漆黒の闇に

わだすう

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29,あの人

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 これをきっかけに、シオンに手を出すとウェア王が黙っていないという噂話が城内に広まり、彼にあからさまなアプローチをする者はいなくなっていった。シオン本人はやはりそんな変化に気づくこともなく、淡々と護衛の任務をこなしていた。






 そして、3年の月日が流れた。


「私が、ですか」
「ああ、引き受けてくれるか?」

 護衛の事務室。トージに呼び出されたシオンは思わぬ話に驚く。来年25歳になるシオンを次期護衛長に任命したいというのだ。

「私は人望がありませんし、護衛長の器ではありません。クラウドの方が相応しいと思います」

 護衛になった時から、その長になるなど考えたこともなかった。任務中にリーダーシップを取るような行動もしたことがない。断ろうとするが

「確かにクラウドは面倒見がいいけどな。冷静さにかける。怒ると頭に血が上って周りが見えなくなるからな」

 それは確かで、返す言葉がない。

「お前は冷静だし、戦闘能力も経験も申し分ない。お前以外にいないと思っているくらいだ」
「しかし…」
「後輩の面倒見るのが嫌なら、それはクラウドに任せればいい。お前が特別なことをしなくても、護衛たちはちゃんとついてくる」

 トージはシオンが断ってくるだろうと予想しており、断る理由への返しも考え済みだった。シオンが黙り、にこっと微笑む。

「引き受けてくれるか?」
「…はい」

 もう一度同じ台詞を言われる。拒否する理由がなくなったシオンはうなずくしかなかった。











 翌年。シオンは王室護衛長に就任した。トージの言ったとおり、マニュアルに沿った長の仕事しかしないシオンに護衛たちは従い、問題なく統率されていた。元々戦闘能力が高く、無自覚なカリスマ性があるのもそれを手伝っていた。ただ、正式な役職ではないが『副』護衛長ポジションであるクラウドだけが、シオンの統率から外れた行動をとっていた。



 護衛長就任から数か月経ったある日。

「新たに国務大臣を迎えることになった。非常に優秀で、良い働きを期待出来る人物だ。君たち護衛も頼るといい。よろしく頼むぞ、シオン」
「はい」

 執務室で国務大臣の長であるウォータに資料を手渡され、シオンは軽く目を通してから頭を下げる。新しい大臣がどんな人物だろうと、特に興味はなく、頼る気もない。彼の就任式と公務日程を確認し、護衛たちの勤務を組み直さなければとだけ考えていた。



 翌週。新大臣の就任式が謁見の間で行われた。青いカーペットを挟んで在任の国務大臣たちが並び、その後方にはシオンを始め、数人の護衛たちも式を見守る。

「私と我が国に忠誠を誓うかい?」
「はい。陛下と国のため、尽力することを誓います」

 台座の椅子に座し問うウェア王に、新大臣となる男はその前で片膝をついて頭を下げ、忠誠を誓う。

「…」

 王は顔を上げた彼を見定めるように金色の眼でジッと見つめる。謁見の間の空気が数秒間、張り詰める。

「君を国務大臣として認めるよ。頑張ってね」

 ふっと王の表情が穏やかになり、緊張感がゆるむ。

「ありがたき幸せ」

 新大臣、ザイルは再び頭を下げ、不敵に笑む。その双肩に忠誠を誓った証である青布がかけられた。




 王が謁見の間を後にし、就任式は無事終了した。

「では、君の執務室へ案内しよう」
「はい、よろしくお願いします」

 ウォータ大臣はにこやかにザイル大臣へ歩み寄り、促す。

「お疲れ様でした。皆は下がり、次の任務へ向かってください」
「はい!」

 シオンは部下の護衛たちへ指示する。

「クラウド、挨拶へ参りましょう」
「ああ」

 隣に立つクラウドにはそう声をかける。式終了後、ふたりは王室護衛を代表して新大臣に挨拶をする予定になっているのだ。

 その時。ふとザイルが護衛たちの方に顔を向けた。シオンもちょうど顔を上げ、彼と目が合う。軽くウェーブした茶色い髪と親しみのある優しげな笑顔。今、初めてきちんと顔を見たはずなのだが。シオンの記憶が『初めて』ではないと警告する。

「シオン?」

 足を止めてしまったシオンをいぶかしがり、クラウドは名を呼ぶ。

「…」

 よみがえる、幼い頃の記憶。耐え難い恐怖、嫌悪、激痛。泣き叫ぶ自分にのしかかる、笑顔の男。今までぼやけていたその顔が、はっきりと見えてくる。目の前を歩いていく彼が、それと狂いなく重なった。

 あの人だ。間違いない。

 16年前。両親の命と右眼を奪い、かけがえのない幸せを壊していった者。確信したシオンは痛いほど早鐘を打つ心臓を、震える手で押さえる。呼吸がうまく出来なくなり、眼前が真っ暗になっていく。

「…っ」
「シオンっ?!」

 突然がくんと膝から崩れ落ちたシオンを、クラウドは慌てて抱きとめる。

「どうした?!大丈夫か?!」

 急な事態に焦り、肩を揺すって叫ぶ。シオンの顔は血の気がひいて青ざめ、意識もない。

「クラウドくん、落ち着いて」
「ナツさん…っ」

 謁見の間にいた護衛のひとり、ナツが慌てるクラウドに冷静に話しかける。膝を折り、シオンの首筋に指先を当てて脈と呼吸があることを確かめる。

「君は予定通り大臣の執務室へ行って挨拶を」
「え?!けど…っ」
「大丈夫。シオンくんは僕に任せて」
「は、はい…っ」

 ナツの指示に少しためらいながらも、クラウドはうなずき、ウォータとザイルの後を追った。

「どうかしたのかね?」

 さすがに異常に気づいた他の大臣たちが、何事かと声をかけてくる。

「心配ありません。大臣の皆さんはご公務にお戻りください」

 落ち着いた口調で言うナツに促され、大臣たちは顔を見合わせてから、その場を離れて行った。

「護衛長の言ったとおり、みんなも下がっていいよ」

 不安げにしている後輩護衛たちにも冷静に指示する。

「ふぅ…」

 謁見の間を出る護衛たちを見送り、ひとまず混乱を招かずに済んでナツはホッと安堵する。この場にいた護衛では自分が最も年長者。護衛長のシオンとクラウドがいたが、何かあれば1歳下の彼らを手助けしなければと考えていた。実際、こんな事態になるとは内心かなり焦ったが。

「大丈夫だよ、シオンくん」

 そして、気を失っているシオンを背負った。







 ナツはシオンを背負い、医務室に向かっていた。シオンの方が背が高いが、訓練を積んだ王室護衛にはさほど苦ではない。それにしても、突然意識を失うとは。護衛長になってから休みなく働いているシオンの姿を、ナツは心配でずっと見ていた。やはり疲れが出てしまったのかと考えていると

「…たす、けて」
「えっ?」

 背のシオンがつぶやき、足を止める。まだぐったりしており、意識が戻ったわけではないようだ。

「たすけて、サンカ…」
「…」

 サンカ。聞いたことのない名。シオンはその名を呼び、『助けて』と何度も繰り返す。ナツは止まっていた足を、シオンの自室へ向けた。このまま医務室へ行き、医師といえど他者にこれを聞かせてはいけない気がしたのだ。




「シオンくん、下ろすよ」

 シオンの自室に入り、ベッドへ寝かせる。いまだシオンはうわ言のように、知らぬ名を呼び続けている。
 苦しいだろうと、首元までぴっちり締められた黒コートのボタンを外す。顔を半分隠しているサングラスも外してやろうと手を伸ばすが、一瞬ためらう。シオンは食事中でさえ、人前でサングラスを外さないのだ。

「ごめんね」

 ナツは謝り、サングラスをそっと外す。あらわになる、目を伏せていてもわかる端正な顔立ち。右目は隠されているが、閉じた左目のまつ毛は長く、形の良い唇は薄く開き、顔色の青白さがまるで彫刻かのように余計に美しく見せて。

「…綺麗」

 思わずゴクリと喉が鳴る。

 ナツはシオンが好きだ。容姿の美しさや強さだけではない。自分のような戦闘能力が低く気弱な後輩にも、年上として敬意を払ってくれる謙虚さに惚れた。数年前に噂話が流れてから告白する気はなくなっていたが、時々共に食事をし、たわいもない話をし、サングラスの下の素顔を想像する。それだけで幸せだった。
 そんなシオンが目の前で、想像以上に美しい素顔をさらし、ベッドに横たわっている。彼は体調が悪いのであって色っぽい状態ではないのはわかっているが、やはり気分が高揚してしまう。

「シオンくん…」

 少し、だけ。ナツはシオンの青白いほほにそっと触れた。

「…サンカ?」
「!」

 ふっとシオンの左目が開き、ナツはビクッとして触れていた手を引く。

「抱いても、いいの…?」
「えっ?」

 普段のしっかりした敬語ではない幼い口調。何と言ったのか理解出来ず、ナツはシオンのうつろな表情を見つめる。

「っ?!」

 固まっているナツにシオンの手が伸び、首に腕を回すと引き寄せる。そのまま、唇に唇を押し当てた。

「ん?!んんーっっ!!」

 キスをしている。憧れてやまなかった、シオンと。口内に挿し込まれた舌はどうしたら良いかわからないナツの舌をとらえ、ねっとりと絡まる。首に回された腕はびくともせず、ナツはベッドに手をついてなんとか体勢を保つ。

「は、はぁ…っ!し、し、シオンくん…?!」

 ようやくシオンの唇が離れ、ナツはガクガクしなから大きく息を吐く。奥手なナツにとって、初めてのキス。相手がシオンになるとは喜ぶべきなのかもしれないが、突然過ぎたのと驚きで感情が追いつかない。

「ダメなの…?」
「え?!あ、あの…っ」
「サンカ、大好き」

 戸惑うナツをシオンは再び引き寄せ、抱きしめる。

「…っ!」

 シオンの力強い腕とぬくもり、甘い匂い。ナツは頭と下半身に熱が集まるのを感じた。

「シオンくん…っ!」

 ナツはベッドに乗るとシオンにまたがり、抱きしめ返した。そして、今度は自分から唇を重ねる。

「ん…は…っ」

 お互い噛みつくように舌を絡め、唇に吸いつく。シオンの膝が股を押し、ビクンと腰が跳ねる。見ればシオンのほほも紅潮して、タイトなズボンの中心が張り詰めているのがわかる。自分の、こんなつたないキスで感じてくれていることがたまらなく嬉しい。
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