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おまけ
完結後の実家にてカレンと影達とのやり取り
しおりを挟む「北の王とも和解ができたし、これで貴方達も肩の荷が下りるわね。」
侯爵家から舞い戻ったカレンは、久しぶりの実家を満喫していたある日、”影”の頭領である漆黒を呼びつけると、晴れやかな顔でそう言ってきたのだった。
最初、何を言われているのか判らなかった漆黒だが、その意味を理解すると、みるみる内に困惑した表情になっていった。
そんな漆黒の変化には気づかずにカレンは続ける。
「刺客達も、もう来ないでしょうから貴方達も、これからは好きな事をしていいのよ。」
本心からなのだろう、相変わらず裏の世界に生きる彼等にも優しい主人は、彼等の未来を想像して嬉しそうに提案してきた。
しかし漆黒は、そんなカレンに向かって緩やかに首を振ってきたのであった。
「それは出来ません。」
「え?」
己の提案に喜ぶと思っていたカレンは、長年護衛をしてくれた恩人の言葉に首を傾げた。
「ど、どうして?あ、貴方達を解雇するとか、そういうのじゃなくてよ。私はただ……」
「カレン様の仰りたい事は、よく理解しております。ですが……今は、まだダメなのです。」
「……何か理由があるのね?」
長い付き合いの”影”の言葉に何かを察し、それ以上言う事をやめ、彼の話に耳を傾けることにしたのだった。
察しの良い主人に、漆黒は安堵しながら言葉を続ける。
「はい。あれから北の国の刺客は殆ど見かけなくなったのですが、それ以外の者が来るようになりまして……。」
「どういうこと?」
漆黒の言葉に、カレンが驚きながら聞き返してきた。
主人の動揺する様子に、言おうか言うまいか悩んでいると、懇願するような視線を向けられてしまい溜息と共に白状したのだった。
「その……北の国とのやり取りが何処かからか漏れてしまったようで……。所在はわかりませんが、聖剣の存在を新たに知った者達が狙っているらしく……。」
「……よく、わかったわ……要するに、また狙われてるって事ね?」
そう言って溜息を吐くカレンに、漆黒は慌てて言い繕った。
「はい……ですが、国規模の刺客はいませんので、我らで十分事足りております。カレン様のお手を煩わせることはないかと。」
「そう……この事は、お父様は?」
「存じております。」
漆黒の言葉に暫し黙り込むカレン。
ややあってから、カレンは徐に疑問を零してきた。
「じゃあ、またお母様とお兄様は、領地に避難しなくちゃならないの?」
「いえ、先程も申しました通り、我らだけで簡単に追い払える程度ですので、その必要は無いかと……御当主様も、その必要はないと申されております。」
「そう、なら良かったわ……。」
やっと家族水入らずで過ごせるようになったのに、また離れ離れになるのかと心配になったカレンは、漆黒の言葉にホッと胸を撫で下ろしていた。
とはいえ、また刺客が来ていたとは……。
全く気付かなかったカレンは、正直驚いていた。
北の国の件が終わったと思っていたら、新たに刺客が来ていたなんて……。
どうしてこう、我が家は厄介事ばかり舞い込んでくるのだろうと、カレンは溜息を吐いた。
それもこれも聖剣のせいなのだが、心優しいカレンはその事実に気づくことはない。
すると、落ち込むカレンの元に、いつもはなかなか顔を出さない面子が声をかけてきた。
「お嬢、気を落とさないでください。」
「私達は、またお嬢様の護衛が出来て喜んでいるのですから。」
「あなたたち……。」
カレンが驚いて顔を上げると、そこには黒装束に身を包んだ漆黒の部下たちがいた。
彼等はみな同じ格好をしており、顔も黒い布で隠している。
辛うじて見える目元からは、カレンの事を案じている様子が窺えた。
「お前たち……。」
突然現れた部下達に、漆黒の冷たい視線が注がれる。
その視線に、部下たちがビクリと肩を震わせたのを見て、カレンは慌てて漆黒を止めてきた。
「いいのよ漆黒。みんな久しぶり、元気そうで何よりだわ。」
カレンが嬉しそうに顔を綻ばせると、漆黒を除いた影達はその場に跪いてきた。
「お嬢様も、お元気そうで何よりです。」
そう言って、揃って頭を下げてくる。
相変わらず礼儀正しい”影”達に、カレンはにこりと微笑む。
「ふふ、深紅、紫紺、白、伽羅、山吹、緑、蒼、みんなに会えて嬉しいわ。」
そして、顔の見えない影達の名を迷うことなく呼んできたのだった。
彼ら以外にも影達は、まだ沢山いる。
しかし、ここに現れた全員の名を寸分違わず言い当てた主人に、影達は気づかれないように息を飲んだ。
相変わらずこのお方は侮れないなと、影達は再確認したのであった。
本来、影達は世捨て人。
名などない為、漆黒率いる”影”達は、みな照合のような意味合いで名を付けられていた。
不思議な響きを持つ影達の名は、異国の言葉で色を意味する名なのだとか。
響きも良く、何しろ暗号のような言葉を気に入った先代が付けたのがきっかけで、今や全ての影達の名はこれになっている。
ここだけの話、名付けの基準は影達の髪の毛の色で決まるらしい。
その事を知ったカレンは、自国では発音の難しい異国の名を是非呼びたいという理由だけで、すぐ覚えてしまったのだった。
「だってそうすれば、顔が見れなくても誰かすぐわかるでしょう?”影”なんて呼ぶのは味気ないじゃない。」
と、聖剣に選ばれたばかりの幼いカレンが、そう言ったのは逸話の一つだった。
懐かしい記憶を思い出し、漆黒はふっと表情を和らげながらカレンを見た。
その時、相変わらず部下達に優しい微笑を向ける主人の元に、訪問客が来たと家令が伝えにやってきた。
その報告に主人は、たちまち落ち着きなくそわそわしだした。
「あら、またやって来たのね、困った人だわ。」
そう言ってはいるが、その声はどこか明るい。
ああまた、あの侯爵がやって来たのだなと漆黒は納得する。
「カレン様、私共は仕事に戻ります。賊の件は我々にお任せください。」
「え、ええ、よろしく頼むわね。」
「それでは。」
漆黒の言葉に、カレンは慌てた様子で返事をしてきた。
漆黒が一礼すると、次の瞬間”影”達は跡形も無くその場から居なくなったのであった。
いつもの配置に戻った”影”達は、そのままカレンの護衛に集中していた。
眼下では、カレンと侯爵が相変わらずの押し問答を繰り広げている。
もう暫くは、この遣り取りが続くのだろうと、漆黒は知らず笑みを零すのであった。
その日の夜――
闇夜を縫ってオーディンス家の屋根裏に性懲りも無く賊が侵入してきた。
”影”達は、家主たちを起こさない様に静かに賊の制圧に動き出す。
今回は複数の賊が同時に責めてきたため、少々難航していた。
一組目を倒し、あと一組の賊を倒すだけとなった頃、それは起こった――
ゴスッ!!
聞き慣れた鈍い音を響かせながら、屋敷の中から聖剣が飛び出してきたのであった。
器用に周りのものを破壊せず、賊だけを仕留める身のこなしは芸術とも呼べる。
相変わらずの華麗な先制攻撃に漆黒が魅入っていると、近くにいた部下が話しかけてきた。
「相変わらず、聖剣様は容赦ないですね……。」
部下の言葉に再度聖剣を見ると、うん確かに、と納得した。
賊は聖剣に腹を突かれ、まるでエビのように綺麗な九の字型になって宙を舞っていた。
しかもよく見ると、聖剣は回転を加えて柄の部分で抉る様に相手の腹にダメージを与えている。
「うわ~、あれマジで痛いヤツですわ。聖剣様、剣の癖に人体の痛い所を良く知り尽くしてますよね……。」
と、今度は様子を見に来た部下が、青褪めながら言ってきた。
ああ、確かに痛いなあれは。
漆黒は、何の感慨も無く淡々とそう思う。
「聖剣様は昔、人間を犠牲にして作られたと聞いたからな。もしかしたら、犠牲になった人間の記憶があるのかもしれんな。」
「はは、まさか……。」
漆黒の呟きに部下たちは、あり得ないと笑っていたが、聖剣を見ながら知らず、ごくりと喉を鳴らしていたのだった。
「とりあえず、これで賊は全て片付いたか?」
「はい。」
漆黒は、聖剣によってボコボコにされている残りの賊たちを横目で見ながら、しれっと部下達に確認を始める。
部下達も慣れているのか、平然とした様子で報告を始めていた。
「では、賊は縛り上げていつもの様に駐屯所へ連れて行け。」
「はっ。」
漆黒の言葉に数人の部下達が、賊を担いで夜の街へと消えていった。
ふと視線を戻すと、すぐ側に聖剣がいる事に気づいた。
漆黒は、驚くでもなく静かに振り返り聖剣を見てきた。
そして
「いつもご協力感謝いたします。」
そう言って聖剣に頭を下げてきたのであった。
実は聖剣は、昼間はカレンを護るために近寄ってきた不埒な輩をボコボコにしているが、夜は夜で漆黒たちの手伝いをしてくれていた。
しかも昼間では想像できないような慎重さで、寝ているオーディンス家の人間を起こさないよう動いているのだ。
繊細な配慮をする聖剣に、やはり人の時の記憶があるのではないかと推測している。
まあ、話すことが出来ないから真意はわからんが……。
しかし、時々こちらの言っている事が分かる様な素振を見せる聖剣に、自分の予想はあながち外れてはいないのではないかと漆黒は思っていた。
その証拠に……
聖剣は、漆黒の言葉に僅かに剣先を揺らして頷いたような動きを見せると、くるりと回転して屋敷の中へと戻っていったのだ。
もしかして、表と裏もあるのか!?
新たな発見に、漆黒の瞳が僅かに見開く。
まるで、人が踵を返すような動きに見える動作に、漆黒は胸中で呟きながら、聖剣の消えていった煙突を暫くの間、呆然と見つめていたのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
新たな刺客の話は、続編の予告ではございません(笑)
ただのコレクターや、盗賊、愉快犯の犯行ですので、漆黒たちや聖剣様が余裕で蹴散らしてくれますw
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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