黄金色の君へ

わだすう

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「蓮は命に別状はないとのことだ。異常なほどの自己治癒力があると、医師が驚いていたよ。君たちの血気を入れたんだね?覚えていてくれたのか、シオン君」

 実は長椅子に深く座り、向かいに座るシオンとクラウドに話す。
 『金眼』の驚異的な治癒力はもちろん知っており、普通なら死に至っていたであろう怪我を負って無事だったのは彼らの血のおかげだとすぐに感づいた。

「君たちの国のためになればとあの術を君に教えたのだが、まさか自分の息子を救うことになるとはな」

 と、自嘲気味に笑む。

「ミノル様」

 シオンは立ち上がり、また床に片膝をついた。

「我々が護衛としてお側にいながら、あなたの大切なご子息に大きな怪我を負わせた上、あなたのお手をわずらわせてしまいました。本当に申し訳ありません」
「申し訳、ありません…っ」

 頭を下げるシオンに続き、クラウドも膝をついて頭を下げる。

「いや、いいんだ。顔を上げなさい」

 実は首を横に振る。蓮の怪我のいきさつは移動中に大体聞いていた。

「私は安心したんだよ。蓮が役目を受け入れたんだ。あの役目は私の代で途切れてしまうと思っていたからな…私のせいで」
「…」

 申し訳なさげに言う実を見上げ、シオンは1年前に聞いた蓮との一件を思い出す。

「レン様は我が国のため、本当に尽力してくださいました。感謝してもしきれません」
「はは…そんなにほめられたようなことはしていないだろう。あの性格だからな」

 君たちを困らせているだろうと、実はまた苦笑いする。

「いいえ。ミノル様、あなたのご指導とご意志はしっかりとレン様に受け継がれております」

 シオンが微笑み、たとえお世辞でも3年前の行為が許されたように思えて。

「…そうか」

 目を伏せ、うなずいた。


「さぁ、君たちも治療を受けるといい。この病院は私の職場の管理下だから、何の心配もない」

 ここは警察庁管轄の病院。素性のわからない異世界の住人でも、警察トップに近い実の口添えがあれば、問題なく治療が受けられる。

「ありがとうございます。ですが、それは出来ません」
「やはり真面目だな、君たちは。まぁ、だからこそあの国との関係が続いているのだろうが…。だが、そんな傷だらけのままではいさせられないし、君たちの姿はここでは非常に目立つ。とりあえずうちに来なさい」
「いいえ、これ以上ミノル様のお手をわずらわせる訳にはいきません。ここでレン様をお待ちします」
「蓮の手術はもうすぐ終わるだろうが、面会出来るのは明日になるとのことだ。ここにいても意味はない。明日の朝また来ればよいだろう」
「…はい」
「ありがとうございます!お世話になります!」

 シオンは説得に不本意ながらもうなずき、クラウドは勢いよく頭を下げた。







 城野家の広い邸宅をクラウドは探索するでもなく、ふらふらと歩き回っていた。メンバル王国で負った傷は看護師資格を持つ蓮の母親、梓(アズサ)に手当てしてもらい、服は実のものを借りている。布団の敷かれた客間にいたが、眠ることもじっとしていることも出来なかった。
 2階に上がり、その中のひと部屋が目につく。ドアを開けると、水色を基調とした、ベッドと勉強机だけのシンプルな部屋。蓮の部屋だと気づき、中に入る。両手のひらを見つめ、数時間前まで抱いていた蓮の重さを思い出す。止めどなく流れる血と失せていくぬくもり。とてつもなく怖かった。自分の腕の中の愛する者が目を開けず、声も発しない。狂ってしまうくらい、泣き叫びたかった。震える手をごまかすようにぎゅっと握り、ベッドに座る。

「レン…」

 きれいに敷かれた掛け布団を、代わりのように抱き締めた。

「お部屋のものを勝手に乱してはなりませんよ」
「?!」

 気配もなく突然聴こえた声に驚き、びくっと飛び上がる。実のジャージをきつそうに着るシオンが部屋の入り口に立っていた。

「け、気配消してくるなよ!」

 クラウドは顔を真っ赤にして掛け布団を敷き直す。

「懐かしいですね」
「え?」
「1年前ですか。レン様はその上で嫌がりながらも快楽には逆らえず、とても扇情的なあえぎ声を」
「止めろぉおーっ!!何を話し出すんだお前は?!」

 蓮のシオンとの初体験を真剣に聞きそうになったクラウドは、単なる思い出話だと思っているらしい同志をあわてて止めた。

「…これで、良かったんだよな?」

 ひと呼吸おき、この世界に来た選択の是非を問う。

「はい。この世界の医療技術の高さと…レン様の生命力を信じましょう」

 と、シオンは微笑む。命を救うため、クラウドが蓮を運ぶことだけに必死になり、泣き叫びたくなる恐怖に耐えられたのはこの同志の的確な判断に頼れたから。

「ああ」

 素直に感謝は出来ないが、クラウドも笑み、うなずいた。









 翌朝。シオンは病院にいた。個室で広々とした病室の白いベッド上に横たわる蓮の脇に座り、眠る彼の顔をただ見つめる。麻酔が効いているため、まだ目覚めないとのことだがそばにいたかった。

 ここに来るまで自分が考え得る最善の策を選び、判断し、決行してきた。いや、違う。蓮の監禁場所を突き止められたのは、蓮が凌辱に耐えたから。血気を操る術を施せたのは相手が蓮だったから。そして、暴走しかけた王子を止めたのも蓮だ。
 彼に出会って1年。他人の助けなど必要ないと思っていたのは自分で、そうではないと教えてくれたのが蓮だったのではないか。それに気づいた時、自分の判断力など何の力もないと思った。
 早く、その大きな黒い瞳を開き、柔らかな唇で言葉を紡いで欲しい。もう何が正しいのか見分けることも出来ない自分に、これで良いと思わせて欲しいのだ。

「レン…」

 名を呼んだところで返事はない。シオンはぎゅっと目を閉じ、顔を伏せた。

「あ?何」
「?!」

 聴こえた返事に驚き、ガバッと顔を上げる。かすれているが、いつもと変わらぬ口調。ベッド上の蓮がこちらを向き、大きな黒い瞳で見つめていた。

「れ、レン…っ目が覚め…!あ、お医者様にご連絡を…っ!」

 シオンはがたんと椅子を倒して立ち上がり、部屋を出ようとしてナースコールなるものがあるのを思い出して戻ってくる。

「は…っ何してんだ?らしくねーな…」

 いつも冷静なシオンが慌てる様に、蓮はふっと笑む。

「いっ…痛ぇー…どこだ、ここ…」

 動こうとしても動けず、点滴のつながる腕と身体中の痛みにうめく。薬物に対して耐性があるため、医師の診断より早く麻酔が切れてしまったらしい。

「あ…レンの世界にある病院です。ミノル様に手配していただきました」
「ふーん…」

 少し冷静になったシオンが倒した椅子を直しながら答えるが、蓮は理解したのか、する気がないのか、素っ気なく周りを見回す。

「なぁ、のど渇いた」
「お医者様の許可がないと、何も口にしてはいけないそうですよ」
「あ?んだよ、ソレ…」
「では、代わりに」

 シオンは身を乗り出すと、ふてくされる蓮に覆い被さるように唇を重ねた。乾いた唇を潤すように舐め、舌を差し入れる。血気を入れた時は感じる余裕などなかった、柔らかで甘美な唇をじっくりと味わう。

「ん…」

 蓮は起きたばかりで抵抗する気もなく、されるがままキスに応えていた。




「おーい、シオン。お前の服も買ってきた…って?!」

 と、クラウドは病室の引き戸を開け、ベッド上の光景に驚愕して固まる。その手には服屋の袋。こちらの世界で過ごす間に着る衣類を蓮の母親、梓と一緒に購入してきたのだ。

「すみません、アズサさんっ!!」

 背後にいる梓に謝り、ばんっと引き戸を閉める。

「ナニしているんだお前はぁあっ?!!」

 ずかずかとシオンに近寄り、胸ぐらをつかみ上げる。

「キス、ですが」
「ごまかしもしないのかよ?!」

 しれっと答えられ、更に怒鳴る。

「何考えているんだ?!眠っているからって、何してもいい訳じゃ」
「るせーな…」

 下から聴こえた、聞き覚えのある文句にはっとする。愛しい、早く見たかった大きな黒い瞳が迷惑そうに見上げていた。

「…れ、レンーっ?!お前、いつ、起きて…っ?!」
「さっき」

 驚くクラウドに、蓮はシンプルに答える。

「あ…そ、そうか…っよか、良かった…レン…っ」

 クラウドは顔をゆがめ、震える手で蓮のほほに触れるとのしかかるように抱き締めた。

「い…っ痛ぇって」
「ん、ごめんな…っごめん…」

 蓮が身体の痛みにもがくが、謝りながら抱く力を込めてしまう。

「…」

 ついに泣かせてしまった。蓮は肩に感じる嗚咽と冷たさにそう思い、ため息をつく。

 病室から閉め出されてしまった梓はもれ聴こえた声で蓮の意識が戻ったことに気づき、担当医師を呼びに行っていた。









 一方、昨晩のウェア王国。王子は先ほどのことなど嘘だったかのように、自室のベッドで穏やかに眠っていた。手には蓮のチョーカーを握りしめて。

 隣の護衛待機室にいるノームとライカもようやく一息ついていた。王室護衛になって初めて味わった、人生最大の恐怖だった。

「お茶、淹れようか」

 ライカが立ち上がる。

「ありがとう。でも、その前に知りたいことがあるんだよね」
「…何故、王子をあそこから出してはいけなかったのか?」

 蓮のことを知らせてはならない理由は嫌と言うほど理解したが、あのまま王子を止めずに行かせてしまったら何が起こったのか。ふたりともそれはわからなかった。

「ウォータ大臣なら知っているかも。行く?」

 ノームの誘いに、ライカはうなずいた。
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