上 下
4 / 7

エーットー、ダレノコト?

しおりを挟む
「………………」

 悲しみに暮れている彼女は俺に返事をくれない。
 ちゃりちゃりと両手で大事そうに握りしめているネックレスに、俺の心はぎゅーっと締め付けられる。あれはおそらく、兄上がフローラ公爵令嬢に送ったというプラチナでできたネックレスだろう。

「………わたくしはなぜあの場に呼ばれたのでしょうか」

 今にも壊れてしまいそうな虚ろな視線が向けられた瞬間、俺は息を呑む。
 ぼろぼろに痩せこけ皺くちゃのネグリジェを身につけてなお、妖精姫と謳われるフローラ公爵令嬢は、その渾名を納得せぬわけにはいかないくらいに大層美しい。

「愚兄の残虐な性格ゆえかと」
「わたくしは今までの人生全てである16年をあのこのために捧げてきましたわ。全てを我慢して、あの子中心の生活を送って参りました」
「申し訳ございません」

 俺は彼女の人並外れた努力を知っているがゆえに、謝るしかできない。
 彼女は未来の兄上の妻として、未来の王太子妃として、未来の国母として、日夜、勉学やマナー等の様々なレッスンに睡眠時間を削って励んでいた。

 苦しかっただろう。
 悲しかっただろう。
 辛かっただろう。
 遊びたかっただろう。

 周囲の人間が遊んでいるのを横目に教育を受けることがどんなに辛いことか、俺は知っている。
 未来のためだと言われても、国のためだと言われても、受け入れられないことはある。

「わたくしはたった一夜で失った」
「我が愚兄の行動、弁明のしようもございません」

 美しい若葉の瞳に広がる真髄の闇に、俺のくちびるは情けなく震える。

「あのこの全てが愛おしかった。あのはわたくしの人生そのものだった」
「っ、」
(あぁ、兄上よ。あなたは何故、こんなにも真っ直ぐに自らを愛してくれる女性を粗末に扱ったんだ………!!)

 控えめに言って兄上の心情が理解できない。

「なのに、失う瞬間にすら立ち会えなかった」
「ん?」

 俺は表情がピシリと固まるのを感じた。

(いやいや、そこは普通立ち会えなくない?というか、婚約者が寝取られる瞬間を拝みたかったの?)

 大混乱に陥った俺は、ぱちぱちと何度も瞬きを重ねる。

「わたくしの愛おしいマックス。可愛いマックス。あぁ、あいつのせいで、バディーとかいうクズのせいで、わたくしは生まれた時からずっと一緒のあのこの死に目にすらも会えなかった!!」

 フローラ公爵令嬢の叫びに、俺は首を大きく傾げた。

「エーットー、ダレノコト?」

*******************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[短編]週末だけ犬になる俺を、ポーカーフェイスな妻が溺愛してくる

沖果南
恋愛
皇帝ウォーレンはうっかり週末に犬になる魔法にかかってしまった。なんだかんだいってのんびり犬生活をエンジョイしていたウォーレンだったが、ある日内緒にしていた完璧な妻カレンに犬の姿で出会ってしまい、大パニック。しかし、カレンは実は大の犬好きでなんだか様子がおかしくなっており――… 両片思い、恋愛要素はちょっぴり薄めのアホコメディです。頭を空っぽにして読んでください。 ・エブリスタで連載していた作品です。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

聖女にはなれませんよ? だってその女は性女ですから

真理亜
恋愛
聖女アリアは婚約者である第2王子のラルフから偽聖女と罵倒され、婚約破棄を宣告される。代わりに聖女見習いであるイザベラと婚約し、彼女を聖女にすると宣言するが、イザベラには秘密があった。それは...

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む

柴野
恋愛
 おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。  周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。  しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。 「実験成功、ですわねぇ」  イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

処理中です...