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〈主人公〉は旅立たない
しおりを挟む「なぜ旅立たないんだ!」
村長がしわばんだ拳骨でドンと打つと、あちこち傷付き古びた一枚板の長テーブルと卓上のランプが揺れ、こぶしに一番近い席で縮こまる中年男の痩身がビクッと震えた。
「……申し訳……ありませ……」
蚊の鳴くような声は、薄ら寒い晩秋の宵闇を映す窓に届くか届かないかのところで消えた。着古した祭服姿――数十人規模の村とはいえ、教会を任されている司祭としてはまったく形無しだった。その向かいの席では、パサついたボブヘアの中年女が銀縁眼鏡のレンズ越しに正面かどこかに焦点を合わせ、細かな傷の上に左右の指を組み合わせた手を置いている。祭服姿の隣では張りつやが失われ始めた黒髪を後ろでまとめた丸顔、ぽっちゃり体形の女性が視線を木目の渦に落とし、さらにその隣では無造作にとかされた金髪頭、日に焼けた褐色肌に素材や装飾からしていささか値が張りそう――しかし、どうも不釣り合いな感じの衣服を合わせ、剣を腰から下げた二十代半ばくらいの青年があきれ顔をする。それを、腕組みして木製椅子の背もたれにもたれる粗末なローブ姿、癖のある赤毛頭をした小太りのそばかす男が対面からじろっとにらむ。村長以下総勢六名が席に着いた村の集会所は、天井が低く穴倉みたいに狭い空間を張り詰めさせていた。
「〈主人公〉なんだぞ!」
禿げ上がった頭頂部から湯気を出し、青筋を立てる村長はわなわな震える右こぶし側、うつむく司祭をにらみつけた。
「お前の子は〈主人公〉なんだ! 〈主人公〉なら勇ましく旅立って魔物たちと戦い、この世を脅かしている魔王を倒すべきだろう! それなのに、いい年をしていつまでもぶらぶらと!」
つば飛ぶ怒声に司祭――〈主人公〉の父親はますます身を縮め、末席でそばかす男が目元をゆがめる。
「わしはな、引退してこの田舎に引っ込むまで賢者として戦った。世界を股にかけながら魔法で仲間たちの傷を癒し、炎や雷を魔物たちにお見舞いしていたんだ。お前だって司祭になる前は僧侶としてあちこち飛び回っていたじゃないか! 汗にまみれ、血を流しつつ戦う者たちがいて、商いや情報提供を通じて手助けする者たちがいて、みんなで力を合わせて戦ってきた! そんなわし等の切り札が〈主人公〉――この村の者、お前の子だった! それなのに……旅立つのが嫌だと?」
「はい……こつこつ訓練し、魔物と戦って自分を鍛えていくのが嫌だそうで……そもそも魔王を倒すなんて無理に決まっているとの一点張りで……」
「そういう子、最近多いみたいですよ」
丸顔女性――道具屋のおかみさんが横から助け舟を出す。
「町へ仕入れに行ったとき耳にするんですけど……この辺りは比較的平穏というか、魔物の影におびえることがあんまりなかったじゃないですか。だから、平和ボケしているというか……」
「とにかく、問題はどうしたら旅立たせられるかだ! そのために関係者とくじで選んだ村民代表にこうして集まってもらったのだからな」
「ま、踏み出すのは誰でも不安なものですよ」
金髪青年が苦笑し、あごを上げて物知り顔に語る。
「自分も今でこそこの村を拠点にパーティを率いて魔物を退治し、ガンガン稼いでいますけれども、最初は裸一貫スタートですからね。そこら辺の気持ちとかは分かるつもりですよ。だけど、〈主人公〉ですからね、ちゃんとやることやってもらわないと。ねぇ?」
「え、ええ……」
横から同意を求められ、おかみさんはうなずいた。
「リーダーさんの言う通りだと思います……最近は村の近くでもときたま小さな魔物を見かけるようになったし、このままだと町での仕入れはおろか、山に薬草を摘みに行くのも怖くて……」
「ふん」
末席で冷笑が漏れる。
「くじ引きで選ばれたばっかりに、こんな寄合に引っ張り出されて……それもこれも〈主人公〉がだらしないせいだ! 一体どういう育て方してきたのやら!」
「……親一人子一人で、私も仕事にかまけていたのは認めるが……」父親の唇がもがく。「それを言うのなら、学校はどういう教育をしてきたのですか?」
向けられた矛先――女教師は眼鏡の奥で硬く目を細め、門を閉ざした砦の雰囲気で返した。
「わたくしどもは〈主人公〉の個性を大切にし、自主性を尊重して必要な教育を行ってまいりました。この件に関しましては、家庭の問題であるというのが当校の見解です」
「すべて親……私のせいで、自分たちには何の落ち度もないと?」
「わたくしどもは職務を果たしてきたつもりです。学校への責任転嫁は筋違いではないでしょうか」
「そんな姿勢だから!……自分の至らなさは認める……認めるが、先生がきちんと導いてくれていれば、こんなことには……!」
「このままですと、わたくしどもとしましては弁護人立会いの下でお話しさせていただくより他なくなります」
「望むところだ! こちらも教会が世話になっている弁護の先生に相談させてもらう!」
「もめている場合か!」
一喝で黙らせ、村長は打ち込む勢いで続けた。
「いい考えはないのか! 解決策が見つからなければいつまでも終わらんぞ!」
「何で旅立たなきゃいけないんですか?」
ふて腐れたため息混じりの発言……視線を集めたそばかす男は、もじゃもじゃ頭を傾けて口を尖らせた。
「どう生きるかは個人の自由でしょうよ。周りの都合を押し付けるなんて勝手じゃないですかね?」
「勝手だと? 寝ぼけたこと言いおってッ!」
「村長さん、落ち着いて下さい。血管がはち切れそうですよ」と、なだめたおかみさんが斜め前のローブ姿に目を転じる。「〈主人公〉に旅立ってもらわないと、みんなが困ることになる……って話ですよね?」
「だからって強制していいのか? 全体のために個人は犠牲になって当たり前? はっ、まったく、これだから女って奴は……」
「おいおい」金髪青年が口を挟み、そばかす顔をきざっぽく指さす。「そういう女性をバカにした発言は許せないな。おっさん、あんたはあれだろ、同類を引き留めておきたいんじゃないか?」
「はあ?」
「旅立ったら、いなくなってしまうもんな。あんたと同じように親のすねをかじり続ける仲間がさ」
バン!――とテーブルを叩き、みすぼらしいローブを揺らして立ち上がったそばかす男は身を乗り出して吠えかかった。
「バ、バカにするなッ! オレは千年に一人の大魔法使いになる男だぞ! 今はそのために毎日修行をして――」
「修行? そんなの口だけじゃん。いい歳して初歩の魔法もろくに使えないくせに」
確かに、と周りは心の中でうなずいた。自称・魔法使いが自宅の裏庭で手からいびつで小さな炎を出してにやついていたり、道端で年端もいかない子ども相手に自慢していたりする姿を村の人間は皆生暖かく眺めてきたのだ。
「お前には分からないんだ、オレの才能が! だいたい何だ、自分のこと棚に上げてカッコつけやがって! お前のところのパーティはメンバーを使い捨てにしているって有名らしいじゃないか! 外から連れてきた人間が今までどれだけ抜けたり逃げたりしているんだ? ええ?」
「根性なしが多いんだよ。おっさん、あんたみたいにさ。だから、ちょっときつい目にあっただけで尻尾を巻いてしまうんだ」
「何て真っ黒な考えだ! このブラック野郎!」
「うるせーよ、すねかじりのダメ人間が」
「ちょ、ちょっと! あたし、ダンナに子どもを任せて来ているんです。そんなケンカばかりで遅くなったら、またぐずぐず言われちゃう……」
「あ、あの、皆さん……」うろたえる父親。「本当に申し訳ありません……もう一度、本人と話をしてみます……」
「いいや、ダメだ!」村長がまたテーブルを叩く。「さんざん脅しすかしても首を縦に振らなかったじゃないか!」
「あ、そうだ」
金髪青年が父親へ顔を巡らせる。
「頼んでみたらどうですか? 別れた奥さんに」
「ああ、あたし前に聞いたことがありますけど、確か踊り子さんなんですよね? 今はどうされているんです?」
「新しい男と旅をしているそうで……実は一度この件で手紙を出したのですが、忙しいからとけんもほろろ……そのくせ、旅立ったら知らせるようにという返事で……〈主人公〉の母親だって周りに自慢するって……」
「はっ、とんでもないクソだな」
「ふっ、あんたに言われたくないと思うぜ、おっさん」
「お前、いい加減にしろよ!――」
ローブの袖が跳ね、右手の平からぶるぶる震える卵大の炎が発生すると、素早く立ち上がった金髪青年が腰から下げている剣の柄に手をかけ、一触即発に父親たちは息をのんだ。
「やめろ! やめんか、バカ者どもがァッ!」
カーッと顔を紅潮させて怒鳴る村長――にらみ合う両者は低くうなり、炎を消し、柄から手を放して腰を下ろすと腕を組み、体を後ろにそらせた。
「村長さん、ほら、そんな興奮しないで……倒れたらどうするんです……」
「それどころじゃない……このまま〈主人公〉が旅立たなければ、魔王に世界が征服されてしまうかもしれんのだ……!」
「極論だなあ」左右に振られる赤毛頭。「心配し過ぎなんじゃないですか。どうにかなりますよ、どうにか」
「無責任なことを言うな! もしこの村に魔物が攻めてきたら、お前がどうにかしてくれるのか?」
「そりゃまあ、そうするつもりがないわけじゃないですけど……まだそのときじゃないというか……」
「口だけおっさんが。仕方ない、自分が一肌脱ぎますよ」
注目された金髪青年は腕組みを解き、両手を軽く躍らせた。
「うちで〈主人公〉を預かります。きっと旅立たせてみせますよ」
「できるのか?」と、村長から疑いの目。
「これでもパーティを率いるリーダーですよ。人材育成には自信があります。世間にはうちの悪いうわさが流れているようですが、それは針小棒大の話かでっち上げですよ。一方的に悪く言われて迷惑しているんです。ま、とにかくお父さん! 大船に乗ったつもりで任せて下さい!」
「……わ、分かりました……自分にはもうお手上げですから、専門家の手を借りるしかないでしょう……」
「おいおい、やめといたほうがいいんじゃないか?」と、自称・魔法使い。
「……他にこれといった案もなさそうだし、任せてみるか……やってみてくれ」
「了解しました! 早速明日から取りかかりますよ。ところで、かかった経費は全部村に請求させてもらいますね」
「経費?」
「そうです。指導料とか教材代とかいろいろです。心配ありません、大した額にはなりませんから」
「……きちんと明細を書いてくれよ」
「もちろんですとも!」
「それじゃ……」おかみさんが村長をうかがう。「これで今夜の寄合は……」
「うむ、後日また集まってもらうかもしれんが、ともかく今日のところはな。では、今夜はこれで閉会とする」
窓から差し込む、冷たい満月の光……二週間ほど前と同じく卓上でランプの炎が揺れ、腕を組み、あるいは頭を抱えて眉根に険しいしわを寄せた面々の影を翻弄する。
「……それで……」
太い眉をガッチリつり上げ、への字口を開いて村長が金髪青年を問いただす。
「詳しく聞かせてもらおうか」
「いやぁ」金髪青年は首を振り、軽薄に笑った。「まさか、あそこまでとは思いませんでしたよ」
「……しまいには無理やり言うことを聞かせようと……」言葉を切り、身震いするおかみさん。「それって本当なんですか?」
「何だそりゃ」腕組みをしたまま、そばかす顔はゆがんだ笑みを浮かべた。「マジクソだな」
「それは事実じゃないが、もう一つの事実ってやつだよ、おっさん」
「はあ? 何言ってんだ。頭おかしいんじゃないか?」
「それより……」
おかみさんは、隣でうなだれている〈主人公〉の父親に顔を向けた。
「引きこもっているって聞きましたけど、様子はどうなんです?」
「……すっかり警戒して、部屋から出て来ません……」
「あーあ」と嘲る、自称・魔法使い。
「かわいそうに……先生、どうにかできませんか? 学校では教師と生徒の間柄だったわけだし……」
指を組んだままの女教師はおかみさんにちらっと目をやり、かすかにかすれた声で文章を読むごとく返した。
「……わたくしども学校側としましては、家庭の問題は家族で解決するべきという結論に達しております」
「そんな……」
白髪が目立つようになった父親の頭が、いっそう深く重たげに垂れる。
「……も、もしかしたら、〈主人公〉は〈主人公〉なりに考えているんじゃないですか? 分からないですけれど……」
「まともに考えていたら、とっくに旅立っているだろ!」拳骨がドンとテーブルを叩く。「あいつは〈主人公〉なんだぞ! 勇ましく旅立って魔王を倒す役目なんだ! まったく、どうなっているんだ!」
「ああ、神よ!」
投身するごとく父親がテーブルに突っ伏し、震える手を合わせて祈り始める。
「ははっ、困ったときの神頼みかよ」
「あー、ところで村長、これ今回の件でかかった経費です。――ちょっと回して下さい」
ひたすら祈る父親越しに手を伸ばしたおかみさんから書面を受け取り、村長は並んだ数字をチェックして目をむいた。
「どういうことだ、これは! 桁が間違っているんじゃないか?」
「いいえ、うちのサービスの対価として極めて妥当な額です」
「しかも何だ、このやたら高額な〈親睦会費〉だの〈スパルタ教育加算金〉だの〈迷惑手当〉だのは! 失敗したくせにぼったくるつもりかッ!」
「言いがかりはやめてください。きちんとお約束したはずですよ。今さらごねるのは権力を笠に着た横暴です」
「だが、これは――」
村長が顔を真っ赤にして身を乗り出したそのとき、突然集会所の天井を通して神々しい光がカアッと降り注ぎ、まばゆさが一同の目をくらませた。
「こ、これは……?」腰を浮かし、色を失う村長。「こ、声が……頭の中で……?」
「おお、神様ッ!」
飛び上がって両手を掲げ、歓喜に震える父親――ぼう然と光を見つめるおかみさんたちは、奇跡の体験に言葉を失っていた。
「――お聞き届け下さり、ありがとうございます!」
父親が手を合わせ、指を組んで感涙をドバドバあふれさせると光は薄れ、そして放心状態の静けさが残った。
「まさか……」ようやく息をつき、服の上から胸を押さえる女教師。「実在したとは……」
「マジかよ……」と、引きつったそばかす顔の対面で金髪青年が手で冷や汗をぬぐい、その隣でおかみさんが恍惚の余韻に浸る。
「〈主人公〉を……」椅子に腰を沈め、村長は大きく息を吐いた。「最強に……成長できる限度いっぱいにして下さった……?」
「スゲェ! 神様、うちのパーティメンバー全員もお願いしますよ! 何なら自分だけでも!」
「オ、オレを魔法使い王にして下さい!」
「そんなことより、魔王を倒して下さいってお願いすればよかったのに……」と、おかみさん。「それより、本当に〈主人公〉は最強になったのでしょうか?」
「もちろんですよ! 神様が嘘をつくはずないでしょう!」
「確かめてみれば、はっきりすることですが……」女教師が髪を撫でつける。「わたしは信じる……信じます」
「わしもだ……よし、仲間を集めよう!」
「仲間?」と、怪訝な顔のおかみさん。
「〈主人公〉と一緒に旅する仲間だ! いくら最強の〈主人公〉でも独りでは限界があるからな!」
「そ、それなら、もう一度うちのパーティで――」
「いいや! わしが人脈を最大限生かし、私財を投げうってでも優秀な人材を集める! これ以上失敗は許されないんだ!」
「よろしくお願いします!」と、父親が村長の手を握ると、そばでおかみさんが拍手をした。そして女教師が〈主人公〉説得に協力すると申し出るのを見ながら金髪青年は儲け話を逃した感じの渋い顔をし、自称・魔法使いは面白くなさそうにふんと鼻を鳴らした。
「こうしちゃおれん、善は急げだ! 今夜の寄合はこれで閉会とする!」
すさんだ風が窓と扉をガタガタ鳴らし、今にも宵闇がなだれ込んでランプの光を飲み込んでしまいそうだった。満ちた月がすっかり欠ける間を経て、また開かれた寄合……鉄塊のように重たげな頭を両手で抱える村長の斜め前には顔があちこち腫れ、傷の手当てをされた父親がぼんやりと座り、教師とおかみさんがひどく落胆している一方で金髪青年と自称・魔法使いは憂い顔を装おうとしつつ口角をつり上げていた。
「だから、自分に任せてくれればよかったんですよ」
言わんこっちゃない、とばかりに金髪青年が肩をすくめる。
「お袋から聞いたけど、どうにも仲間と気が合わないとかやっぱ面倒臭いとか言って投げ出したんだってな。けへっ」吹き出し、あざ笑うそばかす面。「そのうえ、説教しようとしたオヤジをぶん殴ったとか。ははっ、根っからのクズだな」
ボコボコ顔を伏せたままの父親を一瞥し、村長は手元の暗い木目に視線を落とした。
「……あれだけ骨を折ったのに……旅立たなければ世界が滅ぶかもしれんのだぞ……!」
「自分には関係ないって叫んでいましたからね……」教師が眼鏡をいじる。「先のことは知らない、自分が生きている間は大丈夫だろうって繰り返すばかりで……」
「このままだとわしは村中、いや世界中から責任を問われることに……ん?」
にわかに外が騒がしくなり、扉が吹っ飛ばされんばかりに開かれて中年男性が荒ぶる風と転がり込んできた。驚いて立ち上がり、凝視する一同の前――蒼白な顔の村民は息を切らしつつ村長へ叫んだ。
「たっ、た、大変です! 魔王軍が、魔物の群れが攻めてきましたッッ!」
「なっ、何だと!」
「も、ものすごい数で……早く逃げないと!」
「と、とにかく逃げろ!」村長は叫び、両腕を振り回した。「避難だ! 避難するんだッ!」
悲鳴を上げ、銘々はじかれたように集会所から飛び出す――凶暴な怒涛さながらの風にあおられ、村民たちは四分五裂して闇へと……
茂った枝葉の隙間からおぼろに陽が降り、緑のにおいがひんやりと立ち込める鬱蒼とした森のそこここで群れる影を、そして一隅で額を集める面々をかすかに照らす。しわが深まって老け込んだ村長をはじめとする、雨や泥で汚れた衣服からすえた臭いを放つ疲労困憊した顔ぶれ。
「しっかし、敵に寝返るとはね」
下生えの上にあぐらをかく金髪青年がため息をつき、あちこち破れたズボンと太ももとを撫でてぶるっと身震いする。
「今や村は〈主人公〉と魔物たちが占拠しているんだから世の中分からないもんだ。お陰でこっちはこの身以外すべて失ってしまいましたよ」
「やめなさいよ」
おかみさんが眉をひそめ、父親を気遣う。
「いえ、いいんです……」まるで半死人の声。「こうなったのは、ひとえに私の育て方が悪かったから……本当に申し訳ありません……」
「お父さんだけの責任じゃありません」眼鏡をなくした顔を上げ、女教師が眉根を寄せて目に力を込める。「わたし……わたしたちがもっとしっかり向き合っていたら、こんなことにはならなかったかもしれません。村は魔王軍の手に落ち、村民の中には沈む船から逃げ出すねずみみたいに姿をくらました者もいる……」
教師は自称・魔法使いが座るはずの場所を見やり、息を吸った。
「これからどうしていくか、それが今日の寄合で話し合うことでしょう、村長?」
「あ、ああ……」
弱々しく返す村長に女教師は立ち上がり、尻の汚れをはたくと両手を広げた。
「まずは村を取り返しましょう、わたしたちの手で。わたしたちは今まで頼り過ぎていました。〈主人公〉に魔王を倒してもらおうと躍起になるばかりで……」
「だって、あんた」唇を曲げる金髪青年。「〈主人公〉なんだよ? 当り前じゃないか」
「もうそういうのはやめにしましょう。村もこの世界もわたしたちが生きている場所じゃないですか。だったら他人任せにしないでみんなで立ち向かいましょう」
「あたしたちが、ですか……? でも……」
「忘れたのかよ。向こうには最強の〈主人公〉がいるんだぜ」
「こっちだって腕を磨きますよ。それに最強とはいえ旅立つ意気地もなく、誘いに乗ってコロッと転向するような相手に負けやしません。教師として、人間としてあの子と向き合ってみたいんです」
「……私もやります」
父親が顔を上げ、背骨に力を入れる。
「私もしっかりあの子と向き合いたい……村長、一緒に戦ってくれますね?」
「え、わし……?」
「頼りになる賢者だったじゃないですか。まだまだ現役でやれるでしょう。このままただ老いていくつもりですか?」
「……お前たちがそういうつもりなら、もう一花咲かせるか……」
「そうですよ! 村長ならまだまだいけます。あたしも裏方として皆さんをサポートします」
「それじゃ、自分はトレーニングや組織作りをお手伝いしますよ!」胸を叩く金髪青年。「このまま終わりたくはないんでね。きっと大儲け――じゃなくて、魔王を倒せるパーティに育ててみせます!」
「ありがとうございます、皆さん!」
立ち上がった父親が深々と頭を下げる。
「よし……さっそく村の者たちを集めて話をせんとな」
「はい! 今日このときがわたしたちの旅立ちです! しゅっぱーつ!」
こぶしを突き上げる教師に周りも続いた。森はただ静かに息づいていた。
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