英雄の番が名乗るまで

長野 雪

文字の大きさ
上 下
52 / 67

52.『番の誓約』の本質

しおりを挟む
 せっかくイングリッドが王族貴族ではないと聞いてホッとしたユーリだったが、武力の面では要注意だと釘を刺され、思ってもいない内容に目をぱちくりとさせた。

「あのフィルと同等、もしくはそれ以上に魔物を屠ったのです。もし、何かのきっかけでイングリッド殿が暴れることになれば、被害なくそれを止めることは難しい。そういうことです」

 フィルと同等と言われ、ユーリはここへ来る途中のことを思い出した。角の生えた巨体の熊を、フィルが文字通り瞬殺したことだ。

(あれと同じくらい、強い? あの人が?)

 ユーリはちゃんとイングリッドを見たわけではないが、小柄で非力な少女というたたずまいだったことは覚えている。それなのに、鍛え上げられた身体を持つフィルと同じくらい強いとは、とても信じられなかった。

「ですから、丁重におもてなしをして、とっととお帰り願いたいというのが本音ですね」
「えぇと、世間知らずの私では、気分を害される恐れがあるということで良いんでしょうか」
「違います」
「え?」

 即座に否定され、ユーリの頭に疑問符が浮かぶ。

「あの魔女殿は探究心の塊です。あなたが彷徨い人と知れば、ずっと居着かれてしまうでしょう。いえ、もっと強硬手段に出てくるかもしれない。だからこそ、あなたの存在を隠しました」
「探究心の塊……」

 王妃の使った「探究心の塊」という言葉が、何故か「マッド・サイエンティスト」に聞こえてしまったユーリは、ぶるっと身体を震わせた。

「現時点で疑問に思っていることは、もうありませんか?」
「あ、あのっ、『番の誓約』について、なんですけど」

 この場が打ち切られそうな雰囲気に、ユーリはイングリッドのセリフを思い出して、慌てて声を出した。

「イングリッド様が、『番の誓約』をしていないから、私とフィルさんの間にパスが繋がっていない、と言っていたんです。……私は、『番の誓約』は単にお互いの場所が分かるようになるぐらいのものだと思っていたんですが、違うんでしょうか?」

 その質問に、王妃とレータは揃って額に手をやった。あまりに同じタイミングで同じ仕草をされてしまったので、逆にユーリは不安になる。
 王妃はちらりとレータを見て、王太子も同じく王妃を見た。

((彼女の理解不足ではなく、フィルによる意図的な情報制限では?))

 母子の心配は一致していた。先に答えを告げるべく口を開いたのは王妃だ。

「あの子は、大事なことが抜けているのか、それとも、それだけ自信がないのか。本当に考えの浅い息子でごめんなさいね」
「え?」

 質問とは全く異なることを言われ、ユーリは困惑する。

「同種族であれば、いまユーリさんが言った程度の理解で問題ないんだよ。ただ、異種族間や実力差が極端な場合は少し変わってくるのが『番の誓約』の性質で」

 レータは一度言葉を切り、そして、改めて告げる。

「ユーリさんに一番影響のある話をすると、二人の間で寿命が均されるんだ」
(あああぁ~~~~っ!)

 ユーリは心の中で大絶叫して頭を抱えた。

(小説でもあったじゃん。サブキャラだったけど、寿命差があって切ない感じのカップルが! どうして忘れてたの、私ぃ!)

 自分の間抜けっぷりを散々に罵倒して、ようやく顔を上げる。心配そうな表情の王妃とレータに対し「すみません、ちょっと取り乱しました」と謝ってから、この世界に住む様々な人種の平均年齢について尋ねることにした。
 そこも教えていないのか、という呻きとともにレータに説明されたことをまとめると、人間の寿命は80年前後と医療・衛生がそれほど発達しているように見えない割りに魔法の助けがあるせいか、母国とあまり変わらないことが分かってホッとしたユーリだったが、獣人が60年前後とやや短いことに驚き、エルフや竜人に至っては魔力保有量に左右されるものの軽く数百を超え、長い者は四桁になると説明されて、魂が抜けそうになった。

「つまり、その誓約をしてしまえば、フィルさんの寿命は半分になってしまうということでしょうか?」
「あぁ、誤解させてしまったね。寿命を均すというのは純粋に足して二で割るということではないんだ」

 レータは水槽とフルートグラスに例えて説明し始めた。人にはそれぞれ器があり、フィルが水槽だとすると、人間であるユーリはシャンパンを飲むときなどに使われる細長いフルートグラスのようなものだと。水がいっぱいに満たされた水槽からフルートグラスに水(=生命力のようなもの?)を注いで水の深さを合わせたとしても、水槽の水の深さはあまり減らないだろう、と。

「フィルさんの今の年齢って、いくつぐらいでしたっけ」
「フィルは……、えーと、まだ・・100に届かないぐらいだったかな? 細かい数字は本人に確認してみてくれるかな」
「イエ、イイデス……」

 ユーリは、このままだと自分の寿命が途方もない数字になりそうだと遠い目をしながら、王妃と王太子に丁寧にお礼を言って自室へと戻って行った。

「大事なことでしょうに、意図的に隠していたのかしら」
「フィルのことですから、寿命が長くなるのは良いことだ、ぐらいにしか思っていないかもしれませんよ、母上」
「……はぁ、本当に困ったものね」

 なお、さらに残念認定された三男には、何度目かの説教が待っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に言わせれば私は要らないらしいので、喜んで出ていきます

法華
恋愛
貴族令嬢のジェーンは、婚約者のヘンリー子爵の浮気現場を目撃してしまう。問い詰めるもヘンリーはシラを切るばかりか、「信用してくれない女は要らない」と言い出した。それなら望み通り、出て行ってさしあげましょう。ただし、報いはちゃんと受けてもらいます。 さらに、ヘンリーを取り巻く動向は思いもよらぬ方向に。 ※三話完結

彼女がいなくなった6年後の話

こん
恋愛
今日は、彼女が死んでから6年目である。 彼女は、しがない男爵令嬢だった。薄い桃色でサラサラの髪、端正な顔にある2つのアーモンド色のキラキラと光る瞳には誰もが惹かれ、それは私も例外では無かった。 彼女の墓の前で、一通り遺書を読んで立ち上がる。 「今日で貴方が死んでから6年が経ったの。遺書に何を書いたか忘れたのかもしれないから、読み上げるわ。悪く思わないで」 何回も読んで覚えてしまった遺書の最後を一息で言う。 「「必ず、貴方に会いに帰るから。1人にしないって約束、私は破らない。」」 突然、私の声と共に知らない誰かの声がした。驚いて声の方を振り向く。そこには、見たことのない男性が立っていた。 ※ガールズラブの要素は殆どありませんが、念の為入れています。最終的には男女です! ※なろう様にも掲載

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

緑の指を持つ娘

Moonshine
恋愛
べスは、田舎で粉ひきをして暮らしている地味な女の子、唯一の趣味は魔法使いの活躍する冒険の本を読むことくらいで、魔力もなければ学もない。ただ、ものすごく、植物を育てるのが得意な特技があった。 ある日幼馴染がべスの畑から勝手に薬草をもっていった事で、べスの静かな生活は大きくかわる・・ 俺様魔術師と、純朴な田舎の娘の異世界恋愛物語。 第1章は完結いたしました!第2章の温泉湯けむり編スタートです。 ちょっと投稿は不定期になりますが、頑張りますね。 疲れた人、癒されたい人、みんなべスの温室に遊びにきてください。温室で癒されたら、今度はベスの温泉に遊びにきてくださいね!作者と一緒に、みんなでいい温泉に入って癒されませんか?

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

旦那様はチョロい方でした

白野佑奈
恋愛
転生先はすでに何年も前にハーレムエンドしたゲームの中。 そしてモブの私に紹介されたのは、ヒロインに惚れまくりの攻略者の一人。 ええ…嫌なんですけど。 嫌々一緒になった二人だけど、意外と旦那様は話せばわかる方…というか、いつの間にか溺愛って色々チョロすぎません? ※完結しましたので、他サイトにも掲載しております

夫が大人しめの男爵令嬢と不倫していました

hana
恋愛
「ノア。お前とは離婚させてもらう」 パーティー会場で叫んだ夫アレンに、私は冷徹に言葉を返す。 「それはこちらのセリフです。あなたを只今から断罪致します」

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

処理中です...