英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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16.常識を持たない

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「あの、これからのことも聞いていいですか?」
「構わないが、何が聞きたい?」
「明日もあのウィングタイガー、でしたっけ? あの子に乗るのか、とか、そもそも地理が全く分かっていないので、どこをどう移動してるのか分からなくて、……地図があれば、見せてもらえたらな、って」

 指折り数えながら疑問を口にするユーリに、フィルはこれまで「違う世界から来たこと」を隠していた彼女の賢さを褒め称えたくなった。

(なるほど、常識が違うのは確かに危ういな。これでは良からぬ輩に目をつけられる)

 フィルはユーリに許可を得てから投影の魔術を使った。小さな机の上に少し浮かせるように、フィルの記憶にある空からの視点を映像化したのだ。

「えっ! 立体映像? すごい!」

 目を輝かせて喜ぶユーリに気を良くしながら、フィルはシュルツの王都の場所に赤い球を浮かせる。

「ここがユーリと出会った場所、シュルツという国の王都だ」
「はい」

 映像を食い入るように見るユーリの前で、今度は昨日泊まった国境の町の上と、現在位置、レンタルしているウィングタイガーを返却する予定の街の上に黄色い三角錐を浮かせながら説明を続ける。

「明日の午前中はこの町で少し買い物をして。昼頃に出発するつもりだ。もう一日はこの国で泊まることになるだろうが、明後日には東側の国境の町に到着するだろう。そこで騎獣は返却する」
「はい」
「それで、ここから先はうちの国だから、俺の相棒を呼ぶ予定だ」
「相棒……ですか?」
「あぁ、俺の騎獣だ。ウィングタイガーに負けず劣らずの体格だから、二人で乗っても問題ない。どういう種類の騎獣かは、見てのお楽しみだ」
「分かりました。楽しみにしておきます」

 騎獣の正体については食い下がろうとしないユーリだったが、フィルが投影した地図には食いついているようで、じっと凝視している。

「これ、空から見た地上ですよね。こういう魔術って普通にあるんですか?」
「記憶を可視化させるものは、そう難しくない。あと、俺のように空を飛べる種族は、国境をしっかり覚えておく必要があるから、こうしてはっきり明瞭に投影できるんだ」

 フィルが指で空間をなぞる。すると、赤い線で映像の中の地上が区切られていく。

「これが国境線。うっかり越えると国家間の問題になるから、しっかり叩き込まれた。――――あと、ここからが大事なことなんだが」
「はい」
「一般的に地図は流通していない。街道やおおまかな位置関係の分かるものぐらいは売られているのかもしれないが、詳細な地図は軍事的に重要なものだから、むしろ規制されている」

 ユーリは目を見開いて驚いたが、ふ、と自分の知識の中の何かを見つけたのだろう。半目になって「あー、シーボルトか……」と呟いた。

「あれ、でもそうすると、こうしてフィルさんが詳細に覚えていることも、問題になってしまうんじゃないですか?」
「大侵攻の対処のために特例で上空を通過させてもらったときの記憶だ。自国でも隣接国のおおまかな地理は頭に叩き込まれていたから、それとすり合わせて覚えるのは比較的簡単だったな」
「……あの、もしかしてフィルさんて、外交官とか、そういう偉い地位の人だったりします?」

 今更と言えば今更な質問だったが、そういえば自分がユーリのことについて尋ねるばかりで、逆に尋ねられたのは初めてだったとフィルは気がついた。

「英傑がどうの、とは言われてたので、魔物の大侵攻で活躍した人なのかな、とは思っていたんですけど、そういえばちゃんと聞いたことありませんでしたよね」
「……それは、地位や功績で見られたくなかったのもあって、今までちゃんと名乗ってはいなかった。ユーリが尋ねるのなら、改めて名乗ろう。俺の名前はフィル・リングルス。俺のような竜人が大半を占めるシドレンという国で軍務についていた」
「軍人さんだったんですね。それなら英傑という話も納得です」
「外交を担っているのは、むしろ次兄だな。長兄を補佐するためにと軍に籍を置くことにしたが、思った以上に性に合っていたようだ」
「……え、待ってください。お兄さんが二人、いえ、一番上のお兄さんを補佐するというのは」
「父も健在なので代替わりはまだ先だが、国王という重責を長兄一人に背負わせるわけにはいかないだろう?」

 フィルの決定的な言葉に、ユーリの目は限界まで開かれた。今にも黒い瞳がこぼれおちそうだな、という感想を、フィルはそっと飲み込む。

「フィルさん、もしかして、王子様だったんですか!?」

 その大声に、こっそり遮音の魔術を掛けておいてよかったな、とフィルは場違いなことを思った。

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