白銀色の中で

わだすう

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25,眠らない

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「ああっ!あん、あぁーっ!!」
「…」

 深夜。女の甲高い声で蓮は目が覚めた。

「どうした、レン。腕が痛むか」

 電気スタンドの淡い灯りの中、ベッドの脇に座るヨイチは蓮が起きたことに気づき、そっとほほに触れる。

「…ぅ、るせー」
「ああ、うるさいのか。少し待っていろ」

 顔をしかめる蓮を見て、ヨイチは立ち上がり部屋を出る。耳を塞ぎたくなるような悲鳴がひっきりなしに響いているのに、彼は今気づいたかのようで、どんな神経してんだと蓮は思う。
 どうやら、隣の部屋でワンスが買ってきたという女を、イールとふたりで犯しているらしい。何やら話し声がした後、隣室は静かになる。

「ふ…若いお前には刺激が強かったか?」

 部屋に戻ってきたヨイチは、からかうように笑って椅子に座る。

「なワケねーだろ…」

 あいにく、蓮は女のあえぎ声だけで興奮出来る質ではない。

「落ち着かないなら、俺が眠らせてやろう」
「あ…?んぅ…っ」

 ヨイチは顔を寄せると、唇を重ねた。

「!」

 これはただのキスではなく、街でヨイチと初めて出会った時と同じだと蓮はすぐに気づいた。しかし、あの時のように限界まで力が抜けてはいかず、心地よい疲労感でとどまり眠気が襲ってくる。蓮は再び、眠りに落ちた。

「…」

 蓮が眠ったのを確認し、ヨイチは唇を離す。身体中が歓喜するような蓮の力に恍惚とした後、顔を歪めうつむいた。







 翌朝。

「よく眠れたか、レン」
「…ん」

 ヨイチは目を覚ました蓮のほほに手をやり、唇に軽くキスをする。

「お前…寝たか…?」

 まだ早朝と言える時間帯だが、昨夜と同じ体勢で、眠そうな様子もない彼に蓮は聞く。

「そんな時間、必要ない。お前の寝顔を見ていた方が有意義だ」
「は…?」

 冗談なのか何なのか、意味がわからない。

「ヨイチ、ただいま~!」

 そこへ、イールとワンスが部屋に入ってくる。どこかへ外出していたようだ。

「あ、レン君起きたの?おはよーって言うんだっけ」

 挨拶とか忘れちゃうよねーと、イールは早朝と思えない昨日と同じテンションで話す。

「ワンス、湯を沸かせ。レンに温かいものを飲ませる」
「ああ」

 ヨイチに命じられ、ワンスも変わらない様子で部屋を出る。彼らも深夜まで女を犯し、さっきまで外出していたのなら、睡眠時間はほぼなかったはず。

「…」

 彼らは眠らないのだろうか。思えば、彼らが何か飲食しているのも見たことがない。よく出かけてはいるので、外食だけで済ませている可能性もあるけれど。
 蓮は彼らの異常さに気づき始めていた。








 東の空が白み始め、ミカビリエ国境近くの街を朝もやが包む。

「ん…悪い。寝てた」

 林の中、木の幹に寄りかかって眠っていたクラウドは目を覚ました。いつ犯罪組織から襲われるかわからないふたりは、もちろん宿をとることも出来ない。

「構いませんよ」と、その横に座るシオンは口角を上げる。

「お前も少し眠れよ」

 おそらく一睡もしていない彼を気遣い、クラウドは姿勢を直す。

「私なら、3、4日眠らなくても支障ありません」

 シオンは平然と言う。

「…」

 彼のことだから、きっと冗談でも強がりでもないのだろう。常人離れした奴だとは思っていたが。

「…バケモノか?」
「失礼ですね」

 思わず出てしまったクラウドの心の声を、シオンは聞き逃さなかった。










「ミカビ…?知らねー」

 蓮は今いる国がウェア王国の隣国、ミカビリエだと初めて知った。王位継承式の時にこの国の説明を聞き、首相とも会っているが全く記憶になかった。

「お隣なのに知らないの?」

 イールは苦笑いして聞く。


 蓮がここに来て1週間が経っていた。両腕はまだ動かせるような状態ではないが、身体はだいぶ楽になり、起きている時間も増えてきた。
 今日、ヨイチは蓮の話し相手をしろとイールに命じ、朝から外出していた。


「…」

 壁際には余計なことを話すなとばかりに、ワンスが寄りかかって腕組みしている。


「それよりさー、レン君に聞きたいこといっぱいあるんだけど。キミ、ウェア人じゃないんでしょ?国はどこなの?」
「お前らの絶対ぇ知らねー国だよ」

 蓮の生まれはこの世界と歴史も地理も異なる異世界の国。イールが知っている訳がない。

「僕、地理にはわりと詳しいよー。何て国?」
「…日本」
「は?ニホン?それ、国?」

 やはり聞き覚えすらないようで、イールはワンスを見るが、彼も首を横に振る。

「ほら、知らねーだろ」
「性格悪いね、レン君」

 蓮の悪態に、顔に似合わないよとまた苦笑いする。

「…」
「ん?」

 蓮がじっと見つめてきて、イールは何かあるのかと見つめ返す。

「ちょい、こっち」
「何、何、どうしたの?」

 あごを引いて呼ばれ、顔を寄せると

「レ…っ?!」

 頭を上げた蓮にメガネの真ん中のフレームに噛みつかれ、顔から外される。

「おはえはひはひへは…(お前は左目か)」

 蓮はメガネを口にくわえたまま、もごもごつぶやく。呆然とするイールの左目は鈍い金色だった。

「ええぇーっ?!ちょっと今の何?!」
「あ?ひになっははら(気になったから)」

 顔を赤くして驚嘆するイールに、蓮は何を驚くとばかりにしれっと言う(言えてない)。
 彼らが全員金色の目だとしたら、ヨイチは右目(左目は眼帯でわからないが)で、ワンスもおそらく閉じている右目。イールだけがメガネでよくわからないので、確認したかったのだ。口を使ったのは単純に両腕が動かないから。

「もう…何言っているかわからないって。僕の目を見たかったの?」

 イールはため息をつき、メガネを蓮の口から取ると軽く拭いてかけ直す。

「キミ、無意識に人を誘うタイプでしょ?こんなことされたら、味見したくなっちゃうじゃない…」

 そして、ふっと笑むと蓮の唇をなぞり、また顔を寄せる。

「おい」

 唇が触れる寸前、背後からの声にイールは飛び上がった。

「うわっ?!ワンス!いつからいたの?!」
「本当に馬鹿なのか、お前」

 本気で忘れていたのなら笑えないと、ワンスは呆れる。

「いいじゃん~!誘われたし、今ヨイチいないし~!」
「誘ってねー」

 蓮はぼそっと否定する。

「前にも言っただろ。そいつはヨイチのものだ」
「わかってるよ、わかっているけどさー」

 ふたりの会話を聞きながら、彼らはなぜヨイチに対して従順なのかと蓮は思う。見たところ彼らの戦闘能力は同等で、ヨイチを恐れているという風でもない。

「…なぁ、お前らは」
「帰ったぞ、レン」

 聞こうとした蓮を遮るように、そのヨイチが部屋に入ってくる。

「ヨイチ、お帰り~。ちゃんと言われた通り、レン君の話し相手してあげたよ~」

 エライでしょ~と、イールはひらひら手を振る。

「顔色はいいな。腕はまだ痛むか?」

 ヨイチはイールをかまうことなくベッドに座り、蓮の伸びきった前髪を手ですく。

「…痛ぇよ」
「そうか。お前なら、あと1週間もすれば動けるようになる。服や靴を買ってきたから、好きなものを選べ」
「…」

 態度が疑問なのはヨイチもだった。蓮を『俺のもの』などと言っていたが、彼の目的がわからないのだ。ヒナタを人質にしてまで蓮をここに連れ込み、怪我の治療や食事の世話などを必要以上にする。今のところ、これ以上ウェア王国を脅迫することもなく、蓮をいたぶるようなこともしない。

「お前…何してーんだ?」
「どういう意味だ」
「何で、こんなことする?」
「言っただろう。お前は俺のものだからだ」
「そーじゃねーし…」

 やはりヨイチの返事は同じで、蓮はうんざりする。

「何か気に入らないのか。再来週には外出させてやるから、それまで我慢しろ」
「ん…っ」

 ヨイチは蓮のほほをなで、唇を重ねる。

「いっぱい買ってきたね~ヨイチ」

 イールとワンスが部屋の外に置いてあったらしい袋を抱えて持ってくる。

「もー、またちゅーしてるし」
「とりあえずここに入れておくぞ」

 イールはキスをし続けるヨイチに呆れ、ワンスは見もせずにクローゼットに袋を入れる。

「んー…っ」

 蓮は結局何もわからなかったと思いつつ、拒絶も出来ずに深いキスを受け続けた。











 1週間後。蓮はベッドから起き上がれるようになり、右腕を吊って歩くことも出来るようになっていた。昨日、往診に来た医師が驚くほど回復が早く、やはり精密検査を求められたが食い気味に断った。
 初めてこの部屋を出てわかったのは、ここは3LDKのマンションだということ。蓮のいる部屋の隣にイールとワンスの使う部屋があり、廊下を隔ててもうひと部屋とLDK、廊下の奥にバスルーム、反対側に玄関という広々とした造りだ。しかも高層階らしく、部屋の窓から見る景色は街を一望出来るほど。
 賃貸なのか買ったのかわからないが、相当高額な物件だろう。彼らが働いている様子はなく、収入源は何なのかと蓮はまた疑問が増えていた。
 廊下を隔てた部屋を見ると、開けっ放しのクローゼットに彼らのだろうか、衣類が無造作に置かれているだけ。その隣のLDKをのぞくと、さらに殺風景だった。ダイニングにテーブルと椅子はあるが、他に何も置かれておらず、リビングは無駄に大きな新品のテレビとソファーがあってモデルハウス以上に生活感がない。キッチンもほとんど使われた形跡がなく、蓮のための湯を沸かすポットと日持ちする缶詰めやゼリー飲料があるくらいだ。
 これを見ると、やはり彼らは何も飲食しないのかと思えてしまう。彼らが本当に何も口にせず、睡眠もとらないとしたら。それはまるで…。
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