英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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66.あの人へ恩返し

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「わざわざ呼び立ててすまないな」
「いえ、とんでもありません」

 改めて説明したいことがあるから、とユーリが呼び出された先はいつもの青の間だった。待ち構えていたのが国王と王妃と知って、緊張しながら向かいに座る。もちろん、隣にはしっかりとフィルが座っている。「あなたは呼んでいないわ」と王妃に苦言を貰ったが、帰る気はないようだ。

「そこまで畏まることではない。そなたの今後の待遇と仕事について説明しておきたくてな」
「父上。そんなことであれば、俺から――――」
「フィルの口から説明させるには不安が残る。それにこれは国としてどう遇するかという話だ」

 国王にぴしゃりと言われ、反論もできずにフィルが黙る。

「披露目が終われば、今手がけている古書の解読だけでなく、他国の遺跡に赴いて碑文を解読する、といった仕事も任されるだろう。もちろん、国外に出る際には護衛としてそこの脳筋息子を付けるが」
「父上、その呼び方はやめてください」

 フィルの懇願に眉一つ動かすことなく綺麗に無視して、国王は続ける。

「フィルの――竜人の番になったことで寿命も延びたことだから、仕事を急かされる度合いは少なくなったことだろう。こちらとしても、それを理由に仕事の間隔を調整する予定だ」
「ありがとうございます」

 彷徨い人でなくてはできないことがあり、今現在、彷徨い人はユーリ一人である以上、重くなりそうな負担を軽減してくれる、というのならそれに甘えたい。ユーリは小さく頭を下げた。

「君の世界の知識を得るために、各国の研究者などと意見を交わす場を定期的に開くことになる。もちろん、ソレを付き添わせるが、できるだけソレの手綱を握っておいてもらえるか。ちょっとでも強引な者がいただけで暴走しかねん」
「父上、言うに事欠いてソレはひどくありませんか。そもそも、俺のユーリに失礼な物言いをする者は粛清してしかるべ――」
「フィルさん、ストップ」

 ユーリはすぐさま、隣に座るフィルの手をぎゅっと握る。途端にフィルはその口を閉じた。手を握り返し、伝わる温度と番と繋がっているという実感から頭が冷静さを取り戻し、そして番を不快にさせないようにという最優先事項に従う。

「できる限りご期待に添えるよう努めます。……けれど」
「何か気になることがあるなら、言ってごらん」

 ユーリは懸念を口にしていいものかと逡巡する。だが、国王に促され、口を開いた。

「過去の彷徨い人がどのような知識や技術を持ち込んだのかは知らないのですが、異世界からもたらされた知識に頼り切りになるのはどうかと思ったんです」
「あぁ、なるほど。そういうことなら心配はない。別にこちらとしても異世界の知識を鵜呑みにしているわけではないからね。クレットとも話をしただろう? クレットは君の話からこの世界で応用が利きそうなものを取捨選択しているはずだ。……そうだな、『もたらす』という言葉が誤解を与えているのかもしれないが、遠い世界との異文化交流のようなものと考えてみるといいかもしれない。君の世界でも、遠い国がもたらした文化の流入によって変わったものと変わらなかったものがあるのではないか? そのぐらいに軽く考えてくれればよい」

 軽く考えて、と言われても、歴史の授業で習ったことを思い返せば、そこまで軽く考えられない、と思った。大陸から渡来した宗教を考えても、開国後に伝わったあれこれを考えても、やはり影響力が強すぎる。ちゃんと考えて話さないとダメだな、とユーリは強く決心した。

「他に何か君からの要望があれば、こちらとしてもできる限り応える用意はあるが」

 そんなふうに国王に水を向けられたとき、脳裏に思い浮かんだのは屈託なく笑う女性の顔だった。だけど、それを願うのは単なるエゴなのではないかという思いが、口にすることを躊躇わせる。

「ユーリ」
「……ありがとうございます、フィルさん」

 彼女の不安を感じ取ったのか、触れた手をぎゅっと強めに握られ励まされる。きっとさっきのお返しなんだろうな、とユーリの心が少しほぐれた。

「……初めてこの世界に来たときに、すごくお世話になった人がいるんです。その人に、何かの形でお礼をしたいと思うんですが、何をお返しにしたらいいか分からなくて、その、相談にのっていただけませんか?」
「それは、以前、話していた人かしら? 確か、獣人の?」
「はい。あの人――シャナがいなければ、私はきっと初日で野垂れ死んでいたかもしれません」

 そう口にした途端、隣で行儀良く座っていたはずのフィルが、ユーリの身体を勢いよく抱き込み「そんなこと、俺が絶対にさせなかった!」と暑苦しく宣言する。もはやそれをいちいち否定したり宥めていても話が進まないと悟ったユーリは、おざなりに腕をぽんぽんと叩いて「落ち着いてください」アピールをするに留めた。

「今はトゥミック将軍の元で故国復興の手伝いをしているかと。俺から番を保護してもらったお礼として援助金や物資を送ろうかと考えているのですが」
「フィルさんの案だと、私からのお礼という感じがしなくて、その何かいい案があれば、と思ったんです」
「ふむ、それこそ異世界知識の提供が相応しいのでは? 魔獣に荒らされた大地から復興するには金がいくらあっても足りないだろうから、金を生むような技術でもいいだろう。農地や都市建築のための知識があればそれでもよい。獣人の特性や、西側の土壌についてはクレットに確認してみなさい」

 そんな簡単に知識チートができるだろうか、と考えたユーリだったが「ありがとうございます、考えてみます」ととりあえずは頷く。過去に読んだことのあるラノベでは、連作障害からの休耕地の導入または腐葉土による地力向上などがあったが、農具について調べてみてもいいかもしれない。

(頑張って考えてみよう。シャナに恩返しできるなら、頭がキリキリするぐらい考えたっていいもの)

 当時を思い出せば、どれだけ恩を返しても返しきれない。この場では「野垂れ死んでいたかもしれない」と可能性を示唆したが、おそらく野垂れ死んでいただろうと思う。文字通り、右も左も分からない状況で、手を差し伸べてくれたのはシャナだけだったのだから。非常事態下ということで治安も良くなかったし、休む場所や荷物の隠し場所についてもレクチャーしてくれなければ、どうなっていたことか。今でも思い出しては震えがくる。
 そんな思いを察したのか、隣のフィルがそっと腰に手を回して抱き寄せてくれた。そのぬくもりに、大丈夫。ちゃんと生きている、とユーリの胸にあった冷たいものがゆっくりと溶けていくのを感じていた。

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