で聞き込みをしようか」


「…」


白王は何も答えない俺を不審に思ったのか、こちらを振り向く。


「どうした…あぁ、その首輪。とても似合っているよ」


「趣味悪りぃよ、アンタ」


気味の悪いことを言っている白王をさっさと追い抜いて、俺は現場周辺で人が溜まりそうな場所を探し始めた。

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