ほたる祭りと2人の怪奇

飴之ゆう

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2章:幽明ヶ原

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追った先にあったのは寂れた武家屋敷の様な場所だった。赤色はその屋敷の門をくぐっていく。二人も後を追いおそるおそる門をくぐった。

「はあっ……ここに、来たはず……」

呼吸を整えつつ辺りを見回す。広い庭だが、荒れ放題だった。例の赤色は見当たらない。
もうどこかに行ってしまったのだろうか?
そう思い裏に探しに行こうかと思ったがふと、池が目にはいる。夕日に当たりキラキラと輝いていた。こんな寂れているのにきれいな水が張ってある。疑問を持った螢は信乃を呼び二人で池を覗き込んだ。池には三匹の小さな錦鯉が泳いでいた。螢が水面をつつく。

「鯉、だね」
「そうだな……でもなんか」

あの赤色と似ている──。と口にすると鯉がこちらを向いた気がした。もしかしてこの鯉達も妖怪──。
そう思うと同時、ちゃぽんと鯉達が池から飛び出てきた。二人がそれに驚いていると、さらにその鯉はボンッという音と共に白い煙に消える。風がサァッと吹き、晴れた煙の中から出てきたのは三人の子供。全員水干すいかんを着用していた。

「アレー? モウバレチャッタ……緋鯉ひごいガ遊ビスギタカラ。ワタシモ遊ビタカッタ……」

子供の一人、もみあげだけが長いボブカットの子ががっかりしたように言った。緋鯉、と呼ばれた額と首に傷があるおかっぱ頭の子はクスクス笑うと楽しそうに答えた。

「ダッテ、ショウガナイジャン! 人間ガ、コッチノモノヲ食ベヨウトシテタカラ!」

そんな緋鯉に対し切り揃えられた髪を結んだ子が此方に頭を下げ謝った。

「申シ訳ナイ……悪気ハナカッタノデス。緋鯉ガ言ッタノハ嘘デハナイ。許シテヤッテホシイ」

螢と信乃は頭を下げた子供に気にしなくていいと言った。すると、ボブカットの子が螢にどうしてここに来たのか、本当に人間なのかと矢継ぎ早に質問した。そんな子を先程謝って来た子が制止した。

「落チ着ケ、菊鯉きくり。マズハ我々ノ名ヲ告ゲルベキダ」

菊鯉と呼ばれた子は、ハーイ! と返事をして二人に自身の名を告げた。

「ワタシハ、菊鯉! ナマノ人間ナンテヒサシブリ! ドウゾヨロシク! デ、コッチノハ……」

菊鯉が後の二人に目を向けた。

「先程ハ失礼シマシタ。私ハ鯉乃進こいのしん

先程謝って来た子が鯉乃進。他二人に比べて静かだが、好奇心はあるようで螢と信乃を興味津々で見つめている。

「デ、オレガ緋鯉! サッキハアブナカッタナ!」

おかっぱ頭の子が緋鯉。螢は三人に兄弟なのか聞くと鯉乃進は頷く。鯉乃進がリーダーらしいが、長男や長女といったものはないという。



「ねぇ、貴方達は鯉の妖怪なの? さっき緋鯉が言ったこちらの物を食べたら戻れないって……」

そう聞いた螢に緋鯉は頷いた。こちらの世界の食べ物を口にすると、体のなじみが早くなり、戻ることが困難になるらしい。この間授業で触れた古事記「黄泉の国へ」に登場する黄泉戸喫よもつへぐいに似ている、という考えが信乃の脳裏をよぎる。しかしそうなるとここは『あの世』ということになってしまう。信乃は愕然とした。ここはあの世なのかと──。

「まっ、え……なぁここはあの世なのか?」

そう聞く信乃に青ざめる螢。そんな二人対し鯉の妖怪は不思議そうにしていた。

「エ、ソウダヨ? アレ、ココガドコカ聞イテナイノ?」

逆に菊鯉が信乃に問いかける。

幽明ヶ原ゆうめいがはら……って、雨女に聞いた」

鯉たちがそろってうんうんと頷いた。

「『幽明ヶ原』ノ『幽明』ノ意味ハ知ッテル?」

鯉乃進の問いかけに首をふる螢と信乃に緋鯉が続ける。

「幽明ハ、死ノ世界……幽界ゆうかいト、コノ世ト言ウ意味デモアルノ」
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