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33.帰れない
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――――彷徨い人は、元の世界に帰れない。
それは過去の事例を紐解いても、元の世界に戻った例や行方不明となった例はない。さらに彷徨い人が様々な言語を理解できることについて言及された論文でも、全言語を理解できる恩恵が世界を違えたときに付与された恩恵であり、この世界で生きるために心身を作り替えられたという説が有力視されており、世界から恩恵(=祝福)を与えられた以上、元の世界に返されることはないのだと言われている。
フィルは彼女にそれを意図的に伝えなかったわけではない。彼にとって空に太陽があることと同じくらいの常識だったために、わざわざ伝えることをしなかったのだ。
「どうして、私だったの? 職場の同僚にも、友達にも、家族にも、もう二度と会えないの……? こんなのって、ない。ひどい。夢なら醒めてくれればいいのに……!」
とうとう声をあげて泣き出してしまったユーリは、すぐ隣にあった温もりに縋るように抱きついた。
――――グリフォンの羽毛は柔らかく、厩舎の担当が毎日ブラッシングをしているおかげか目立った汚れもない。ふかふかだった。
「……」
思わずジト目でミイカを見てしまったフィルだが、ユーリが泣きついているのを引き剥がして、彼女を抱き込むのも躊躇われる。
ミイカはミイカで、抱きついてきたユーリに迷惑そうな視線を向けた後、なぜかフィルの方を生温かい目で見てきた。明らかに同情されている視線に、フィルの肩が自然と落ちる。
そんな主従の無言のやり取りを知らないユーリは、会えない人の名前を呼んでは泣くことを繰り返していた。
・‥…━━━☆
「落ち着いたか?」
「……っく、はい、お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません」
目元を真っ赤に腫らしたユーリは、フィルの軍服のジャケットを頭から被っていた。泣き顔を見られたくないだろうというフィルの配慮なのだが、軍服という性質上なのか、それとも竜人の頑強さを基準に作られているせいなのか、ジャケットというより布団に近い重さに、ユーリはちょっぴりつらくなってきていた。
「弁解を、させてもらえるだろうか」
「弁解ですか?」
何のことか分からずに、ユーリは目を瞬かせる。
「彷徨い人と聞いた時点で、その、もう元の世界に戻れないことは知っていた。変な期待をさせぬよう、もっと早くに伝えておくべきだった。すまない」
「え? いやいやいや、その、フィルさんが謝るようなことじゃないですよ? だって、別にフィルさんのせいで、こっちに来たわけでもありませんし」
「あと、できれば今後泣きたくなったときには、俺の胸を使ってくれ」
「胸を使って……? え、あ、その……」
「恋人を胸で泣かせてやれないのは、こちらとしても、寂しいんだ」
言うなりフィルは、ユーリの身体を引き寄せた。フィルよりもずっと華奢な彼女の身体をそっと抱きしめる。ふわりと香る甘い匂いに、フィルの本能が瞬間沸騰しそうになる。だが、傷ついている彼女の心の隙をつくわけにはいかない、と必死で理性をかき集めた。
そんな主の様子を眺めるミイカは、やれやれ、と首を振った。
「そ、そうでしたよね。私、まだ、フィルさんと恋人同士っていう実感がなくて」
「遠慮はいらない。ただ、泣きたくなったら呼んでくれればいい。ユーリの元の世界の話でも、会いたい人との思い出話でも、なんでも聞く準備はできているから」
「フィルさんは、私を甘やかし過ぎじゃないですか?」
「このぐらい普通だろう。……あぁ、既に成人しているんだったな。それなら、酒で発散してみるか?」
「あー、お酒はやめておきます。私、一度、お酒で失敗しちゃっているので」
「そうなのか? 良ければその話も聞かせてもらいたいが、そろそろ戻らなければ城の者に心配をかけてしまいそうだ」
「いけない! そうですよ! 食事を用意してくださっている方とか、きっと迷惑かけちゃってます!」
むしろそこは仕事だから問題ないんだが、という王族感覚のツッコミを飲み込み、フィルはそっと抱きしめていたユーリの身体を離した。
「――――もう、大丈夫か?」
「えぇと、あまり大丈夫とは言えないんですけど、でも、おかげでスッキリしたと思います」
すん、と鼻をすすったユーリは、被っていたジャケットをフィルに返すことにした。
「冷えるだろう。そのまま羽織っていてくれて構わない」
「大丈夫ですよ。むしろそのままじゃフィルさんの方が風邪を引いてしまいます」
あぁ、やっぱり俺の番は優しい、と誤解に胸を震わせてフィルはジャケットを着直した。自分では全く重く感じないジャケットが、彼女にとっては文字通り重荷になっていたとも知らずに。
それは過去の事例を紐解いても、元の世界に戻った例や行方不明となった例はない。さらに彷徨い人が様々な言語を理解できることについて言及された論文でも、全言語を理解できる恩恵が世界を違えたときに付与された恩恵であり、この世界で生きるために心身を作り替えられたという説が有力視されており、世界から恩恵(=祝福)を与えられた以上、元の世界に返されることはないのだと言われている。
フィルは彼女にそれを意図的に伝えなかったわけではない。彼にとって空に太陽があることと同じくらいの常識だったために、わざわざ伝えることをしなかったのだ。
「どうして、私だったの? 職場の同僚にも、友達にも、家族にも、もう二度と会えないの……? こんなのって、ない。ひどい。夢なら醒めてくれればいいのに……!」
とうとう声をあげて泣き出してしまったユーリは、すぐ隣にあった温もりに縋るように抱きついた。
――――グリフォンの羽毛は柔らかく、厩舎の担当が毎日ブラッシングをしているおかげか目立った汚れもない。ふかふかだった。
「……」
思わずジト目でミイカを見てしまったフィルだが、ユーリが泣きついているのを引き剥がして、彼女を抱き込むのも躊躇われる。
ミイカはミイカで、抱きついてきたユーリに迷惑そうな視線を向けた後、なぜかフィルの方を生温かい目で見てきた。明らかに同情されている視線に、フィルの肩が自然と落ちる。
そんな主従の無言のやり取りを知らないユーリは、会えない人の名前を呼んでは泣くことを繰り返していた。
・‥…━━━☆
「落ち着いたか?」
「……っく、はい、お見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ありません」
目元を真っ赤に腫らしたユーリは、フィルの軍服のジャケットを頭から被っていた。泣き顔を見られたくないだろうというフィルの配慮なのだが、軍服という性質上なのか、それとも竜人の頑強さを基準に作られているせいなのか、ジャケットというより布団に近い重さに、ユーリはちょっぴりつらくなってきていた。
「弁解を、させてもらえるだろうか」
「弁解ですか?」
何のことか分からずに、ユーリは目を瞬かせる。
「彷徨い人と聞いた時点で、その、もう元の世界に戻れないことは知っていた。変な期待をさせぬよう、もっと早くに伝えておくべきだった。すまない」
「え? いやいやいや、その、フィルさんが謝るようなことじゃないですよ? だって、別にフィルさんのせいで、こっちに来たわけでもありませんし」
「あと、できれば今後泣きたくなったときには、俺の胸を使ってくれ」
「胸を使って……? え、あ、その……」
「恋人を胸で泣かせてやれないのは、こちらとしても、寂しいんだ」
言うなりフィルは、ユーリの身体を引き寄せた。フィルよりもずっと華奢な彼女の身体をそっと抱きしめる。ふわりと香る甘い匂いに、フィルの本能が瞬間沸騰しそうになる。だが、傷ついている彼女の心の隙をつくわけにはいかない、と必死で理性をかき集めた。
そんな主の様子を眺めるミイカは、やれやれ、と首を振った。
「そ、そうでしたよね。私、まだ、フィルさんと恋人同士っていう実感がなくて」
「遠慮はいらない。ただ、泣きたくなったら呼んでくれればいい。ユーリの元の世界の話でも、会いたい人との思い出話でも、なんでも聞く準備はできているから」
「フィルさんは、私を甘やかし過ぎじゃないですか?」
「このぐらい普通だろう。……あぁ、既に成人しているんだったな。それなら、酒で発散してみるか?」
「あー、お酒はやめておきます。私、一度、お酒で失敗しちゃっているので」
「そうなのか? 良ければその話も聞かせてもらいたいが、そろそろ戻らなければ城の者に心配をかけてしまいそうだ」
「いけない! そうですよ! 食事を用意してくださっている方とか、きっと迷惑かけちゃってます!」
むしろそこは仕事だから問題ないんだが、という王族感覚のツッコミを飲み込み、フィルはそっと抱きしめていたユーリの身体を離した。
「――――もう、大丈夫か?」
「えぇと、あまり大丈夫とは言えないんですけど、でも、おかげでスッキリしたと思います」
すん、と鼻をすすったユーリは、被っていたジャケットをフィルに返すことにした。
「冷えるだろう。そのまま羽織っていてくれて構わない」
「大丈夫ですよ。むしろそのままじゃフィルさんの方が風邪を引いてしまいます」
あぁ、やっぱり俺の番は優しい、と誤解に胸を震わせてフィルはジャケットを着直した。自分では全く重く感じないジャケットが、彼女にとっては文字通り重荷になっていたとも知らずに。
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