黄金色の君へ

わだすう

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40,誤解

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 ノームは闘技場前に複数人の気配を感じ、足を止めた。

「チッ…こんな時間に来る人いるんだね」

 舌打ちし、ぼやく。もう夜勤に入るような時間だが、護衛が闘技場を利用しに来たのか。

「まだあきらめてませんからね、レン様」

 ノームは捨て台詞を残し、休憩室の窓を開けてそこから外へ出て行った。





 ノームが去り、蓮とカンパはひとまず安堵する。

「…重い」
「おあっ?!」

 蓮がぼそっと訴え、カンパはほぼ全裸の蓮の上に乗っていることにはっとする。

「も、も、申し訳ありません!!」

 あわてて蓮から離れ、土下座した。

「コレ、外せるか」

 蓮はよろよろと上半身を起こすと、カンパに背を向ける。とりあえずこの手錠を外さないと何も出来ない。

「は、はいっ!」

 カンパはさっと膝をつき、蓮の腕を後ろ手に締める手錠に手をかける。
 その時、休憩室のドアが開いた。

「おい、誰かいるの、か…っ?!!」

 明かりがもれていることに気づき、確認に来た黒コート姿の護衛は目の前の光景に驚愕する。

「ふぇ?」
「あ?」

 カンパと蓮は間抜けな声を出して彼を見上げる。

「何をしているんだお前ぇえーっ?!」
「せ、先輩…っちょ、待ってくだ…ぐぇっ?!」

 カンパは訳も話せず、腕をつかまれて頭を床に押し付けられる。

「何だ?どうしたんだ?」

 もうひとりの護衛が騒がしい休憩室をのぞきこむ。

「こいつがレン様をっ!!」
「ちが、違いますっ!誤解、誤解です!!」
「この状況でどう誤解するんだ?!お前はいつか何かやるとは思っていたがっ!」
「うぐぐ…っ」

 確かにこの場面だけ見れば、カンパが裸にむいた蓮を縛り上げ、ことに及ぼうとしていたとしか思えない。更にギリギリと腕を締め上げられ、頭を押さえられてしまう。

「レン様!ご無事ですか?!失礼します!」

 もうひとりの護衛は黒コートを蓮に羽織らせ、カンパから遠ざけようと抱き上げる。

「…」

 何でもいいから手錠を外してくれないかと、蓮はぼんやり思った。








「本当にすまなかった、カンパ」
「いえ、わかっていただいて良かったです」

 医務室。ベッドに寝るカンパに先輩護衛は申し訳なさそうに謝る。蓮が話したことで誤解は解け、まさか許さんとも言えないのでカンパは苦笑いするしかない。

「いたた…」

 痛む脇腹を押さえる。彼自身も蓮を守ることに必死で気づいていなかったが、ノームからの攻撃で肋骨にヒビが入ってしまっていたのだ。先ほど医師に治療を受け、それでも話をするだけで痛い。

「でも、お前ではないなら、誰の仕業だろうな?」
「…」

 首をかしげる護衛から、カンパは目を反らす。ノームのことは言うなと蓮から命じられ、以前と同じようにわからないということにしていた。

「失礼します」

 医務室のドアを開け、もうひとりの先輩護衛と蓮が入ってくる。身体を洗いたいという蓮に付き添い、浴場へ行っていたのだ。

「レン様、こちらへ。先生、お願いします」

 彼はタオルを頭にかぶったままの蓮を、医師の前へ促す。

「ヘーキだって」
「ダメです!首も腕もアザだらけではないですか!」

 仏頂面で嫌がる蓮を半ば強引に椅子に座らせた。

「カンパ、疑って悪かったな。大丈夫か?」

 蓮が治療を受けている間に、彼もカンパの寝るベッドのそばに来て謝る。

「まぁ…はい」
「シオンさんには報告したか?」

 カンパに付き添っていた護衛が聞く。

「ああ。クラウドさんにはどうする?」
「報告すると、俺たちが怒られそうだよなー…」
「ああ…」

 クラウドの性格を良く知る彼らは天を仰いで悩んだ。


「なぁ」

 治療を終え、首と手首に包帯を巻かれた蓮が彼らに声をかける。

「はい!」
「何でしょう、レン様!」

 ふたりはばっと片膝をついて頭を下げる。

「お前ら、もう行け」
「は…っ?しかし、あなたを襲った者が不明な今、おそばを離れることは出来ません!」
「しばらくヘーキだろ」
「え?どういうことですか?」

 蓮の言う意味がわからず、彼らは蓮を見上げる。

「仕事中なんだろ」

 と、蓮はかぶっていたタオルを手渡す。彼らが闘技場に来たのは見回りの一環だったのだ。

「そうですが…っ」
「ずっとついてこられんの、うぜーし」
「?!」

 蓮の本音に彼らはショックを受ける。

「これからシオンのとこ行くから、いいだろ」

 護衛長の名が出ては引かない訳にはいかない。ふたりは顔を見合わせ、うなずく。

「わかりました、レン様」
「何かあれば、すぐお呼びください」

 まだ少しの心配を残しつつ、頭を下げて医務室を出て行った。

「アンタ、口固いか?」

 蓮は護衛たちを見送ると、医師に聞く。

「レン様がおっしゃるなら、何も言いませんよ」

 医師がうなずくと、蓮は医務室のドアを開けた。

「入れよ」
「よく、わかりましたね」

 医務室前の柱の陰から、ノームが姿を見せる。護衛たちを医務室から強引に出したのは、彼の気配に気づいたからだ。

「足、痛ぇんだろ。診てもらえ」

 と、アゴで医師を指す。ノームが休憩室を出る時、右足を引きずっていたのを蓮は見ていた。

「それもわかってましたか。思ったより頑丈な人で、やられてしまいました」

 ノームははにかみながら医務室に入り、ベッド上のカンパに目をやる。

「っ?!の、ノーム!レン様に近づくな…っい、いつつ…!!」

 カンパはノームを見るなり、起き上がろうとして肋骨の痛みにうめいてうずくまる。

「寝てろよ、バカ」
「うう…っ」

 蓮に呆れられ、泣きながらベッドに倒れこんだ。





「捻挫ですね。しばらく安静にしてください」
「はい、ありがとうございました」

 医師に痛めた右足を治療してもらい、ノームは丁寧に頭を下げた。

「レン様」
「あ?」

 そして、壁に寄りかかって見ていた蓮を振り返り、立ち上がる。

「何で人払いをしてまで私を治療させてくれたんですか?」
「別に」

 右足を引きずりながら近づくノームに、蓮はそのまま動かず素っ気なく言う。

「~っ!!」
「ふ…心配しないで。何もしないよ」

 蓮が心配でたまらずギリギリと歯ぎしりをするカンパに気づき、ノームはくすりと笑う。

「今回こそ、謹慎処分の覚悟くらいしてたんですよ?」

 同志に怪我をさせ、自分も負傷してしまった。蓮が訴えなくても、ごまかすのは難しいと思っていた。

「謹慎してーのか」
「もちろん、嫌ですよ」
「お前もバカだな」
「え?」
「お前、王子付きの護衛だろ。いねーと困んだよ。さっさと足治せ」

 継承式期間の護衛の欠員などもっての他。そんなこともわからないのかと、蓮はノームをにらむように見上げる。

「ふは…っ、本当に面白い人ですね」

 自分の身より、王子の心配をしているのか。ノームは吹き出して笑うと、蓮のほほにそっと手を伸ばし、優しく触れる。

「犯すより…あなたともっと話をしたくなりました。継承式が終わったら、その機会が欲しいですね」
「あ、そ」

 興味なさげな蓮に、また笑う。

「ではまた、レン…」
「!」

 唇にちゅっと軽くキスをされ、蓮は驚く。そんな蓮を見ていつものはにかんだ表情になり、ノームは医務室を後にした。何だアイツと思いながら、蓮はカンパの寝るベッドに歩み寄る。

「レン様…っ」
「大人しくしてろよ、バカ」

 と、泣きそうな彼を叱咤する。

「う…っ申し訳、ありません…っ」
「お前、何であそこに来たんだ」
「え?あ…忘れ物を取りに行って…また忘れてきました」

 カンパは思い出してガックリする。

「マジ、バカだな」
「はは…はい」

 蓮の何度目かの悪口に、泣きながら苦笑う。

「けど、助かった。悪かったな、カンパ」

 と、蓮はにっと笑った。

「は…っ?」
「寝てろよ」
「は…い」

 カンパはかろうじて返事をし、医務室を出ていく蓮の背を見送る。つい昨日まで、いくらアピールしても殴られるだけ(それも嬉しいが)だった蓮と普通に会話し、名を呼ばれ、笑顔を向けられた。夢のような出来事が連続で起こり、理解が追いつかなくて頭の中は真っ白になる。

「レン、様…っ」

 鼻血を一筋垂らし、静かに気絶した。








「レン!」

 足早に医務室に向かっていたシオンは廊下の向こうに蓮の姿が見え、名を呼ぶ。蓮の件は報告を受けていたが、仕事を抜けられず、つい先ほど勤務を終えたばかりだった。蓮がいつもと変わらない様子で歩いているのがわかり、安堵する。

「これから医務室にうかがおうと思っていたのです。お怪我は…っ」

 腰を屈めて顔に手を伸ばそうとすると、蓮の額が肩に当たり、そのまま身を預けてくる。

「レン…?」

 どうしたのかとその肩を抱き、顔をのぞきこむ。

「眠い…運べ」

 蓮は目を閉じ、今にも眠りそうな声でシオンに命令する。

「…はい、承知しました」

 シオンはふっと口角を上げ、蓮を宝物のように抱き上げた。










「やはり護衛をつけましょうか、レン」

 翌朝。シオンの自室で一晩過ごした蓮は、お茶を淹れる彼に提案される。数分でも蓮ひとりの時間があると危険だと、シオンは思った。蓮はノームの負傷と医務室での件は、面倒になりそうなので話していない。

「いらねーって。うぜーよ」

 と、蓮はベッドから起き上がる。護衛はただでさえ大変な勤務なのに、加えて不必要な仕事をさせたくない。

「私たちは喜んであなたを護衛いたしますよ」
「知ってる」

 くあっとあくびをし、上着を羽織る。昨日、カンパもふたりの護衛たちも必死に蓮を守ってくれた。シオンに言われても素直に受け入れられなかったが、それを直に感じて、彼らに頼ってもいいと思えた。もちろん、王子も自分の身も自分で守ることが前提で、それが出来ない時は助けを呼んでいいのだ。そう思えただけで、蓮の気負っていた気持ちはずいぶん楽になった。

「だから、いらねーよ」
「…そうですか」

 シオンは蓮の穏やかな表情を見て、無理強いはしないことにした。
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