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30 彼の手

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 恥ずかしい思いをいっぱいしたお昼ごはんのあと、結菜と陽翔は何事もなかったかもように教室に戻った。
 彼はすぐに眠り始めてしまったし、結局結菜は昼から暇人に戻ってしまった。勉学はもう面倒くさくなったから真面目に受けるのを今日から辞めた。3日目まで真面目に受けただけ、普通よりも異常だろう。

 結菜は頑張った。

 ノートにイラストを描いて遊んでみたり、ペンを授業中に回してみるというのは存外楽しかった。みんなが授業中に自由に遊んでいる理由が分かる気がする。
 午後の授業時間はあっという間に終わっていった。暇をしていると時間が過ぎるのを遅く感じたが、放課後になって楽しみの時間がやってくると時間が過ぎるのはあっという間になった気がした。

「………じゃあ、行くか」

 ふぁうっと欠伸をしながらやってきた彼は、寝起き故かとても色っぽい。というか、艶やか。女として負けた気がする。
 でも、やっぱり楽しみなのは事実で、結菜は負けたことよりも今日のこれからのことの方が楽しみだ。

「はい!」

 今日彼が連れて行ってくれるのはカラオケ、ボーリング、スポッチャ、回転寿らしい。本当にワクワクが止まらない。結菜はくまさんが揺れる鞄を持ち上げて彼の手をとって早く早くと下駄箱に向かう。

「ふっ、………そんなに急がなくても大丈夫だ。カラオケは逃げない」
「ぼ、ボーリングやスポッチャ、回転寿司は逃げるかもしれませんよ?」
「逃げないから」

 呆れたように言った彼は結菜の頭を優しくぽんぽんと撫でた。
 こんなことでは誤魔化されないと言いたいところだが、幼い頃から邪魔者扱いをされてあまり頭を撫でられなかった結菜は、存外頭を撫でられるということが好きらしい。
 誰にも愛されないということは存外結菜の心に深く刺さっていたようだ。そんなことを他人事のように考えながら、結菜は繋いでいるひんやりとした彼の手をもじもじと握ったまま触ってみた。

(大きいし、形も綺麗………。わたしよりもしっかりとお手入れがされている手です。それに、………男の人の手………)

 まだ結菜が双葉の娘として相応の扱いを受けていた頃、父や兄はたまに気が向いた時だけ結菜の相手をしてくれた。結菜とは違う男の人の手で、結菜の手を握って、正しい道に導いてくれた。
 だからだろうか、とても懐かしい気がした。

『ゆな!!』

 目を閉じればありし日を思い出す。
 同い年くらいの腕にたくさんの点滴を刺した男の子が、結菜の手を引いて歩く。結菜はとても嬉しくて、楽しくて、幸せで、ほんの少し思い出しただけなのに心がぽかぽかになった。逆光のような影のせいで、今回も男の子の顔は見えない。でも、わずかに見える口元は弧を描いていたような気がした。

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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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