上 下
50 / 95

51 初めてのサイドメニュー

しおりを挟む

 カルビやハンバーグ、オムレツ、納豆やツナマヨの乗った軍艦や握りを満足いくまで堪能した結菜は、夢見心地で少し横に揺れていた。

「それだけで満足するのは早いぞ」

 だからこそ、陽翔に悪戯っ子のような笑みを向けられそう言われると、結菜は爛々に目を輝かせいた。彼の紹介するものにはハズレがなくて、どれも結菜の知的好奇心や舌を満たしてきた。そんな彼が、まだ結菜を満足させることができるものがあると言っているのだから、わくわくしないほうがおかしい。

 ーーーかこん、

 彼が漆塗りの大きな蓋のついた丼茶碗を結菜の目の前に置いた。ほかほかと温かいカップからはお味噌の匂いが薄く香っている。

「食べてもいいのですか?」
「お前が食べずに誰が食べるんだ?俺は食わないぞ」

 結菜は彼の言葉を受けて、ゆっくりと蓋を開ける。
 瞬間、むわっと白いものが立ち込めて、結菜の視界を一時的に奪う。鼻腔をくすぐるのは濃い赤味噌と潮の匂い。あまりにも食欲を誘う芳しい香りに、結菜はほうっと吐息をこぼす。湯気が落ち着いて視界を奪わなくなったお茶碗を覗き込むと、中にはアサリとワカメがたっぷり入っていた。赤味噌特有のお汁の濁りけとともに、海鮮の匂いが結菜の食欲を否応なしに刺激する。

「いただきます」

 お箸でまずはアサリを1つ口に入れる。彼に促されるままに貝を蓋に突っ込みながら、アサリを一噛み。じわっと広がる貝類特有の甘くてしょっぱくてほろ苦くて生臭い感じにほっぺたの中が幸せになる。
 もぐもぐと次々にアサリをむいては食べ、食べてはお汁を飲んで、飲んではアサリをむいては食べるを繰り返す。時々挟むワカメもなんだかアクセントになってお口の中が非常に幸せだ。

「ほら、こっちも食え」

 彼が口元に何かを持ってくるのを察して、結菜は雛鳥のようにかぱっと口を開けて彼が入れてくれるものをもぐもぐ咀嚼する。
 口の中にふわっとした優しくてねっとりした甘さが広がって、それがさつまいもの天ぷらであることを理解する。

「こっちも美味しいです」
「だろ?あとは………、」

 もぎゅもぎゅと彼が頼んだ複数のサイドメニューを食べながら、結菜は少し寂しさを感じた。結菜が今食べている茶碗蒸しが終わってしかえば、この机からは食べ物が消えてしまう。つまりそれは、帰宅時間を意味した。

『ご注文の商品が到着します』

 スプーンの進みがゆく理になり始めた頃に、またもや電子音がなった。結菜はそのことに驚きながらも、どこかそのことに安堵していた。最後の1口の茶碗蒸しをぱくっっ食べて、結菜は彼が下ろしているパフェとは違う方のパフェをおろす。

「これは………、」
「これもサイドメニュー。びっくりだろ?」
「はい。こんなものもあるのですね」

 きらきらとした結菜の瞳が見つめるのは、たっぷりの生クリームとフレーク、ドライフルーツ、アイスクリームで彩られたフルーツパフェとチョコクリームに麦チョコ、可愛い形にデコレーションされたチョコレートにチョコアイスのチョコチョコ祭りなパフェだ。

「どっちがいい?」
「はるくんはチョコパフェですよね?」
「ーーー俺はどっちでも」
「じゃあフルーツパフェで」

 結菜はふわっと微笑むと素早くフルーツパフェを手に取り、先程見つけていたスプーンを彼に手渡す。

「アイスが溶けちゃう前に食べましょう」
「あぁ」

 きらきらと中に散りばめられているフルーツという名の宝石が眩しく光るアイスクリームに、結菜は持ち手の長い銀のスプーンを柔らかく入れる。見た目よりも溶けているらしいアイスはスプーンに触れるとほんの少し溶ける。
 甘い香りのするアイスクリームは、口の中に入れた瞬間じわっととろけて口の中にまったり広がる。濃厚なバタークリーム味のアイスクリームが、フルーツと一緒にお口の中でタップダンスを踊る。幸せな味にくちびるがもにょもにょとなってしまう。

「美味いか?」
「はい!」

 もう1口分スプーンで取って、結菜はスプーンの下に手を添えながら彼の方にスプーンを向ける。

「はるくんも」

 陽翔は結菜の行動に目を見開いた後、ほんの少しだけ目尻を赤らめてくしゃっと笑った。

「あぁ」

 無防備に開けられた口の中にアイスを入れると、彼は美味しそうにアイスを食べる。その笑みが、幸せそうな空気が、彼の雰囲気そのものが、結菜の南極の氷のようにガチガチに凍っていた心に温かいお湯をあげてくれていたことに、結菜はやっと気がついた。

(幸せになってしまった分、心の氷を作り直さないといけない分、これからの人生で苦労しそうです)

 満更でもない笑みを口元に浮かべた結菜は、彼から与えられるチョコレートアイスを口に入れながら、幸せを噛み締めたのだった。

 初めてのサイドメニューは、本当に美味しくて、結菜に今の自分を、どうしてこんなにも自然な表情ができるようになったのかを教えてくれた。

*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

旦那様が不倫をしていますので

杉本凪咲
恋愛
隣の部屋から音がした。 男女がベッドの上で乱れるような音。 耳を澄ますと、愉し気な声まで聞こえてくる。 私は咄嗟に両手を耳に当てた。 この世界の全ての音を拒否するように。 しかし音は一向に消えない。 私の体を蝕むように、脳裏に永遠と響いていた。

処理中です...