上 下
9 / 9

第九話 雇われ獣人の葛藤(アッシュside)

しおりを挟む
彼女を初めて見た時、全身に衝撃が走った。

「初めまして、サリーナといいます。」

小さな体を小鹿のように震えさせ、こちらを不安そうな顔で見上げる彼女から視線が外せなかった。
緊張から、つい素っ気ない態度を取ってしまった。
しかも、クエストに行った先でも、あまりの衝撃に自分の方がミスをしないかと、そればかりが気になってしまい、彼女と会話すらまともに出来やしなかった。
しかも、大分冷たい態度を取っていた自信がある。
後から気づいて、もっと優しくできなかったのかと頭を抱えたくらいだ。
そして、彼女とのクエストもようやく終わり帰ろうとした所、なんと彼女から食事に誘われたのだった。
しかし放心状態だった俺は、彼女の誘いを断ってしまったのだった。

過去に戻れるのなら、あの時の俺を殴ってやりたい。
そして失敗に気づき項垂れながら家に帰ったアッシュは、誰もいないリビングで盛大な溜息を吐いたのだった。

「まさか番が、あんなにも凄いものだったなんて……。」

アッシュはそう呟きながら昔、成人し家を出る時に親父から言われた言葉を思い出していた。

「お前も、ようやく独り立ちか……。だが気を抜くなよ、番を見つけてこそ一人前なのだからな。」

あの時言われた言葉の意味が、ようやく理解できた。
番なんていう一生に一度現れるかどうかわからないものに、何をそんなに躍起になっているんだと、あの当時は正直バカにしていた。
たかだか結婚相手が見つかる位だろうと、高を括っていたのだ。
それなのに……

「番の吸引力、やべぇ。」

アッシュは、搾り出すような声で呟いたのであった。
見た瞬間、ビビっと電流が走り、それからは彼女の事ばかり気になってしまって仕方が無かった。
常に側に居ないと不安になり、危険に晒された時なんかはもう……

今すぐにでも、誰にも見つからない場所に閉じ込めてしまいたくなる衝動にかられて大変だった。

アッシュとしては、そんな事はしたくはない……したくはないが、本能がそうしろと命令してくるのだ。
囲ってお前のものにしてしまえ、と悪魔の声が直ぐ近くで囁いているような感覚に見舞われ、その衝動と葛藤で大変だった。

「そんな事できねぇし、したくもない……。」

アッシュは己の中で燻る本能に向かって、吐き捨てるように呟いたのであった。






次の日、何とか平静を装ってギルドに向かうと、幸運なことに彼女の姿は無かった。
アッシュは若干落胆しつつ、ギルドの奥にある控室に入ると、そこには受付嬢達が居た。
彼女たちは日課の掃除をしていたらしく、いつもの軽快な挨拶をしてきた。
アッシュはそれに軽く手を上げて応えると、所定の位置に腰掛ける。
すると受付嬢達は、何やらこちらを見ながらヒソヒソと内緒話をしていたのであった。
女はああいうの好きだよな、と無視を決め込んでいると受付嬢達が声をかけてきた。

「あの~、アッシュさん。」

「……なんだ?」

アッシュは受付嬢の言葉に、わざと眠そうな声で返した。
しかし次の瞬間、受付嬢から発せられた言葉に目を剥くのであった。

「もしかして……番、見つかりました?」

思わず受付嬢達を見ると、彼女たちは「やっぱり♪」と目を輝かせながら、興奮気味に騒ぎ出したのだった。

「きゃ~合ってたわよ、どうする?」

「うっそ、マジ!?」

「やっぱり、相手はサリーナさんですか?」

きゃっきゃっ、とはしゃぐ受付嬢達からド直球な質問をされ、アッシュは思わず咽てしまったのであった。

「ああ~、大丈夫ですか~?」

「あらあら♪でも、番が見つかって良かったですね~♪」

「なっ、ちがっ!」

「うふふふ~照れなくていいんですよ~もう♪」

アッシュは違うと否定したかったが、三人の受付嬢達のマシンガントークにアッシュの声が掻き消されてしまう。
あわあわしているうちに、受付嬢達は言いたい事を言って気が済んだのか、「頑張ってくださいね~♪」と言いながら部屋を出て行ってしまったのであった。
後に残されたアッシュは、まだ誰も居ない部屋の中で真っ赤な顔で口を開けたまま佇んでいたのであった。







こーなったら、あの受付嬢達にも協力させてやる!

受付嬢達の面白がる姿に、とうとう堪え切れなくなったアッシュは開き直ったのだった。
早速、受付嬢達を捕まえると協定を結ばせたのであった。

「いいか、サリーナがサポートを受ける際はバディは俺にしろ。」

「え、でもぉ……。」

「俺に番ができて嬉しいんだろ?応援するんだろ?」

渋る受付嬢達に、アッシュがそう言って凄むと、彼女たちは渋々引き受けたのであった。
そしてアッシュの命令通り、サリーナのバディはアッシュが受け持つようになった。
しかもそれとなく、他のバディたちにも相談という名の釘を刺しておいたお陰で、誰も無理に彼女のバディになろうというものは居なかった。
それよりも、応援してくれる者まで居て非常に助かったのであった。



そんなこんなで、外堀から埋め始めたアッシュは、サリーナと親しくなるために、血の滲む様な努力をしたのであった。
まず最初に指摘されたのは、言葉遣いと素っ気ない態度であった。

『それでは、幾ら顔が良くても女性に嫌われてしまう』

と、先輩や同僚たちからアドバイスを受け、彼女の前で極力優しい態度と言葉遣いを心掛けた。
そのお陰で半年もすると、彼女から警戒されるような事が無くなり、今では信頼の眼差しを向けて貰えるようになった。
これには、思わずガッツポーズをしてしまった。
無邪気に笑う彼女に何度癒された事か。
お陰で、身の内に燻る本能に抗うのも苦では無かった。
相変わらず、押し倒してしまいたくなる衝動はあったが、彼女の笑顔を見れるだけで我慢できる。

しかしそんな折、何故か彼女がパーティーを探し始めたのだった。
その事に気づいた時、「何故?」と頭の中がパニックになった。
しかしアッシュは直ぐに我に返ると「それが彼女に必要な事ならば見守ってやらねば」と、思う事にした。
そんな考えができたのも、彼女からの信頼を得られて余裕があったお陰だった。
しかし……

そんなアッシュの思いも虚しく、サリーナにパーティーの相手が決まりそうになると、気が付くと彼女の背後で威嚇している己がいたのだった。

何度も自己嫌悪に陥りながら辞めようと努力してみるのだが、それでも無意識の内にやってしまうのでどうする事も出来なかった。
受付嬢達にジト目で見られながら、アッシュは己の決心の弱さに項垂れるのであった。







そして、そんな事をしている内に事件は起きた。
何故か、知り合いの獣人が彼女に喧嘩を売ってきたのである。
騒然とするギルドの中で、彼女が攻められている姿を見て頭に血が昇ってしまった。
気がついたら、彼女を庇うように前に出て女獣人に威嚇していたのだった。
俺の怒りに恐れを成して怯んだ女獣人は、何か言っていたが俺が真面目に答えていると、何故か大声を上げて立ち去ってしまったのだった。
そんな女獣人を冷めた目で見た後、彼女に怪我はなかったかと心配していると、彼女がお礼を言ってきてくれたのであった。
その言葉に、彼女を守れて良かったと嬉しくなる。
そして彼女は、その時を境に一層クエストに精を出すようになり、俺はそんな彼女をできる限り応援したのであった。







そして、彼女と出会ってから早2年。
とうとう彼女は銀等級を手に入れたのであった。
そして嬉しい事に、彼女からクエストの同行の誘いが来た俺は、このクエストが終わった後、彼女に告白することを決心したのであった。

しかし――

「まさか、あそこで別れを切り出されるとは思わなかった……。」

アッシュは当時の事を思い出しながら、しみじみと呟いていたのであった。
その横では、当時の彼の話を聞いていたサリーナが、神妙な顔で俯いている姿があった。

「ま、まさか、そんな風に思ってくれてたなんて知らなくて……その……」

「ん?」

「そ、その……すみません。」

小さく縮こまるサリーナが、これまた小さな声で謝罪の言葉を伝えると、アッシュは目を丸くして彼女を見てきた。
そして、すぐに優しい眼差しで彼女を見る。

「別に、怒ってないさ。俺もあの時は、すまなかった。」

「え?」

アッシュの言葉に、サリーナはキョトンとする。

「いや……その、なんだ……あの時はいきなり押し倒したりしたし……それに、それ以上の事も……。」

意味が分からないと見上げてくるサリーナに、アッシュは恥ずかしそうに言い淀む。
しかし、アッシュの言葉を聞いていたサリーナも彼の言いたい事に気づいたのか、同じように頬を染めると首を横に振ってきたのだった。

「わ、私も怒っていません。そ、その……私もアッシュさんのこと好きでしたから……。」

「ほ、ほんとうか!?」

思わぬ彼女の告白に、アッシュはがばりと身を起こす。

「きゃっ。」

「ああ、すまない!」

その途端、アッシュの膝の上に座っていたサリーナが落ちそうになってしまい、アッシュは慌てて彼女を抱き抱えたのだった。

「だ、大丈夫です。」

「そうか。でも、もう自分だけの体じゃないから気を付けないとな。」

「は、はい……。」

アッシュの言葉に、サリーナは恥ずかしそうに頷く。
そんな彼女を、アッシュは大事そうに抱え直すと少しだけ膨らんできたお腹を擦ってきたのであった。

「早く会いたいな。」

「ええ。」

アッシュの言葉にサリーナも頷く。



「……あの二人、ここがギルドだって気づいてるんですかねぇ?」

「う~ん、二人の世界に入ってるから、見えてないんじゃない?」

その横では、ギルドのカウンターで暇を持て余していた受付嬢達が、過保護すぎるアッシュを見ながら、ヒソヒソと話していたのであった。



あの後、ようやくギルドへと戻ってきたアッシュとサリーナはパーティーを組んだ。
しかも、結婚までしてしまったのである。
結婚については、アッシュは元々そのつもりだったようだ。
そんなアッシュに受付嬢達は、どうやって口説き落したのかと、しつこく聞いてきたのであった。

「まさか、家まで用意していたなんて思わなかったけどね~。」

「そお?アッシュさんってば、それとなくサリーナさんから好みを聞いてたわよ?」

「それ本当!?」

「本当に、不器用何だか器用なんだか分からない人よね~。

「ほんとほんとw。」

受付嬢達は、イチャイチャする新婚夫婦を遠巻きに眺めながら呆れたように肩を竦めたのであった。
まあ何はともあれ、元々惹かれ合っていた二人の事に最初から気づいていた受付嬢達は、そんな二人がいつくっ付くのかとヤキモキしていたのだが、二人が一緒になるという報告を聞いて、「ようやく落ち着く所へ落ち着いたか」とホッと胸を撫で下ろしたのであった。

そして、そんなサリーナとアッシュは今ではギルドでは有名な、おしどり夫婦として仲睦まじく暮らしたのであったとさ。



おわり



---------------------------------------------------------------------------------------

やっと終わりました!
アッシュsideいかがでしたでしょうか?
番の色気に対する彼の葛藤やら努力やらが読者の皆様に伝わったのか不安ですが……(汗)
とりあえず二人は、ずっとイチャイチャラブラブ夫婦で、後にお子ちゃまたくさん生まれて幸せに暮らす事になります(笑)
それでは、最後までお読み頂きありがとうございました!
しおりを挟む
感想 6

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(6件)

セライア(seraia)
ネタバレ含む
麻竹
2021.08.24 麻竹

感想ありがとうございます。

冒頭の遣り取りに繋げるため、ヒロインの心理描写は極力少なくしておりました。サリーナが先に告白しちゃうと成り立たないので(笑)まあ後は、作者の力不足です^^;

最後までお読み頂きありがとうございました。

解除
るりまま
2021.08.20 るりまま

面白くて一気読みをしました❤️

麻竹
2021.08.20 麻竹

感想ありがとうございます。

面白いと言って頂いて恐縮です^^

読んで頂きありがとうございました!

解除
セライア(seraia)
ネタバレ含む
麻竹
2021.08.16 麻竹

感想ありがとうございます。

それを聞いて安心しました^^; ヒーローsideは近日中に掲載する予定です。もうしばらくお待ちくださいませ^^

お読み頂きありがとうございました。

解除

あなたにおすすめの小説

絶対零度の王子さま(アルファポリス版)

みきかなた
恋愛
「お前は友達なんかじゃねーよ。」 高校の卒業式、人生最大の勇気を振り絞り告白したのに、待っていたのは彼の冷たい一言でした。 ビビりでチキンな山城七海と、『絶対零度』とあだ名される藤原一佳(いちか)の、高校二年生から社会人まで、まったりのんびりジレジレのラブコメディです。 ムーンライトノベルズからの転載です。

【完結】辺境の白百合と帝国の黒鷲

もわゆぬ
恋愛
美しく可憐な白百合は、 強く凛々しい帝国の黒鷲に恋をする。 黒鷲を強く望んだ白百合は、運良く黒鷲と夫婦となる。 白百合(男)と黒鷲(女)の男女逆転?の恋模様。 これは、そんな二人が本当の夫婦になる迄のお話し。 ※小説家になろう、ノベルアップ+様にも投稿しています。

彼が選んだ結末は

かわもり かぐら(旧:かぐら)
恋愛
地球から見て宇宙の果てにある、魔法が存在する惑星。 そこでは様々な神が存在し、各々の神を主神と崇める国がいくつも存在していた。 山岳の神である俺もそのうちの一柱。 …その同じ神の仲間で、今回やらかした神がいる。 お陰様で俺の相棒兼女房役の治水の女神は大層お怒りだ。 彼女がわざわざ地球から招聘した、聖女を引き受けてくれた稀有な女性を守るために遣わした治水の眷属である白蛇の彼も。 無論、巻き込まれた俺も怒っている。 だが今は白蛇くんの感情の揺れが面白いので、やらかした神のことは正直どうでもいい。 さて彼が選ぶのはどちらだろうか? *********** ※ 思いついた場面から書き始めたので設定ガバガバ ※ 視点がコロコロ変わります

【完結】『私に譲って?』と言っていたら、幸せになりましたわ。{『私に譲って?』…の姉が主人公です。}

まりぃべる
恋愛
『私に譲って?』 そう私は、いつも妹に言うの。だって、私は病弱なんだもの。 活発な妹を見ていると苛つくのよ。 そう言っていたら、私、いろいろあったけれど、幸せになりましたわ。 ☆★ 『私に譲って?』そう言うお姉様はそれで幸せなのかしら?譲って差し上げてたら、私は幸せになったので良いですけれど!の作品で出てきた姉がおもな主人公です。 作品のカラーが上の作品と全く違うので、別作品にしました。 多分これだけでも話は分かると思います。 有難い事に読者様のご要望が思いがけずありましたので、短いですが書いてみました。急いで書き上げたので、上手く書けているかどうか…。 期待は…多分裏切ってしまって申し訳ないですけれど。 全7話です。出来てますので随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

愛の重めな黒騎士様に猛愛されて今日も幸せです~追放令嬢はあたたかな檻の中~

二階堂まや
恋愛
令嬢オフェリアはラティスラの第二王子ユリウスと恋仲にあったが、悪事を告発された後婚約破棄を言い渡される。 国外追放となった彼女は、監視のためリアードの王太子サルヴァドールに嫁ぐこととなる。予想に反して、結婚後の生活は幸せなものであった。 そしてある日の昼下がり、サルヴァドールに''昼寝''に誘われ、オフェリアは寝室に向かう。激しく愛された後に彼女は眠りに落ちるが、サルヴァドールは密かにオフェリアに対して、狂おしい程の想いを募らせていた。

大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる

月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。 小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。

女嫌いな騎士団長が味わう、苦くて甘い恋の上書き

待鳥園子
恋愛
「では、言い出したお前が犠牲になれ」 「嫌ですぅ!」 惚れ薬の効果上書きで、女嫌いな騎士団長が一時的に好きになる対象になる事になったローラ。 薬の効果が切れるまで一ヶ月だし、すぐだろうと思っていたけれど、久しぶりに会ったルドルフ団長の様子がどうやらおかしいようで!? ※来栖もよりーぬ先生に「30ぐらいの女性苦手なヒーロー」と誕生日プレゼントリクエストされたので書きました。

ただの政略結婚だと思っていたのにわんこ系騎士から溺愛――いや、可及的速やかに挿れて頂きたいのだが!!

藤原ライラ
恋愛
 生粋の文官家系の生まれのフランツィスカは、王命で武官家系のレオンハルトと結婚させられることになる。生まれも育ちも違う彼と分かり合うことなどそもそも諦めていたフランツィスカだったが、次第に彼の率直さに惹かれていく。  けれど、初夜で彼が泣き出してしまい――。    ツンデレ才女×わんこ騎士の、政略結婚からはじまる恋のお話。  ☆ムーンライトノベルズにも掲載しています☆

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。