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5.夜会でも婚約者様は婚約者様でした
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中庭に出ると、すっかり夜の帳が下りて辺りは暗くなっていました。
空には星が瞬きはじめ、足元の暗くなった庭園に降り立つと、数名の騎士達が見張りとして端の方に控えている姿が見えました。
わたくしは安全を確認すると、ゆったりとした足取りで中庭の奥へと進んで行きます。
すると、丁度庭園の死角の辺りに黒い塊が蹲っているのを見つけました。
わたくしは躊躇いなく、その塊に近づいていきます。
そして、何の警戒心も無く声を掛けました。
「何をしているのですか?ジークハルト様。」
「………。」
わたくしの問いかけに、黒い塊は一瞬ピクリと反応した後、頭を上げてこちらを見てきました。
月明かりに照らされて、紫銀色の頭が見えます。
わたくしは思った通りの人物の顔に、内心くすりと苦笑しました。
しかし、ジークハルト様は声を掛けてきたのが、わたくしだと分かると、また視線を元に戻してしまいました。
そこに、何か気になる物があるのでしょう、こうなっては梃子でも動かない事を熟知していたわたくしは、近くにあったベンチに座り彼の気が済むまで待つことにしたのでした。
「くしゅん。」
ジークハルト様を待ってから、既に半刻が過ぎた頃、わたくしは思わずくしゃみをしてしまいました。
あらやだ、お恥ずかしい……。
わたくしは赤くなる頬を隠すように、扇を広げてジークハルト様を窺います。
生憎、わたくしのくしゃみは聞こえていなかった様で、ジークハルト様はしゃがみ込んだまま動く気配はありませんでした。
わたくしが、ほっと胸を撫で下ろしていると、ふいに肩に重みが加わりました。
それはとても軽い感触でしたが、確かに何かが触れていることに気づき、己の肩を見てみると、何とそこにはいつの間に羽織ったのか、黒い布が体に巻き付いていたのです。
そしてよく見ると、黒い布だと思っていたのはローブでした。
わたくしは、はっとしてジークハルト様を見ると、彼が羽織っていた筈のローブが無くなっていることに気づきました。
その事を理解したわたくしは、思わず顔が赤くなってしまいました。
「あ、ありがとうございます。」
わたくしは、ローブをぎゅっと掴みながらジークハルト様に感謝の言葉を述べました。
しかし、ジークハルト様からは、もちろん返事はありません。
それでも、わたくしは落胆するどころか、嬉しさでつい顔がニヤケてしまうのでした。
ニヨニヨと一人幸せを噛み締めていると、突然ジークハルト様が立ち上がり、こちらに向かって歩いて来ました。
「?」
わたくしは、小首を傾げながらジークハルト様の様子を見守ります。
すると、ジークハルト様は徐にわたくしの頭に何かを乗せてきたのでした。
「これは?」
わたくしは、頭に手をやり乗せられた物が何であるのか感触を探りながら、ジークハルト様に訊ねます。
しかし、ジークハルト様は答える代わりに、くるりと踵を返すと、また先程居た場所にしゃがみ込んでしまいました。
わたくしは答えの得られなかった問いに、困惑していました。
仕方なく、頭に乗せられたものを手に取って見てみると、それは花で出来た冠でした。
ジークハルト様自らが作られたのでしょうか?それは、精巧な銀細工のように美しく編まれた花冠でした。
わたくしは、子供の頃屋敷の庭園で良く作っていた事を思い出し、懐かしさに微笑んでいると、ふっと脳裏に過ぎった既視感に、はっと目を見張りました。
「どこかで……。」
何かを思い出しそうになっていたのですが、脳裏に浮かんだのは一瞬で、すぐに霞のように消えて無くなってしまいました。
暫くその花冠を凝視していると、いつの間にかジークハルト様が目の前に立っておられました。
その事に気づき、わたくしは焦って顔を上げると、ジークハルト様が珍しく口を開いたのでした。
「この庭園には、やはり珍しい植物が沢山あるな……。」
何故か、わたくしの顔を見下ろしながら言ってきたのです。
そして、手に持っていた数種類の植物を魔法で何処かに転送していました。
きっと、研究所の自室へ送っているのでしょう。
その様子をぼんやりと見ていると、ジークハルト様は、ふらりと会場の方へ向かわれてしまいました。
わたくしは慌てて後を追います。
しかし、長いローブを引き摺りそうになり、上手く歩けません。
わたくしが歩き辛そうにモタモタしていると、先を進んでいたジークハルト様がパチンと指を鳴らしてきました。
その途端、ローブは忽然と消え、見るとジークハルト様の元へ戻っていました。
「帰る。」
驚くわたくしの耳に、ジークハルト様の低く心地の良い声が聞こえてきました。
そしてジークハルト様は、振り返りもせずにスタスタと歩いていってしまわれたのでした。
わたくしは、はっとしてジークハルト様の後を追います。
そして、会場に戻ったジークハルト様を待ち構えていた貴族達を彼は完全に無視し、来た時と同じように馬車に乗って帰路へ着いたのでした。
もちろん、帰りの馬車の中でも相変わらず会話はありませんでしたが、無言で外の様子を眺めるジークハルト様を見ながら、わたくしは疑問に思ったことを胸中で口にしていたのでした。
もしかして夜会に参加したのは、あの植物たちが目的だったのではないでしょうか?
空には星が瞬きはじめ、足元の暗くなった庭園に降り立つと、数名の騎士達が見張りとして端の方に控えている姿が見えました。
わたくしは安全を確認すると、ゆったりとした足取りで中庭の奥へと進んで行きます。
すると、丁度庭園の死角の辺りに黒い塊が蹲っているのを見つけました。
わたくしは躊躇いなく、その塊に近づいていきます。
そして、何の警戒心も無く声を掛けました。
「何をしているのですか?ジークハルト様。」
「………。」
わたくしの問いかけに、黒い塊は一瞬ピクリと反応した後、頭を上げてこちらを見てきました。
月明かりに照らされて、紫銀色の頭が見えます。
わたくしは思った通りの人物の顔に、内心くすりと苦笑しました。
しかし、ジークハルト様は声を掛けてきたのが、わたくしだと分かると、また視線を元に戻してしまいました。
そこに、何か気になる物があるのでしょう、こうなっては梃子でも動かない事を熟知していたわたくしは、近くにあったベンチに座り彼の気が済むまで待つことにしたのでした。
「くしゅん。」
ジークハルト様を待ってから、既に半刻が過ぎた頃、わたくしは思わずくしゃみをしてしまいました。
あらやだ、お恥ずかしい……。
わたくしは赤くなる頬を隠すように、扇を広げてジークハルト様を窺います。
生憎、わたくしのくしゃみは聞こえていなかった様で、ジークハルト様はしゃがみ込んだまま動く気配はありませんでした。
わたくしが、ほっと胸を撫で下ろしていると、ふいに肩に重みが加わりました。
それはとても軽い感触でしたが、確かに何かが触れていることに気づき、己の肩を見てみると、何とそこにはいつの間に羽織ったのか、黒い布が体に巻き付いていたのです。
そしてよく見ると、黒い布だと思っていたのはローブでした。
わたくしは、はっとしてジークハルト様を見ると、彼が羽織っていた筈のローブが無くなっていることに気づきました。
その事を理解したわたくしは、思わず顔が赤くなってしまいました。
「あ、ありがとうございます。」
わたくしは、ローブをぎゅっと掴みながらジークハルト様に感謝の言葉を述べました。
しかし、ジークハルト様からは、もちろん返事はありません。
それでも、わたくしは落胆するどころか、嬉しさでつい顔がニヤケてしまうのでした。
ニヨニヨと一人幸せを噛み締めていると、突然ジークハルト様が立ち上がり、こちらに向かって歩いて来ました。
「?」
わたくしは、小首を傾げながらジークハルト様の様子を見守ります。
すると、ジークハルト様は徐にわたくしの頭に何かを乗せてきたのでした。
「これは?」
わたくしは、頭に手をやり乗せられた物が何であるのか感触を探りながら、ジークハルト様に訊ねます。
しかし、ジークハルト様は答える代わりに、くるりと踵を返すと、また先程居た場所にしゃがみ込んでしまいました。
わたくしは答えの得られなかった問いに、困惑していました。
仕方なく、頭に乗せられたものを手に取って見てみると、それは花で出来た冠でした。
ジークハルト様自らが作られたのでしょうか?それは、精巧な銀細工のように美しく編まれた花冠でした。
わたくしは、子供の頃屋敷の庭園で良く作っていた事を思い出し、懐かしさに微笑んでいると、ふっと脳裏に過ぎった既視感に、はっと目を見張りました。
「どこかで……。」
何かを思い出しそうになっていたのですが、脳裏に浮かんだのは一瞬で、すぐに霞のように消えて無くなってしまいました。
暫くその花冠を凝視していると、いつの間にかジークハルト様が目の前に立っておられました。
その事に気づき、わたくしは焦って顔を上げると、ジークハルト様が珍しく口を開いたのでした。
「この庭園には、やはり珍しい植物が沢山あるな……。」
何故か、わたくしの顔を見下ろしながら言ってきたのです。
そして、手に持っていた数種類の植物を魔法で何処かに転送していました。
きっと、研究所の自室へ送っているのでしょう。
その様子をぼんやりと見ていると、ジークハルト様は、ふらりと会場の方へ向かわれてしまいました。
わたくしは慌てて後を追います。
しかし、長いローブを引き摺りそうになり、上手く歩けません。
わたくしが歩き辛そうにモタモタしていると、先を進んでいたジークハルト様がパチンと指を鳴らしてきました。
その途端、ローブは忽然と消え、見るとジークハルト様の元へ戻っていました。
「帰る。」
驚くわたくしの耳に、ジークハルト様の低く心地の良い声が聞こえてきました。
そしてジークハルト様は、振り返りもせずにスタスタと歩いていってしまわれたのでした。
わたくしは、はっとしてジークハルト様の後を追います。
そして、会場に戻ったジークハルト様を待ち構えていた貴族達を彼は完全に無視し、来た時と同じように馬車に乗って帰路へ着いたのでした。
もちろん、帰りの馬車の中でも相変わらず会話はありませんでしたが、無言で外の様子を眺めるジークハルト様を見ながら、わたくしは疑問に思ったことを胸中で口にしていたのでした。
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