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52.『番の誓約』の本質
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せっかくイングリッドが王族貴族ではないと聞いてホッとしたユーリだったが、武力の面では要注意だと釘を刺され、思ってもいない内容に目をぱちくりとさせた。
「あのフィルと同等、もしくはそれ以上に魔物を屠ったのです。もし、何かのきっかけでイングリッド殿が暴れることになれば、被害なくそれを止めることは難しい。そういうことです」
フィルと同等と言われ、ユーリはここへ来る途中のことを思い出した。角の生えた巨体の熊を、フィルが文字通り瞬殺したことだ。
(あれと同じくらい、強い? あの人が?)
ユーリはちゃんとイングリッドを見たわけではないが、小柄で非力な少女というたたずまいだったことは覚えている。それなのに、鍛え上げられた身体を持つフィルと同じくらい強いとは、とても信じられなかった。
「ですから、丁重におもてなしをして、とっととお帰り願いたいというのが本音ですね」
「えぇと、世間知らずの私では、気分を害される恐れがあるということで良いんでしょうか」
「違います」
「え?」
即座に否定され、ユーリの頭に疑問符が浮かぶ。
「あの魔女殿は探究心の塊です。あなたが彷徨い人と知れば、ずっと居着かれてしまうでしょう。いえ、もっと強硬手段に出てくるかもしれない。だからこそ、あなたの存在を隠しました」
「探究心の塊……」
王妃の使った「探究心の塊」という言葉が、何故か「マッド・サイエンティスト」に聞こえてしまったユーリは、ぶるっと身体を震わせた。
「現時点で疑問に思っていることは、もうありませんか?」
「あ、あのっ、『番の誓約』について、なんですけど」
この場が打ち切られそうな雰囲気に、ユーリはイングリッドのセリフを思い出して、慌てて声を出した。
「イングリッド様が、『番の誓約』をしていないから、私とフィルさんの間にパスが繋がっていない、と言っていたんです。……私は、『番の誓約』は単にお互いの場所が分かるようになるぐらいのものだと思っていたんですが、違うんでしょうか?」
その質問に、王妃とレータは揃って額に手をやった。あまりに同じタイミングで同じ仕草をされてしまったので、逆にユーリは不安になる。
王妃はちらりとレータを見て、王太子も同じく王妃を見た。
((彼女の理解不足ではなく、フィルによる意図的な情報制限では?))
母子の心配は一致していた。先に答えを告げるべく口を開いたのは王妃だ。
「あの子は、大事なことが抜けているのか、それとも、それだけ自信がないのか。本当に考えの浅い息子でごめんなさいね」
「え?」
質問とは全く異なることを言われ、ユーリは困惑する。
「同種族であれば、いまユーリさんが言った程度の理解で問題ないんだよ。ただ、異種族間や実力差が極端な場合は少し変わってくるのが『番の誓約』の性質で」
レータは一度言葉を切り、そして、改めて告げる。
「ユーリさんに一番影響のある話をすると、二人の間で寿命が均されるんだ」
(あああぁ~~~~っ!)
ユーリは心の中で大絶叫して頭を抱えた。
(小説でもあったじゃん。サブキャラだったけど、寿命差があって切ない感じのカップルが! どうして忘れてたの、私ぃ!)
自分の間抜けっぷりを散々に罵倒して、ようやく顔を上げる。心配そうな表情の王妃とレータに対し「すみません、ちょっと取り乱しました」と謝ってから、この世界に住む様々な人種の平均年齢について尋ねることにした。
そこも教えていないのか、という呻きとともにレータに説明されたことをまとめると、人間の寿命は80年前後と医療・衛生がそれほど発達しているように見えない割りに魔法の助けがあるせいか、母国とあまり変わらないことが分かってホッとしたユーリだったが、獣人が60年前後とやや短いことに驚き、エルフや竜人に至っては魔力保有量に左右されるものの軽く数百を超え、長い者は四桁になると説明されて、魂が抜けそうになった。
「つまり、その誓約をしてしまえば、フィルさんの寿命は半分になってしまうということでしょうか?」
「あぁ、誤解させてしまったね。寿命を均すというのは純粋に足して二で割るということではないんだ」
レータは水槽とフルートグラスに例えて説明し始めた。人にはそれぞれ器があり、フィルが水槽だとすると、人間であるユーリはシャンパンを飲むときなどに使われる細長いフルートグラスのようなものだと。水がいっぱいに満たされた水槽からフルートグラスに水(=生命力のようなもの?)を注いで水の深さを合わせたとしても、水槽の水の深さはあまり減らないだろう、と。
「フィルさんの今の年齢って、いくつぐらいでしたっけ」
「フィルは……、えーと、まだ100に届かないぐらいだったかな? 細かい数字は本人に確認してみてくれるかな」
「イエ、イイデス……」
ユーリは、このままだと自分の寿命が途方もない数字になりそうだと遠い目をしながら、王妃と王太子に丁寧にお礼を言って自室へと戻って行った。
「大事なことでしょうに、意図的に隠していたのかしら」
「フィルのことですから、寿命が長くなるのは良いことだ、ぐらいにしか思っていないかもしれませんよ、母上」
「……はぁ、本当に困ったものね」
なお、さらに残念認定された三男には、何度目かの説教が待っていた。
「あのフィルと同等、もしくはそれ以上に魔物を屠ったのです。もし、何かのきっかけでイングリッド殿が暴れることになれば、被害なくそれを止めることは難しい。そういうことです」
フィルと同等と言われ、ユーリはここへ来る途中のことを思い出した。角の生えた巨体の熊を、フィルが文字通り瞬殺したことだ。
(あれと同じくらい、強い? あの人が?)
ユーリはちゃんとイングリッドを見たわけではないが、小柄で非力な少女というたたずまいだったことは覚えている。それなのに、鍛え上げられた身体を持つフィルと同じくらい強いとは、とても信じられなかった。
「ですから、丁重におもてなしをして、とっととお帰り願いたいというのが本音ですね」
「えぇと、世間知らずの私では、気分を害される恐れがあるということで良いんでしょうか」
「違います」
「え?」
即座に否定され、ユーリの頭に疑問符が浮かぶ。
「あの魔女殿は探究心の塊です。あなたが彷徨い人と知れば、ずっと居着かれてしまうでしょう。いえ、もっと強硬手段に出てくるかもしれない。だからこそ、あなたの存在を隠しました」
「探究心の塊……」
王妃の使った「探究心の塊」という言葉が、何故か「マッド・サイエンティスト」に聞こえてしまったユーリは、ぶるっと身体を震わせた。
「現時点で疑問に思っていることは、もうありませんか?」
「あ、あのっ、『番の誓約』について、なんですけど」
この場が打ち切られそうな雰囲気に、ユーリはイングリッドのセリフを思い出して、慌てて声を出した。
「イングリッド様が、『番の誓約』をしていないから、私とフィルさんの間にパスが繋がっていない、と言っていたんです。……私は、『番の誓約』は単にお互いの場所が分かるようになるぐらいのものだと思っていたんですが、違うんでしょうか?」
その質問に、王妃とレータは揃って額に手をやった。あまりに同じタイミングで同じ仕草をされてしまったので、逆にユーリは不安になる。
王妃はちらりとレータを見て、王太子も同じく王妃を見た。
((彼女の理解不足ではなく、フィルによる意図的な情報制限では?))
母子の心配は一致していた。先に答えを告げるべく口を開いたのは王妃だ。
「あの子は、大事なことが抜けているのか、それとも、それだけ自信がないのか。本当に考えの浅い息子でごめんなさいね」
「え?」
質問とは全く異なることを言われ、ユーリは困惑する。
「同種族であれば、いまユーリさんが言った程度の理解で問題ないんだよ。ただ、異種族間や実力差が極端な場合は少し変わってくるのが『番の誓約』の性質で」
レータは一度言葉を切り、そして、改めて告げる。
「ユーリさんに一番影響のある話をすると、二人の間で寿命が均されるんだ」
(あああぁ~~~~っ!)
ユーリは心の中で大絶叫して頭を抱えた。
(小説でもあったじゃん。サブキャラだったけど、寿命差があって切ない感じのカップルが! どうして忘れてたの、私ぃ!)
自分の間抜けっぷりを散々に罵倒して、ようやく顔を上げる。心配そうな表情の王妃とレータに対し「すみません、ちょっと取り乱しました」と謝ってから、この世界に住む様々な人種の平均年齢について尋ねることにした。
そこも教えていないのか、という呻きとともにレータに説明されたことをまとめると、人間の寿命は80年前後と医療・衛生がそれほど発達しているように見えない割りに魔法の助けがあるせいか、母国とあまり変わらないことが分かってホッとしたユーリだったが、獣人が60年前後とやや短いことに驚き、エルフや竜人に至っては魔力保有量に左右されるものの軽く数百を超え、長い者は四桁になると説明されて、魂が抜けそうになった。
「つまり、その誓約をしてしまえば、フィルさんの寿命は半分になってしまうということでしょうか?」
「あぁ、誤解させてしまったね。寿命を均すというのは純粋に足して二で割るということではないんだ」
レータは水槽とフルートグラスに例えて説明し始めた。人にはそれぞれ器があり、フィルが水槽だとすると、人間であるユーリはシャンパンを飲むときなどに使われる細長いフルートグラスのようなものだと。水がいっぱいに満たされた水槽からフルートグラスに水(=生命力のようなもの?)を注いで水の深さを合わせたとしても、水槽の水の深さはあまり減らないだろう、と。
「フィルさんの今の年齢って、いくつぐらいでしたっけ」
「フィルは……、えーと、まだ100に届かないぐらいだったかな? 細かい数字は本人に確認してみてくれるかな」
「イエ、イイデス……」
ユーリは、このままだと自分の寿命が途方もない数字になりそうだと遠い目をしながら、王妃と王太子に丁寧にお礼を言って自室へと戻って行った。
「大事なことでしょうに、意図的に隠していたのかしら」
「フィルのことですから、寿命が長くなるのは良いことだ、ぐらいにしか思っていないかもしれませんよ、母上」
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