上 下
3 / 17

王子さま

しおりを挟む

「………………?」

 いつまで経っても痛みがやってこないことに違和感を覚えたユティカが視線を上げた先には、共に卒業する留学生の背中。

「———この国の王太子殿は、無抵抗なうら若き乙女に手を挙げるような、どうしようもない下衆であったか」

 留学生の青年が発する地を這うような低い声に、ユティカはぱちぱちと瞬きを重ねる。

「貴様っ!!何様のつもりだ!!」

 留学生の漆黒の短髪が鈍く輝く。
 彼によって軽々と押し留められていたレオナルドのナイフが床へと投げ出される。それに従い、身に纏っていた肩掛けジャケットがばさっと音を立てて広がり、内側に身につけている軍服の胸にある徽章をあらわにする。

「………名乗りが遅れたようで申し訳ない。俺の名はアオライト・グレン・ラインバード。ライバート帝国第3皇子だ」
「———は?………………お、お前が、先の戦争でたった1人で1部隊を壊滅させたという血塗られた第3皇子?ば、ばかも、休み休み」
「冗談に聞こえたのであれば、お前は大層救いようの無い耳を持っているようだな」

 深い海色の瞳を細め全身に殺気を纏ったアオライトに、毒気を抜かれて怯え切っているレオナルドは、顔色を真っ青にし、1歩、また1歩と遠ざかっていく。

「好いた女を大事にできない男など、生きる価値も無い。これ以上俺を不快にさせる前に、早々に失せろ」
「ひ、ひいぃっ!!」

 自分自身にその視線を、殺気を、声を向けられているわけでは無いのに、全身が激しく震える。正常な判断ができなくなる。
 ユティカはふるふると震えながら、けれど、ずっとずっと感じている感覚に内心首を傾げていた。

「お、覚えてろよっ!!」

 三流の悪役にも満たない捨て台詞を叫んで会場から走り去ったレオナルドを横目に、ユティカはゆっくりとカーテシーをする。

「………助けていただきありがとうございました、アオライト殿下。このご恩、決して忘れません」

 全身にびりびりと突き刺さるありとあらゆる人の視線が、痛い、辛い。

「………ユティカ公爵令嬢、断りにくい場面であることは重々承知しているのですが、もしよろしければ、俺にあなたの時間を少しばかりいただけませんか?」

 先程とは打って変わってとても優しい海色の瞳が、表情が、甘やかにユティカへと注がれる。

「はい」

 自然と頷いたユティカは、そのままアオライトによって奥の小部屋へと連れて行かれたのだった———。

*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
次の話は9時更新です!!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤミのマギア~ヤンデレ♂がヤンデレ♂しか登場しない乙女ゲームのヒロイン……の親友キャラ♀に転移した~

桜野うさ
ファンタジー
内藤宗護(ないとう しゅうご)には愛する女性がいた。 いつものように家を盗聴していたら彼女がピンチに…! 彼女を助けようとするも、刺されて死にかける。 目覚めたら、ずっとプレイしていた乙女ゲーム『ヤミのマギア~少女は孤島で溺愛される~』のヒロイン……の、親友キャラに転移していた。 そしてヒロインには宗護の愛する川合井陽彩が転移していた。 彼女を助けるためにはこのゲームのトゥルーエンドに到達する必要がある。 そのために、宗護は乙女ゲームの攻略キャラクターたちを全員攻略することにした。 全寮制の魔法学園で高校生活を送りながら、女になったヤンデレ♂はイケメンを堕として行く……。 ※BL作品ではありません。むしろ百合要素があります。 胸キュンな甘い恋愛はありません。 学園恋愛ものに見せかけて、ダークな設定とホラーっぽい演出があるコメディのようなシリアスのような小説です。 作中に出て来るゲーム内容は乙女ゲームの皮を被った鬱ゲームです。 キャラクターの大半には鬱設定があります。 ※男性→女性のTS要素を含みます。 ※カクヨム版とほとんど同じ内容です。

悪役令嬢のプロがまさかの逆ハー溺愛ルート!?〜30回目の悪女はバグ世界で生き残ります!!〜

神崎由紀
ファンタジー
乙女ゲーム制作会社の会社員として悪役令嬢となった。 30回目の仕事。今回も上手くやろう、そう思っていた。だが、まさかの世界はバグだらけで!?…

婚約破棄が始まりの鐘でしたのよ?

水鳥楓椛
恋愛
「オリヴィア・ルクイエム辺境伯令嬢!貴様との婚約を破棄する!!貴様の能面には耐えられんし、伯爵家ごときが俺の婚約者などまっぴらだ!!」  王立学園の卒業パーティーの会場である学園の大広間の中央にて、事件は唐突に、そして着実に起こった。 「……………承知いたしましたわ、アレク殿下。  どうかお元気で。———あなたの未来に幸多からんことを」  1週間後、とある事件で国王に問い詰められたオリヴィアは微笑みを浮かべながら言った。 「婚約破棄が始まりの鐘でしたのよ?」  始まるは2人の復讐劇。  復讐の始まりはいつから………?

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

死に役はごめんなので好きにさせてもらいます

橋本彩里(Ayari)
恋愛
フェリシアは幼馴染で婚約者のデュークのことが好きで健気に尽くしてきた。 前世の記憶が蘇り、物語冒頭で死ぬ役目の主人公たちのただの盛り上げ要員であると知ったフェリシアは、死んでたまるかと物語のヒーロー枠であるデュークへの恋心を捨てることを決意する。 愛を返されない、いつか違う人とくっつく予定の婚約者なんてごめんだ。しかも自分は死に役。 フェリシアはデューク中心の生活をやめ、なんなら婚約破棄を目指して自分のために好きなことをしようと決める。 どうせ何をしていても気にしないだろうとデュークと距離を置こうとするが…… まったりいきます。5万~10万文字予定。 お付き合いいただけたら幸いです。 たくさんのいいね、エール、感想、誤字報告をありがとうございます!

完 バレンタイン前、好きな人にチョコの作り方を教えてって言われました。僕、玉砕っていうことでええんよね?

水鳥楓椛
恋愛
 甘露寺芳々央のクラスには、否、彼の隣の席には“お姫さま”がいる。  ふわふわと綿飴みたいに柔らかなミルクティー色の髪に、ラムネみたいな涼しげな瞳を持つハーフの女の子、姫野きなこ  芳々央は隣に座る彼女に恋をしていた。  しかし、彼女は芳々央に言った。 「わたしに、チョコレートの作り方を教えて欲しいのです。バレンタインで、好きな人にチョコレートを渡したいのです」  玉砕した芳々央は可愛い彼女のために得意なお菓子作りを伝授する。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...