上 下
1 / 1

阿吽

しおりを挟む

 夜が更けてきて、二人で温かいお茶を飲んでいる時だった。横にいる愛しい人が、無意識にか身体を寄せてきて、ああ、と察する。――恐らく、今の彼はSubだ。何処かそわそわとした様子を見るに、彼自身も気づいたのかもしれない。
 そんな調子の彼を、ゆっくりとお茶を飲みながら眺めていたら、ばちり、と目が合った。その瞬間、俺は、俺自身が完全にDomに切り替わったことを感じ取る。

「ぁ……」

 じい、とただ彼の金色の綺麗な瞳を見つめていただけなのに、それだけで従わなければと思うのか、彼は俺の指示を待つようにして此方の様子を窺っていた。彼の口から、短い息と共に小さく声が漏れる。

 ――そう、俺達は世間でも珍しいと言われるSwitch同士のパートナーだ。どちらか片方ならともかく、どちらも切り替わることができるSwitch同士のパートナーなど、普通ならば成立しない。互いにDomになってしまったり、互いにSubになってしまったりすると、互いの欲求が満たされないからだ。しかし、俺達はそれで問題になったことがなかった。

「そのまま、俺を見て。“Kneel(お座り)”」

 ぺたん、と。ベッド脇で横に座っていた彼が、まるで侍るように俺の足の近くで座り込んだのを見て、口角が上がる。ああ、褒めてあげなければ。

「よくできました。“Good boy(良い子)”」

 なで、なで。俺が手入れしたから今はさらさらになっている髪を、優しく梳かすように撫でる。すると、彼は酷く嬉し気に膝に擦り寄ってきた。かわいい。

「Safe wordは、きちんと言える?」
「あ、う……」
「“Say(言って)”」
「ん……“剣と、盾”」
「そう。“Good boy”」

 指示を受け入れる側のSubが嫌なことをされたら拒否ができるように設定するのが、Safe word。だからそれは、ヒートアップしてしまったDom側が冷静になれるものでなければならない。故に、俺がDomで彼がSubの時のSafe wordは、“剣と盾”、なのだ。これならば、騎士であることを誇りに思っている俺はどれだけ理性が飛びそうになっていてもPlayをやめられる。絶対に、彼が嫌がることはしたくないのだ。

 今度は髪ではなく頬を撫でて、安心させるように微笑んだ。そうすると、彼はまたしても嬉しそうにへにゃり、と笑って俺の手に擦り寄ってくる。……可愛すぎるから、理性が飛ばないように気を付けなければ。

「“Up(上を向いて)”」
「う、」

 頬に当てていた手を顎にするりと移動させて、上を向くように要求する。Commandに素直に従う彼は、俺の意識下に入っているのか心地が良さそうだ。そのままの状態で“ Good boy”、と告げてから彼の口にキスを贈る。そして、少し意地悪をしようと考えてにこりと微笑んだ。Domの俺が優しいけれど意地悪なことは、彼も知っている。そして、そんなDomの俺を見て、酷く満たされたような表情になるSubの彼も、俺は知っている。

「貴方からも俺に。“Kiss(キスして)”」
「え、あ」
「できますよね……?」
「……あ、う……」

 頬だけではなく耳まで真っ赤にしながら、キスする場所は指定していないというのに、彼は俺の口にキスをしてくれた。それが嬉しくて、口づけられた瞬間に舌を割り込ませて深いキスへと誘導する。……彼の口内を犯すことに夢中になっていたのか、終わる頃には、彼の息が少し上がっていた。

「上手にできて、すごくえらいですよ。“ Good boy”。……でもまだ、落ち着かないみたいですね。もう少ししましょうか」
「は、い……」

 Switchである俺達は、定期的にDom側としてもSub側としても、その欲を発散しなければ体調を崩してしまう。その前兆を身体が感じ取ったのか、Sub側として足りないと思ったのか、今日は彼が先にSubに切り替わったのだった。少し欲求不満なくらいだと、このくらいCommandを出せば満足することが多いのだが、彼はまだ落ち着いていないようだった。……ちなみに、俺は彼からキスをされた時点で独占欲と支配欲が満たされ、Domとしての欲は落ち着いている。彼が今日はとても素直で、すんなりと全てのCommandが通ったおかげだろう。それに、最近精神的に不安定になるような出来事もなかったし。

「“Look(見て)”」
「ん……」
「そのまま、“Stay(待て)”」

 目を合わせたままでいるように指示すると、彼は最初は言う通りに従ってくれた。しかし、俺が中々褒めないので、させようとしていることを理解したらしい。うろ、と目線が彷徨って、真っ赤な顔のまま俯いてしまった。――Commandに従えなかったのだから、お仕置き、しないとな。くすり、と小さく笑うと、彼の耳に口を近づけて呟いた。

「わるいこ」
「ひっ、」

 かく、と力が抜けたように俺の膝に身体を預けた彼を左手で支えながら、目の前に右手を差し出す。

「お仕置き。“Lick(舐めて)”」
「う、う~~……」
「俺のこと、気持ち良くできたらたくさん褒めてあげます」

 Safe wordを全く言い出そうとしないし、嫌がっている素振りもない為このまま続けても大丈夫だろう、と判断した俺は、彼の口元まで指を持っていった。少し迷いながらも、彼は赤い舌を俺の指に這わせていく。

「はあ、……ぁ、」

 お仕置きされているというのに、どうやら彼の方が気持ち良くなっているらしい。少し意地悪な俺の事も、結構好きだよな、この人。

「もっと」

 ぐり、と舌に押し付けるようにして指を口の中に差し入れると、彼はくぐもった声を出しつつも舐めるのはやめずに従ってくれた。それが愛しくて、支配欲が満たされて、つい舌を挟み込むようにして愛撫してしまう。

「ぁ、あ、……ふ、う」
「うん、気持ち良い。お仕置き終わり、です。“Good boy”、俺の愛しいSub」

 愛しい人、と言おうか迷ったが、こういう時の彼はSubとしてちゃんとできたかどうか不安がるので敢えて愛しいSub、と言った。肩で息をする彼は、どうやら自分にとって恥ずかしい指示にも従うことができて、俺に褒められたことから軽くSub spaceに入りかけているらしい。……そのまま幸せな世界に引き込んでしまおうか。
 ベッドに乗り上げて、“Come(おいで)”、と誘導しようと思ったのに、彼の中で何があったのか、ばちり、という感覚と共に彼が急に‟切り替わった”。その瞬間、俺の中でぐわり、とDomとしての思考が揺らぐ。やば、い。俺は、相手に合わせてしまうSwitchだから、このままだと、……。

「“Switch(切り替えて)”」
「あ、……っぐ、」

 ――ばちり。

 頭の中で、何かが弾ける。ああ、だめだ。もう、……。目の前の彼に従いたい。支配してほしい。独占してほしい。そんな欲が湧いて出てきて、目が潤んだ。

「でき、ました、……ほめて、」

 先程と完全に、体勢が入れ替わる。彼はベッドの上に腰掛けて、俺はかくり、と力が抜けたように彼の膝元に侍った。見上げると、そこには何を思っているかわからない、それでいて意思の強い瞳がある。戦闘中の時の彼の冷たい金色の瞳を思い出して、ぞくり、と背筋に何かが走り抜けていった。

「“Good(いいですね)”、えらい、えらい」
「ふ、ぅ……」

 髪を撫でられるのが、心地良い。……不満はないけれど、それでもどうして急に彼は切り替わったんだろうか。

「どうして、急に」
「貴方が、そうして欲しそうに、見えたので」

 Subの時と違って、Domの時の彼はそこそこ雄弁だ。区切りながらも、しっかりと放たれた言葉を耳がきちんと拾ってくらくらする。低音で、落ち着いていて、それでいて優しげな声。でも、独占欲が隠し切れていない声に、俺は熱い息を漏らした。

「そん、な、こと……」
「そうなんですか?」
「……。俺は、貴方を甘やかそうと、」
「本当のことを言ってください。“Speak(話して)”」
「う、あ、」

 愛しいDomからの指示。胸の奥がじくりとして、ああ、これに従ったらさぞ気持ちが良いだろうな、と理解する。……俺は天邪鬼だから、よくこうやってCommandで素直に話すように言われることが多い。

「あまやかし、たかった、けど。でも、俺も、同じくらいあまやかして、ほしかった、です」
「ふふ。……よかった、間違ってなかったんですね。“Good”、よく言えました」
「ん、……は、ぁ」

 褒められて、首筋に手を寄せられて、息が上がる。どうしよう、すごくきもちいい。まだCommandを2個しかもらっていないのに。

「Safe wordも確認しましょうか。“Say”」
「ぅ、……“銃と、剣”、です」
「そうですね」

 “Good”、と褒められて、力が抜ける。なるほど、確かに自覚していなかっただけで、俺はSubとしての欲求を溜め込んでいたらしい。俺自身でもわからないような変化に気づいてもらえたのが嬉しくて、彼の膝の間に割り込むと、そのまま体温を求めるように彼のお腹に擦り寄った。

「わ、ちょ、そこは……」
「ん、ぅ……?」
「……ベッドに、“Come”、そして“Roll(仰向けになって)”、です……」
「ふ、あ」

 Commandの重ね掛け。彼の意識下に入ってしまった俺は、躊躇することなくベッドに乗り上げて、仰向けになった。彼も添い寝するような形で、俺の横にいる。

「“Good boy”、よく、できました。……そのまま、眠りましょうか」
「ん、や、ぁ……もっと、」

 もっと欲しい。多幸感でふわふわとした頭で、もっともっとと彼に強請った。そんな蕩けた俺の青色の瞳と、まるで獲物を狙うような金色の瞳が交わって、腰がひくん、と跳ねる。

「ううん、……“Stay”、おれが止まれなくなりそうなので、……ね、お願いします」
「んぅ」

 ちゅ、と額にキスをされて、小さく身じろいだ。ちゃんと、待て、しなきゃ……。うと、うと、と段々と隣の体温に負けて意識が落ちていく。

「いいこ、いいこ……」

 きもち、いい……。蜂蜜を垂らしたぬるま湯のような甘い甘い空間に、とろりと沈んでいく気が、した。

 今日は良い夢が、見られる気がする。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

こたに
2023.06.14 こたに

まさかDom/Subでリバが見られるとは!!!
どっちの姿も見られるSwitchとリバ、天才的に良いですね……
さっきまでバリバリDomしてた方がSwitchしちゃうのがもうたまらなく大好きです💕
まったりふわふわな幸せMAX空間で、これはお互いサブスペ待ったなしかもしれませんね。
safe wordにもお二人の騎士としての誇りが現れていてとっっっても素敵です✨✨
最高に尊い作品をありがとうございます!!

Laxia
2023.06.18 Laxia

本当にしっかり読んでくださったのがわかる感想で、とっても嬉しいです…!✨
しかもセーフワードが騎士を意識していることもわかって頂けている…!  Switchでリバで、お互いにどちらにでもなれるというのが凄くいいですよね〜2度美味しい(?)
二人とも交互にサブスペースに入っているかもしれませんね笑
こちらこそ見て頂いて、そして感想まで頂いてありがとございました!🌸

解除

あなたにおすすめの小説

ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル

こじらせた処女
BL
 とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。 若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

ストレスを感じすぎた社畜くんが、急におもらししちゃう話

こじらせた処女
BL
社会人になってから一年が経った健斗(けんと)は、住んでいた部屋が火事で焼けてしまい、大家に突然退去命令を出されてしまう。家具やら引越し費用やらを捻出できず、大学の同期であった祐樹(ゆうき)の家に転がり込むこととなった。 家賃は折半。しかし毎日終電ギリギリまで仕事がある健斗は洗濯も炊事も祐樹に任せっきりになりがちだった。罪悪感に駆られるも、疲弊しきってボロボロの体では家事をすることができない日々。社会人として自立できていない焦燥感、日々の疲れ。体にも心にも余裕がなくなった健斗はある日おねしょをしてしまう。手伝おうとした祐樹に当たり散らしてしまい、喧嘩になってしまい、それが張り詰めていた糸を切るきっかけになったのか、その日の夜、帰宅した健斗は玄関から動けなくなってしまい…?

咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人

こじらせた処女
BL
 過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。 それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。 しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。