所詮、狗。

はちのす

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記憶

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「へえ、良い車に乗ってるな」 


駐車スペースに向かった俺たちを待ち受けていたのは、ツヤツヤに磨き上げられた白の高級車。

オフィスのミニマリスト的趣向からは到底想像もつかない代物だった。


「別に趣味ではないよ。運転のしやすさで選んでいる…さあ、助手席に乗ってくれ」


「…運転してくれるのか、どうも」



車内へと身体を滑り込ませると、その車固有の装飾以外の一切のものが存在していなかった。

僅かに、白王の部屋に漂っていた気品のある香水の香りが鼻を擽る。

運転手がついているような高級車に、内装はアレンジの一切ない空間は、白王のオフィスと完全に系統が一致していた。


「あ~、そういうこと」


品があるがシンプルな造りの運転席を確認すると、AI機能が搭載されており、自動で駐車や運転が可能なようだ。


(なるほど、こりゃ便利だわ)


「アンタ、もしかしなくてもかなりの合理主義だよな」


「そう言われる事もままある」


発言の通り本当に言われ慣れているのか、白王は表情ひとつ動かさずナビゲーションを設定していた。


「そういう性質の人間が探偵っていう無駄足の多い仕事をやってるとは驚きだな」


「……」


白王は俺の煽りには反応を示さず、無言のまま高級車を目的地へと発進させた。

車に乗ったのも久しぶりで、なんとなしに流れる景色を眺める。


「これから向かうのは遺体が発見された現場だ。ここから十数キロの森林公園の敷地内が発見場所になっている」


「現場?なんだ、聞き込みから始めるんじゃなかったのか。俺はまだ依頼者の顔すら拝んでないぞ」


(普通、探偵っていったら依頼者がスポンサーな訳で、第一に話を聞くものだろう)


聞いているのかいないのか、どこ吹く風で運転を続ける白王を軽く凝視する。

時折そよぐ前髪が、白い肌を撫でている。
涼やかな視線は前方に注がれており、こちらに向くことはなかった。


(クソッ、どの角度から見ても顔が良い…)


「現場になった森林公園は、カップル、家族連れに人気のスポットで連日混み合う。特に、土曜日昼から夕方にかけてはな」


「土曜日って、今日か…まあ聞き込みには丁度いいな。それが終わり次第、依頼者に話を聞くのか」


「その話だが、依頼者へのアポイントは明日取っている。今日は終日公園での調査だ」


「ふぅん…依頼者との面談は後回しって事か。だが現場って言っても、もう2年も前の話だろ?今更何を調査するんだ」


遺産やら何やらで保管されている場所でもなく、人通りもある。
2年前の証拠品が残存しているはずもない。


「先ほど、目撃情報がまだあると話しただろう」


(ああ、さっき執務室で話していた件か)


「そういえば言ってたな。珍しいよな、普通なら1ヶ月のうちに出ればいい方だ。2年間も人の記憶は持続しないだろ」


「元刑事は伊達じゃないな、その肌感は正しい。

人の記憶には幾つかの定説があるが、そのうち一般的に言われるのは短期記憶と長期記憶…もう一つ、感覚記憶がある」


「感覚記憶…」


その用語の意味が頭の隅で燻ったような気がするが、パッとは出てこない。


「社会心理学は採用試験の教養科目ではなかったか」


「そんな細かいこと覚えてねぇわ」


「まぁ、確かに細かい話だから学ばなくても不思議ではないか。感覚記憶は基本的には記憶として処理される前段階の"知覚したもの"…そのごく短い認知を指すんだ」


白王は話を一度区切ると、運転しながらも、チラリとこちらに視線を配った。


「そういったものを、至極真面目に必要な記憶として処理するのが君の良さだ」


(こいつの言う事は一々小難しいな。)


話半分で聞き流していると、白王はハンドルを大きく切るのと同時に声を一段潜めた。


「調査において、短期記憶や感覚記憶。そういったものは表出しないことが殆どで、特に情報としての期待は持てない…それが月日を経ると尚更だ」


「まあそうだろうな、で?何が言いたいんだ」


俺が答えを急かすと、丁度自動駐車に切り替えた白王は自身の目を指し示し、薄らと笑みを浮かべた。

俺はその笑みから、良いとは言えない感情を読み取った。


「今回も例に漏れず、発見当時の情報はないも同然だった。故に自死として処理されたんだ…私が言っているのは"ごく最近の目撃情報がある"という事実だよ」


「…は?」


一瞬、時が止まり、肝から身体全身の体温が抜け切った気がした。


(遺体になった青年の、最新の目撃情報だって?)


「その真相を君に探り当ててもらいたい。ここ数日で、唯一青年の目撃情報があったのはこの公園…つまりは現場だ」


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