黄金色の君へ

わだすう

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43,救世主

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 これでライカが『処女をもらってください!』とシオンに迫ったら面白いと思いながら、蓮は階段を下りていた。シオンを困らせたいのと、彼女を経験なしと決めつけているあたり、やはり性格が悪い。

 自室のある5階に着いた時、階下の4階が妙に騒がしいことに気づいた。普段なら夜勤の護衛を除き、大多数の護衛たちは自室で休んでいる時間帯のはずだ。4階に下りてみると、普段着の護衛たちがバタバタと走り回っている。皆、困惑したり、慌てたりしている様子で何があったのかと思う。

「おい、何騒いでんだ?」

 蓮は目の前を通ろうとした護衛たちに声をかける。

「はい!お疲れさまです、レン様!!」
「何でしょう、レン様っ!」

 反射的なのだろう、ふたりの護衛は蓮の前でさっと片膝をつき、頭を下げる。

「…何で騒いでんのか聞いてんだけど」
「は、はいっ!失礼しました!」

 あきれてもう一度聞く蓮に、焦って顔を上げる。

「実は…っ」
「あ?」

 護衛たちの話に、蓮は顔をしかめた。






 夜間に使用されることはほとんどない闘技場にこうこうと明かりがつき、激しい打撃音と悲鳴と叫び声が響いていた。

「何考えてんだ、アイツ…」

 数人の護衛たちとやって来た蓮は、闘技場内の様を見てつぶやく。

「おらぁっ!!」
「うあっ?!」
「次!早くかかって来い!!」

 闘技場の真ん中で数人の護衛たちに囲まれ、飛びかかってくる護衛を一撃で吹っ飛ばし、次の相手を要求するのは王室護衛ナンバー2、赤髪のクラウドである。

「わかりませんが…イライラしているのは確かです」

 と、蓮の隣にいる護衛は青ざめる。どうやらクラウドはシオンの自室を出た後、たまりにたまった怒りをぶつけるため、勤務を終えた後輩護衛たちをつかまえて無理やり戦闘訓練に付き合わせているらしい。パワハラにも程がある。

「どうする?行くか?」
「俺、ぶっ飛ばされるの嫌だよ…」

 蓮と闘技場をのぞく護衛たちは同志を助けたい気持ちはあるが、クラウドに挑むのは避けたくて迷う。戦闘訓練というより、ただぶん殴られるだけという地獄絵図に加わりたくないのだ。

「お前ら、帰れ」

 蓮は護衛たちに言うと、闘技場に入っていく。

「俺がやる」
「ええ…っ?!」
「れ、レン様…っ!」

 驚き、不安げに見てくる護衛たちにかまわず、覇気がだだ漏れのクラウドに歩み寄った。

「あ…レン様!」
「レン様…っ!」

 現れた救世主の姿に、疲れ果てた護衛たちは助かったと泣きそうになって次々と片膝をつく。

「クラウド」
「…レン」

 蓮に名を呼ばれ、クラウドは胸ぐらをつかみ上げていた護衛から手を離す。

「俺が相手じゃ不満か」

 驚いた表情になった彼に、蓮はにっと笑う。

「とんでもない。身に余る光栄デス、レン様」

 クラウドも笑むと、わざとらしく言って片膝をついた。

 愛する者を傷つけた元凶を突き止めたいのに、自分は蚊帳の外にされていると気づいた。気に障る同志は蓮のためなら同志さえも亡き者に出来るという、異常とも言える想いを持っていた。戦闘の実力で敵わなくとも、蓮への想いだけは自分の方が勝っていたかった。どうしようも出来ない、蓮を傷つけた者への怒りとシオンへの劣等感。こうして後輩に当たることしか、そのぶつけ方がわからなかった。

「手加減しないぞ」
「ああ」

 クラウドが構え、蓮も真剣な表情になって構える。護衛たちはクラウドと蓮の手合わせを見れるとなっては帰る訳にはいかず、息を飲んでふたりを見守っていた。

「おらぁっ!!」

 先に仕掛けたのはクラウド。正拳突きを蓮はギリギリで避ける。次の攻撃がくる前にしゃがみ、クラウドの軸足に足払いをくらわせた。

「く…っ」

 床に片手をつき、かろうじて体勢を戻したクラウドの顔めがけて拳を突き出す。クラウドは当たる寸前でその拳を手のひらで受け止め、ギリッと握る。

「強くなったな、レン…っ」
「…っどーも」

 ギリギリと握る力を入れながら笑い、蓮もその力に抵抗しながら笑む。戦闘の力量はクラウドの方がだいぶ格上だが、蓮は自分の世界での実戦経験や護衛たちとの訓練を積み、手合わせくらいなら対等に出来るようになっていた。ふたりは一度離れて間をとると、またやってやり返されの打撃の攻防を始める。

「すごい…!」
「レン様、あのクラウドさんに負けてないぞ」

 ギャラリーの護衛は自分たちとレベルの違うふたりの手合わせに、ただ感嘆する。




 休みない攻防は30分以上におよび、さすがにふたりとも疲れが見えてくる。

「く…?!」

 クラウドの拳に押し負け、蓮はこらえきれずに足元がぐらつく。

「おらぁっっ!!」
「ぅあ…っ?!」

 隙ありとばかりにがっと前から頭をつかまれ、床に背を叩きつけられる。

「う、ぐ…」

 うまく受け身を取れず、頭は打たなかったが背を強打してうめく。

「はぁ…っはぁっ!ま、参ったか…っ」

 クラウドはつかんでいた蓮の頭を、肩で息をしながらくしゃくしゃとなでる。

「ふ、はぁ…っお前、だって…バテてんじゃねーか…」

 がくんと膝をついてしまったクラウドに、蓮も寝たまま大きく息を乱して言い返す。

「へ…っ、続きは、ベッドの上だ、な…」

 クラウドは笑い、蓮の汗の伝うほほをなでる。

「は…バーカ」
「好きだ、レン…」

 あきれて笑う蓮にささやき、キスをすると覆い被さった。

「…おい、重い」

 蓮はそのまま動かなくなったクラウドに訴えるが

「…すー…」
「マジか」

 静かな寝息が聴こえ、がく然とする。ギャラリーの護衛たちが気づいて助けに来るまで、蓮は眠ってしまったクラウドの下敷きになっていた。










 翌朝。

「ぅおおいっ!!レン!!」

 朝食をとる者たちでにぎわう食堂に、必死の形相のクラウドが叫びながら走り込んでくる。端のテーブルで朝食を食べる蓮の周りにいた数人の護衛たちは、彼の登場で蜘蛛の子を散らすように離れたテーブルに座り直す。

「お前なぁ!昨日みたいな時は一緒に寝て一緒に起きるのが王道だろがっ!!」
「何の話してんだ」

 テーブルの向かいに来て詰め寄るクラウドに蓮は動じず、玉子焼きを口に入れる。昨夜、蓮の上で眠ってしまった彼は護衛たちによって自室に放り込まれていた。朝になって自室の床で目覚め、そばにいたはずの蓮を探し回って今に至っている。

「メシ食わねーの」
「食うよ!おい、お前!適当に持って来い!!」

 クラウドは蓮の隣にまわって座ると、近くに座っていた護衛に命令する。

「昨日、何でイラついてたか知らねーけど、発散出来たか」
「え?あ、ああ…」

 蓮に聞かれ、クラウドは昨夜自分が何故怒っていたのかを思い出す。今まですっかり忘れていた。首と手首の青アザがまだ目立つ、横で水を飲む蓮がその原因だったのに。

「パワハラもほどほどにしろよ」
「…ああ」

 おそらく彼は自分が原因だと思いもせずに手合わせに付き合い、それを解消させてくれたのだ。クラウドは今さら気づいた自分が情けなくて、蓮に感謝してもしきれなくて、言葉が出ない。

「…!」

 ふと、蓮の前の皿を見れば空になっているが、席を立つ様子はない。食べ終わるまで待っているつもりなのか。たまらない嬉しさと愛しさが込み上げてくる。

「本当にかわいいな、お前は」
「あ?キモい」

 にへっと笑いかけられ、蓮は顔をしかめる。

「お待たせしましたっ」
「おう、ありがとう」

 大急ぎで朝食を運んできた護衛に、クラウドは笑顔で礼を言う。その場にいた護衛たちは普段の気さくなクラウドに戻ったことに安堵し、同時にますます蓮への尊敬の念が大きくなっていた。











 数日後。ウェア城のエントランスホールには着飾った外国からの来賓が集まり、いっそう華やかな場となっていた。彼らは飲み物を手に和やかに談笑しているが、みな意識は奥にある大きな扉に注がれていた。その扉の向こうは謁見の間。そこに鎮座する者に会うため、扉が開くのを今か今かと待っているのだ。

 今日より、ついにウェア王国の王位継承式が始まった。6日間に渡って行われ、今日から2日間はお祝いに訪れる約80ヵ国の来賓と王子の面会と、披露宴が予定されている。

 予定時間となり、謁見の間の扉がゆっくりと開く。来賓たちの目はその中へ一斉に向き、思わず感嘆の声がもれる。エントランスホールよりも広くきらびやかな謁見の間に真っ直ぐに敷かれた、金刺繍のされた青いカーペットの先。豪華なシャンデリアや美しいステンドグラスもかすんでしまうほど神々しい輝きを放つ、ついにウェア王となるティリアス王子が鎮座していた。我先にと謁見の間に飛び込んで行きたいところだが、そこはさすがにみな一国を治める王や首長ら権威ある者で平静を装う。面会の順番はあらかじめ決まっており、それに従ってティリアス王子との面会が開始された。

 と、思っているのは来賓だけである。

 一番目の面会者となったある国の首長は従者を数名連れ、緊張気味に青いカーペットを進む。カーペットの両脇には白いコートの国務大臣たちが並び、その後方には黒コートの王室護衛たちが立っている。台座の中央、金の立派な椅子に座る少年王の前に着くと、彼の輝く金髪とかわいらしい顔立ち、そして何より美しい金色の瞳に見つめられ自然と膝まづいてしまう。彼の両脇には黒コート姿の王室護衛、シオンとクラウドが面会者を見定めるように立っている。

「ティ…ティリアス様…っこの度はご即位、おめでとうございます…!」

 首長は緊張で声を震わせ、祝いの言葉を述べる。

「その、お手を取らせて頂いて、よろしいでしょうか…っ」

 ティリアス王子がゆっくりとうなずき、彼は心底安堵した表情になって手元に進み出る。差し出された手を両手で握り、頬擦りしそうなほど顔を寄せてなでる。

「ありがとうございました…っ!!」

 そして、満足げに頭を下げ、青いカーペットに沿って戻っていった。
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