所詮、狗。

はちのす

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現場は、家族連れで賑わう大通りから一歩外れた、薄暗く湿気た場所だった。

木々は鬱蒼というほどではないが、陽が差しにくい程度に生えている。
さらに、周辺には路上電圧器が立ち並んでおり、辺りからは死角になっていた。


(確かに、ここなら人目につきにくい。現場としては相応しいが…)


普段ならば、直ぐにでも現場に張り付き隅々まで確認するところだが、今回に限っては気が進まない。

靴音を覆い隠すような、土の湿った感触が足の裏から伝わり、気持ち悪い。


(この区画だけ、暗さが一段と際立ってるな)


後ろで何やらゴソゴソとしている音が聞こえるが、俺は現場の持つ異様な空気に目が逸らせなくなっていた。


「…まさかとは思うがその目撃情報、その写真の青年が"出た"なんてことはないよな」


あまりに湿っぽい雰囲気に押されて訊ねると、白王は少し意外そうな声色で俺を諭した。


「…もし"見た"としたら、自分の眼を信じることだ。その方が刑事らしい」


「ふざけんな。俺が相手すんのは人間であって、幽霊じゃないんだ」


「もしや、黒谷君はその類が苦手なのか」


白王は愉快そうに目を細めると、俺をひたと見つめる。

注がれる視線に気付き振り向いた俺は、暗がりに輝くヘーゼルの美しい瞳に魅入られ、言葉を詰まらせた。


「…っ俺は!自分の眼で見て、手で触れたもの、言葉を交わしたものしか信じないってだけだ。話すら出来ない奴に配る気は持ち合わせてねぇよ」


そう溢すと、白王は何がおかしいのか控えめな声を上げて笑った。


「くっ…あぁ、すまない…くく、笑うつもりはないんだ」


「アンタ、言動が一致してねぇぞ」


(何なんだ、この白王って男は…表情が乏しい人間が声を上げて笑うと正直気味悪ぃな)


何はともあれ、現場に来ているんだ。
僅かでも手がかりは掴まなくては。


ここの現場に来る道中、白王に改めて渡された写真を見返していた。


写真は計10枚。
遠目から撮影されたものが2枚、ご遺体を接写撮影されたものが6枚、現場周辺を写したものが2枚ほどの内訳だった。

捜査資料としては不足しているが、一般的な探偵業としては…まあまあなラインなのか。


(それに、量より質。遺体の様子を細かに写した資料があるというだけで随分と違うな)


「なあ、この写真、当時はどういう所見がついたんだ」


「簡潔に言えば縊死。この写真の首のあたりを見てくれ」


接写された写真をまじまじと見ると、赤紫に近い紐状の痕が確認できる。

そして、血の気のひいたような色味の耳が写されていた。


索条痕さくじょうこんか。うっすらとチアノーゼも認められるが…って、俺は検死出来る立場じゃない。専門的な所見を聞きかせろよ」


「捜査にすら発展しなかった遺体の所見を、か」


「…という事は、特殊な痕跡は認められなかったのか」


「依頼者からは聞いていない。あるとしても、その写真から見出すしかないだろうな」


「そうかよ…はぁ」


思わず溜息が出てしまう。

話を聞くだけでは、なんてことない、どこにでもあるような話だ。

こんな状態で新たな発見をしろと言われても、砂漠から一粒の砂を探すようなものだ。


「だがやり甲斐は感じる、そうだろう?」


そんなことを宣い、白王は手に持った虫眼鏡を翳す。

チカリとガラスに反射した光に、目が眩む。

その手に嵌められた汚れの無い白のグローブが、白王の潔癖な性質を表す様に鈍く光を受けていた。


「なんだそれ、随分古典的な手法で探し物をするんだな」


「言っただろう、探偵業は生業ではなく趣味でやっている。趣味なら趣味らしく、形から入るものだ」


「はあ?それじゃあ、あれか。コナン・ドイルの……」


「ああ、シャーロック・ホームズ探偵、それをイメージしている」


ド真面目な顔をして言い切った白王の様子は、いっそ清々しい。

なるほど、それでスリーピースのスーツで調査をしているのか。

朝、俺にも制服じみたお洒落スーツを着せたのはそのために他ならないだろう。


(…依頼者はコイツに頼み事して不安にならないのか?)


「彼の捜査手法は、革命的手法を取り入れている。その象徴となるツールの一つが虫眼鏡だ。

その系譜を継ぎたいという意志を表すのに、これ以上適切なものはない」


「はいはい、そうですね…アンタの探偵に対する情熱は理解したよ。立派なもんだ」


俺は白王に背を向け、現場の木々を観察し始める。

警察の結論としては、この木に紐を通して自死したって感じだろう。

俺が調査を始めても尚、背後から声を掛けられた。


「対する君は何を頼みとして調査をする。その眼と耳、良く効く鼻は飾りではないだろう」



嫌味な発言を聞き咎めて渋々振り向くと、目と鼻の先に奴がいた。


「…主人に噛みついてばかりいる狗には、躾をしなくてはならないな」


(…しつけ?)


その言葉の意味を理解する前に、ネクタイを強く引かれる。

…それだけじゃない。
そのまま更に力を加えられ、ネクタイが無防備な首に食い込んだ。


「ッ、ぐ」


人肌の熱が身体の自由を奪い、耳元で低く心地よい声が響く。


「ほら、首への圧迫感を良く感じて…あぁ、すっかり狗らしくなったな」


細い布とはいえ、力が加われば首はしっかりと締まる。


(何…ッ?!)


突然の圧迫感に、無意識に喉仏が跳ね上がった。

瞬間的な出来事で、抵抗なんてもっての外だろう。

細くも強い力が俺を締め上げる間、愉悦に浸ったように目を光らせた白王を、俺は第三者的に見ていることしか出来なかった。

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