虹色の未来を

わだすう

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18,婚約者

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「私は考古学や生物学に精通しておりますので、博学でいらっしゃるティリアス様とはお話が合うと思います」
「…」
「今、私が最も興味深く思っておりますのは…」

 次に応接間にやってきたのは秘書を連れた、頭の切れそうな年上の女性。何やら蓮には理解出来ない専門的な話をし始める。だが、やはり別人であることには気づかない様子だ。


「ではまた、ゆっくりと高尚なお話が出来るのを楽しみにしております」

 彼女は深々と頭を下げ、応接間を出ていった。

「…インテリババア」
「レン様、よくわかりませんが悪口ですよね?!」

 また暴言を吐く蓮をライカがいさめる。

「さぁな」

 と、蓮はため息をついた。

 その後、さらにふたりの候補者と面会した蓮は、王がこの中から婚約者を決めなければならないのかと思うと、気が滅入ってくる。
 彼女らは国が選んだだけあって家柄はもちろん、容姿や学歴、素養も高水準で王妃に相応しいのだろう。けれど、彼女らはいわば最高の玉の輿に乗ることに必死で、夫となる王のことをきちんと見ているのだろうか。国民の前でのような威厳ある神々しい彼だけでなく、人見知りで泣き虫で繊細な彼を愛してくれるのだろうか。
 王の立場上仕方ないのかもしれないが、結婚相手とは自然に出会い、惹かれ合い、結ばれて欲しかったと思ってしまう。

 続いて、最後の候補者だという女性が応接間に入ってきた。

「失礼いたします」

 執事を連れた、王や蓮と同年代であろう令嬢。長い紺色の髪をハーフアップにまとめ、白いロングスカートを少し上げて挨拶する姿は嫌味のない上品さにあふれている。

「…」

 彼女は王に扮した蓮を目にした途端、ピタッと動きを止める。

「あ、あの…質問よろしいですか?」

 向かいに座ることなく、蓮の斜め後ろに立つライカに聞く。

「はい、何でしょう」
「今日はティリアス様とお会いするとお話を聞いて来たのですが…そちらの方はティリアス様ではありませんよね」
「!」

 気づいた。

 蓮とライカは驚いて彼女を見つめ、彼女の脇にいる執事は何を言い出すのかと青ざめている。

「何故なのですか?」

 彼女が更に聞き、蓮はライカを見上げ、ライカはうなずく。

「よく、わかったな」

 蓮は言いながら、金髪のカツラをスルリと外す。金のコンタクトレンズも外し、ライカに手渡す。この国では珍しい生来の黒髪と黒い瞳の姿になり、彼女も少し驚いたようだが、執事の方が腰を抜かさんばかりに驚愕する。

「ええ、わかります。ティリアス様はこれから一生、添い遂げるかもしれないお方ですもの。それに、お顔は似ていらっしゃいますが、あのお優しい雰囲気が感じられなかったものですから」

 と、彼女は微笑む。

「申し訳ございません、サクラ様。おっしゃる通り、こちらは国王陛下ではなく、陛下の特別な護衛をなさっておられる方です。虚偽のお知らせをした上、試すような真似をしたことをお詫び申し上げます」

 彼女…サクラに、ライカは片膝をついて頭を下げる。別人だと気づかれたら、正直に明かして謝罪すると決まっていた。

「まぁ、そうなのですね。お顔を上げてください。お考えがあってのことなのでしょう?」

 下手すれば侮辱にあたるような行為なのに、サクラは怒りもせず理解を示す。

「…」

 蓮は彼女なら、国を治める者としての王をしっかりと支え、同時に愛してくれるのではないかと思う。少し安心し、もう役目は終わりだなと立ち上がった。

「あ、お待ちください」
「?」

 彼女は応接間を出ようとする蓮を引き止める。

「あなたはきっと、命をかけてティリアス様を守ってくださっているのですよね。私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」

 と、うやうやしく頭を下げる。

「ふふ、まだ婚約者ではないのに気が早過ぎますね」

 照れ笑いするサクラは年相応なかわいらしさで。

「んなことねーよ」

 と、蓮もにっと笑った。









 その日の夜。王と蓮は夕食を共にした後、天蓋付きの大きなベッドの上でくつろいでいた。

「今日はごめんね、レン。あんな古いしきたり、やらなくていいって言ったのに…」

 寝転がる蓮の脇に座り、王は申し訳なさそうに謝る。王と身代わり護衛を見分けられるか試験は、代々婚約者を決める際の必須条件なのだ。

「毎回やってんのかよ」
「うん。本当、彼女たちに失礼だよね…」

 蓮があきれて言い、王はますますうつむく。

「ま、気にすんな」
「うん…」

 トントンと背を叩かれ、少し罪悪感が薄れて顔を上げた。

「で、決めてんのか」
「えっ?」
「誰と婚約するか」
「あ、え、えっと…っあの…っ」

 王は顔を真っ赤にしてうろたえる。

「当ててやろーか。サクラだろ」
「…っっ!!」

 蓮にニヤっと笑われ、図星だったらしい王は湯気が出るかと思うほど更に顔を赤くする。

「いいんじゃね、アイツで。すぐ俺をお前じゃねーって気づいたし」

 今日面会した5人のうち、蓮に気づいたのはサクラひとりだけ。それを除いても、あの中から選ぶのなら相応しいのは彼女しかいないと蓮は思っていた。

「…レンは」
「?」

 王の声色が沈み、どうしたのかと見上げる。

「レンはいいの?僕が婚約しても…」
「あ?いいも、何も…」
「婚約して、結婚するってことは、その…っ子どもも、出来るってことで…っ」
「…」

 何を言いたいのか。ほほを赤く染めたまましぼり出すように話す王を見て、蓮は顔をしかめる。

「でも、僕は前から…するのはレンがいいって、ずっと思ってて…!」
「ちょ、ちょ待て…っ」

 マズい。話が違う方向にいっている。それは以前、自慰を教えた後にも訴えていたこと。王がはっきりと言ってしまう前に止めようと身体を起こすが

「彼女とするなら、その前に僕はレンとしたい!」
「ティル…っま、んん…っ?!」

 王は蓮が起き上がる前に言い切り、その唇で唇をふさいだ。今までの、家族にするようなたわむれのキスではない、欲を煽るような深いキス。絡まる熱い舌に、蓮は気持ち良さで頭がぼおっとしてくる。王とのキスはスキンシップのひとつで、こんな気分になることはなかったのに。

「…はぁっ」

 唇が離れ、ガクンとベッド上に倒れ込む。

「お願い、レン」
「!」

 王の両眼が蓮を捕らえる。光り輝く金色の瞳。蓮は動けなくなり、美しいそれを呆然と見つめる。王が唯一コントロール出来る金眼の力、『権力』。命じられたら、逆らえない。

「大好きだよ…」

 王はささやきながら、蓮の服のすそから素肌に手を滑らせ、スウェットの上から股に触れる。

「あ…っ?!」

 他人の裸体を見るのも苦手な彼は、自分から人の肌に触るなど初めてだろう。緊張で顔は強ばり、手も震えてぎこちない動きなのに、蓮の身体は驚くほど感じて跳ね上がる。

「レン…大好き」
「ん、ぁ…っ」

 気持ちいい。胸元をまさぐる手のひらも、モノに触れる手も、ささやく声すらも。

『金眼保有者との性交は狂うほど快感』

 保有者最強の力を持つ王との性交ともなれば、本当に狂ってしまうかもしれない。そんなこともどうでもよくなるくらい気持ちよくて、蓮はこのまま王に身を任せてしまおうかと思う。でも

 ダメだ。

 グッと歯を食いしばり、全身に力を込める。

「レン…?」

 様子の変わった蓮に気づき、王は手を止める。

「やめろ、ティル」
「!」

 蓮の威圧的な声。初めて向けられたそれに驚き、ビクッとして手を離す。何故拒まれたのかわからない。動揺し、金眼の輝きがおさまっていく。

「お前、俺を何だと思ってんだ」
「え…?」
「先に俺とヤれば、サクラを抱けるってか。ふざけんな。お前、俺もアイツもバカにしてんのか」
「ち、違う…っ!そんなつもりじゃ…!」

 蓮は起き上がると焦る王の肩をトンっと押しのけ、ベッドから下りる。

「レン…っ待って…!」
「俺はお前の練習台じゃねー」

 引き止めようとする王を、ギロリと黒い瞳でにらむ。

「…っ!」

 泣きそうな表情になる王からふいっと目を反らし、寝室を出る。

「ひと晩、頭冷やせ」

 そして、振り向きもせずに言い捨てた。王は蓮が出ていった扉をただ、見ているしかなかった。










 蓮は顔を伏せ、薄暗い廊下をトボトボと歩いていた。
 なんて、ひどいことを言ってしまったのか。王はわからないだけなのに。恋愛経験も何もなく、いきなり婚約して結婚して後継ぎをのこせと迫られたら、焦るし、不安に決まっている。王はその不安をどうにかしたかったのだろう。きっと助けを求めていたのだ。金眼の力を使ってでも。
 けれど、王と自分は絶対にその一線を越えてはいけない。王は友達なのだ。ずっと友達でいると約束したのだ。それを守るには、口汚く拒絶するしか方法がわからなかった。



「レン」

 その時、ちょうど仕事終わりらしいシオンが蓮に気づき、声をかけてくる。

「シ…オン…」
「今夜は陛下とお過ごしになられるのではなかったのですか」

 シオンの姿を見て声を聞いたとたん、蓮は抑えていた感情が決壊した。顔をゆがめ、ポロポロと大粒の涙がほほを流れる。

「う、ぅー…っ」
「レン…?」

 シオンはさすがに驚き、嗚咽する蓮を見つめた。
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