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5章 願わくは、愛を
3話 向き合う
しおりを挟む数日後。
『ただいま姉さん。一週間後、大丈夫って言ってたよね?リリーが遊びに来てくれるって!』
終業式から帰ってきたマシューがにこにこと告げたこの言葉に喜びやら焦りやらでおたおたしたのをはっきりと思い出せる今日。
ついにリリアンネさんが我が家に遊びにくる日。
「大丈夫?さすがに俺は一緒にいれないんだけど…。」
「だっ大丈夫ですわ。途中までマシューもいてくれるし…!」
リリアンネさんを迎えに行っているマシューを待っている間、昨日カウンセリングという名のお茶会に来てそのまま泊まってもらったオーリとリビングで話していた。
好きな人と一緒というドキドキと、リリアンネさんとはじめてまともに喋るというドキドキでわたくしの心臓はもちそうにない。
ただ、オーリといると心休まるのも確かなので少しの間だけでも!と付きあってもらっていた。
「大丈夫、エル様。ダズフストさんもエル様が休みはじめてからとても心配していたよ。ダズフストさんはエル様のこと嫌っていないから。」
「そっそれも心配だけど…わたくし、女の子とあんまり喋ったことがないのよ…。何を話せばいいの…?」
「それを聞いてみればいいのでは…?俺も、女子のことはよく分からないので…。」
オーリとあーだこーだ話していると、ノックの音がする。
「お嬢さま、お客様がいらっしゃいました。」
扉の外から聞こえた声はわたくしを呼びにきた執事のもので…。
「そんなっ!まだ何も決まってないのに…!」
「がんばれエル様…。戻ってきたら話は聞いてあげるから…!」
ぐっと親指をたてるオーリを恨みがましく見つめ、行ってくるわと呟きリリアンネさんが待つ部屋に向かう。応接室だと仰々しい感じがするので、わたくしたちがよくお茶をする部屋に通してもらっていた。
ドキドキと緊張する心臓を落ち着け、深呼吸をひとつしてから扉をノックする。すると、扉が中から開き、笑顔のマシューが出てきた。
「姉さんどうぞ!」
マシューに招かれ部屋に入ると、今日もかわいらしいふわふわのストロベリーブロンドの髪をした少女が、よそ行きらしい服を着て席に座っていた。
「あ!えと、本日はお招きいただきありがとうございます!」
ぴょんと立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした少女…リリアンネさんは、貴族らしくはないが可愛らしさが溢れている。しかし、彼女を見ても暗い感情は浮かばず、ただ一人の少女として見れていることに安堵する。
「楽にして、いいわよ。座ってちょうだい。」
「あ、ありがとうございます!あの、体調は大丈夫ですか…?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。」
少し声が固くなってしまった気がする。対するリリアンネさんも様子をうかがうような、恐る恐るといった雰囲気で話しかけてきた。
「姉さんもリリーも、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。」
苦笑したマシューが間に入ってくれる。
「リリー、姉さんは顔は怖いって言われるけどとても優しくて可愛い人なんだ。人にちょっと冷たく当たっちゃうことがあるけどそのあとに一人ですごく後悔しているんだよ。」
「なっちょっマシュー!?」
「今回も、リリーに怖がられてないか、とか嫌われてるんじゃないかって、ずっと不安そうにしてたんだ。」
何を言い出すのだマシューは。そんなこと言われたって、リリアンネさんも困るだろう。嫌われている覚悟は出来ている。
確かに友達になれるだろうか、とか怖がられてないか、とか心配してたけど…。
後悔先に立たずとはまさにこういうことで、今までの態度を今さら悔やんだって過去には戻れない。実際冷たく当たっていたのはわたくしだし、ただの自業自得の自己嫌悪だ。
実はこれこれこうで~と、今さら言われたってリリアンネさんにも迷惑だろう。
そう、マシューに伝えようとしたのを遮るかのように、リリアンネさんが口を開いた。
「そんなことないです!あの、確かにエル様ははじめはちょっとこわかったし、いつも怒ってるみたいで近寄りがたかったんですけど…。でも、私のこと助けてくれたり庶民出の私にマナーとか色々教えてくれたりして…あの、嫌いになんてなってません!!と、戸惑いはありますけど…。」
だんだんと小さくなっていく声。
「マシュー様に倒れたって聞いて、心配しました。私がもっとしっかりしていればエル様に余計な心労をかけずにすんだのに…!って思って…。」
だけれどしっかりとわたくしの目を見て話してくれるリリアンネさん。この子はただ可愛いだけじゃない。きちんと人に向き合える子で、だから愛されるのだ、と。そう思わせる目だった。
「貴女のせいではないわ。心配してくれてありがとう。
話せば長くなるのだけど…わたくしの問題だったのよ。」
あれはわたくしと私の問題が百割─これを言ったらオーリに俺たちにも非はある、と怒られたけれど─であって他の人たちは悪くない、とわたくしは思っている。ましてリリアンネさんは欠片も悪いところなんてない。むしろ被害者である。
そんな思いをこめてきっぱりと否定した。
「貴女に酷い態度をとったわ。ごめんなさい。許してくれとは言わないわ。
貴女に冷たくあたってしまった理由の一つなんだけど…言い訳にしかならないのは分かっているわ。
…わたくし…女の子と話したことがなくって…。女の子のお友達もいなくって…。そもそも人とあまり関わってこなかったというか…人との接し方が分からないというか………。」
これではただのコミュ障だ。いや間違ってはいないが…。今までいろんなことから目を背けて人付き合いをまともにしてこなかったツケである。自覚したの最近だけれど…。
自分で言ってて思うが、わたくしはまだきっと、幼い…。人付き合いに関しては赤子同然だ。
「こんなわたくしだけれど、あのね、リリアンネさんがよかったら…。」
でも、これからはちゃんと…ちゃんと向き合っていくと決めたのだ。そう思いリリアンネさんの目をわたくしもしっかりと見る。
どきどきと、心臓がうるさい。この言葉はこんなに緊張するものだったか…。わたくしがずっと逃げていた人と向き合うことは、こんなにもこわいものなのだ。
ある程度知っているオーリやマシューと向き合うのですら苦労しているのだから、ほぼ話したことのないリリアンネさんと向き合うのに緊張するのも必然だろう。
一度ぎゅっと目をつむり呼吸をととのえ、もう一度リリアンネさんの目を見つめる。
「わたくしとお友達になってくれないかしら…?」
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