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Film03.回想は憤りと共に ―NAOTO’S EYE―
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オレはトイレから教室へと戻りながら、さっきのイッペーの言葉を思い出していた。あいつは赤面しながら『さゆり』のいいところを必死にオレに伝えようとしていた。
(よく、あんなヤツを好きになれるもんだ)
オレは小学校の頃までさゆりの隣に住んでいたが、そんなことは全然思ったことがなかった。むかしから泣き虫で、臆病で、今と印象は全然変わっていない。オレはさゆりが嫌いだった。いつも「直くん、直くん」とオレの後をついて来るくせに、オレが遊んでやるとすぐ泣いた。泣けばなんとかなると思っているその根性を、オレは叩き直したかった。
そうだ、オレが引っ越す時も、やっぱり泣きやがって、オレは当時すっごく気に入っていたミニ四駆――しかも自分で改造したヤツをだ――を手放すことになった。
「これはオレのお気に入りだから、返してもらいに、絶対戻ってくるから」
そう言った。言わなきゃいけなかったんだ。ちっくしょー、今思い出しても腹が立つ。
そんなふうに考え事をして歩いていたからか、オレは目の前に迫って来た女子に気づかなかった。
ドンッ!
「きゃっ」
「うわっ、ととと」
オレは二、三歩よろめいて止まったが、相手はしりもちをついていた。
「大丈夫か?」
オレは慌てて手を差し伸べた。
制服のてかりのなさや、上履きがきれいなのを見ると、どうやら一年らしい。襟元のクラス章には1-Aとあった。確かにリボンの色が一年の黄色だ。
「はい、……いたっ!」
立ち上がろうとしたその女子は、右の足首を押さえて再び腰を落とした。自分で切ったのか、やたらと短いスカートが、中身が見えるかどうかの瀬戸際で一種のチラリズムを醸し出す。できるだけさりげなく、視線を逸らした。
「ごめんな、オレが考え事してたから」
オレは謝って、彼女の前で背中を向けてしゃがみこんだ。
「ほら、乗れよ。無理に歩くと悪化するぜ?」
少し戸惑っていたが、よほど痛かったのか、体重がオレの足にかかる。ぐっと力を込めてオレは立ち上がって、体勢を整える。
「悪いけど、オレは転校して来たばかりなんで、保健室までの道案内はよろしくな」
オレはそう頼みながら既視感を感じていた。やっぱりこうして誰かをおぶって行った記憶がある。ふと、それに思い当たるものがあって、オレはうんざりとした。やっぱり転んで泣いて動こうとしなかったさゆりを、家までおぶっていったことがあったんだ。
オレはそんなことを既視感として受け取ったことにムカムカとしながら、この一年を保健室に送り届けた。
それっきり、この後輩と言葉を交わすこともない……はずだった。
◇ ◆ ◇
「センパーイっ! 三沢センパーイっ!」
(あぁ、今日もか)
大きなため息をついたオレは、ずかずかと二年の教室に入って来る彼女を見た。青いベストとスカートに包んだ身を弾ませている。
「今日も来たのか、お前?」
「お前じゃないです。増山みのりって言うんですよ」
ぷぅ、と頬を軽く膨らませて言ったが、オレにはそんなことどうでもよかった。
「へー、なおりんってモテんじゃん」
オレの隣のイッペーがヒューヒューと茶化した。いったいどうやってオレのことを調べたのか、次の日にクッキーをうちのクラスに持参して来た、この増山とかいうヤツはとにかくうざったかった。
イッペーの視点から言うと、かわいい部類に入るらしい。他のヤツも同意していた。確かに歩くたびに揺れるポニーテールや、小悪魔のような瞳はかわいい……かもしれない。だが、毎日毎日オレのクラスに来ては「センパイ、センパイ」と連呼して、迷惑この上ない。
「あのな、何度も言うように、お礼なんてもういいから、な?」
「センパイ、違いますよぉ。これはお礼じゃなくてアプローチなんですってば」
そうかアプローチか……って、おいおい。こんなの願い下げだぞ。オレはもっと落ち着いた感じの、せめてやかましくないようなのが……
「えっと。みのりちゃんだっけ? ホントにこんなのがいいの?」
イッペーが恐る恐る尋ねた。言うに事欠いて、「こんなの」扱いかよ。そう心の中でツッコミを入れる。
あぁ、でもオレもさっき、この下級生を「こんなの」扱いしてたっけ。
「はいっ! おんぶしてくれたセンパイの背中に惚れちゃいましたっ!」
オレはこの時、あたらしく始まった高校生活に影を感じた。今も同性の視線が痛い。だけど、ここでオレがはっきりと拒絶しなかったら、その影はどんどん濃く広くなっていくんだろう。オレは後ろから突き刺さる嫉妬の視線を少しだけ忘れることにした。
「残念だけど、オレ、お前のこと何とも思ってないから。それどころか、迷惑なんだ。帰ってくれ」
(よし、言った、言ったぞ。良心は痛むが、これでこいつも諦めるだろう)
オレはこれで解放されると思った。
だが、敵は強かった。
「えぇ、そう言われても構いません。でも、センパイのこと好きですから。これからもできるだけこっちに来ます」
ほんの一瞬だけあっけにとられた表情をしたそいつは、にっこりと笑って死刑宣告をした。これで、オレの高校生活の展望は暗くなってしまった。
(よく、あんなヤツを好きになれるもんだ)
オレは小学校の頃までさゆりの隣に住んでいたが、そんなことは全然思ったことがなかった。むかしから泣き虫で、臆病で、今と印象は全然変わっていない。オレはさゆりが嫌いだった。いつも「直くん、直くん」とオレの後をついて来るくせに、オレが遊んでやるとすぐ泣いた。泣けばなんとかなると思っているその根性を、オレは叩き直したかった。
そうだ、オレが引っ越す時も、やっぱり泣きやがって、オレは当時すっごく気に入っていたミニ四駆――しかも自分で改造したヤツをだ――を手放すことになった。
「これはオレのお気に入りだから、返してもらいに、絶対戻ってくるから」
そう言った。言わなきゃいけなかったんだ。ちっくしょー、今思い出しても腹が立つ。
そんなふうに考え事をして歩いていたからか、オレは目の前に迫って来た女子に気づかなかった。
ドンッ!
「きゃっ」
「うわっ、ととと」
オレは二、三歩よろめいて止まったが、相手はしりもちをついていた。
「大丈夫か?」
オレは慌てて手を差し伸べた。
制服のてかりのなさや、上履きがきれいなのを見ると、どうやら一年らしい。襟元のクラス章には1-Aとあった。確かにリボンの色が一年の黄色だ。
「はい、……いたっ!」
立ち上がろうとしたその女子は、右の足首を押さえて再び腰を落とした。自分で切ったのか、やたらと短いスカートが、中身が見えるかどうかの瀬戸際で一種のチラリズムを醸し出す。できるだけさりげなく、視線を逸らした。
「ごめんな、オレが考え事してたから」
オレは謝って、彼女の前で背中を向けてしゃがみこんだ。
「ほら、乗れよ。無理に歩くと悪化するぜ?」
少し戸惑っていたが、よほど痛かったのか、体重がオレの足にかかる。ぐっと力を込めてオレは立ち上がって、体勢を整える。
「悪いけど、オレは転校して来たばかりなんで、保健室までの道案内はよろしくな」
オレはそう頼みながら既視感を感じていた。やっぱりこうして誰かをおぶって行った記憶がある。ふと、それに思い当たるものがあって、オレはうんざりとした。やっぱり転んで泣いて動こうとしなかったさゆりを、家までおぶっていったことがあったんだ。
オレはそんなことを既視感として受け取ったことにムカムカとしながら、この一年を保健室に送り届けた。
それっきり、この後輩と言葉を交わすこともない……はずだった。
◇ ◆ ◇
「センパーイっ! 三沢センパーイっ!」
(あぁ、今日もか)
大きなため息をついたオレは、ずかずかと二年の教室に入って来る彼女を見た。青いベストとスカートに包んだ身を弾ませている。
「今日も来たのか、お前?」
「お前じゃないです。増山みのりって言うんですよ」
ぷぅ、と頬を軽く膨らませて言ったが、オレにはそんなことどうでもよかった。
「へー、なおりんってモテんじゃん」
オレの隣のイッペーがヒューヒューと茶化した。いったいどうやってオレのことを調べたのか、次の日にクッキーをうちのクラスに持参して来た、この増山とかいうヤツはとにかくうざったかった。
イッペーの視点から言うと、かわいい部類に入るらしい。他のヤツも同意していた。確かに歩くたびに揺れるポニーテールや、小悪魔のような瞳はかわいい……かもしれない。だが、毎日毎日オレのクラスに来ては「センパイ、センパイ」と連呼して、迷惑この上ない。
「あのな、何度も言うように、お礼なんてもういいから、な?」
「センパイ、違いますよぉ。これはお礼じゃなくてアプローチなんですってば」
そうかアプローチか……って、おいおい。こんなの願い下げだぞ。オレはもっと落ち着いた感じの、せめてやかましくないようなのが……
「えっと。みのりちゃんだっけ? ホントにこんなのがいいの?」
イッペーが恐る恐る尋ねた。言うに事欠いて、「こんなの」扱いかよ。そう心の中でツッコミを入れる。
あぁ、でもオレもさっき、この下級生を「こんなの」扱いしてたっけ。
「はいっ! おんぶしてくれたセンパイの背中に惚れちゃいましたっ!」
オレはこの時、あたらしく始まった高校生活に影を感じた。今も同性の視線が痛い。だけど、ここでオレがはっきりと拒絶しなかったら、その影はどんどん濃く広くなっていくんだろう。オレは後ろから突き刺さる嫉妬の視線を少しだけ忘れることにした。
「残念だけど、オレ、お前のこと何とも思ってないから。それどころか、迷惑なんだ。帰ってくれ」
(よし、言った、言ったぞ。良心は痛むが、これでこいつも諦めるだろう)
オレはこれで解放されると思った。
だが、敵は強かった。
「えぇ、そう言われても構いません。でも、センパイのこと好きですから。これからもできるだけこっちに来ます」
ほんの一瞬だけあっけにとられた表情をしたそいつは、にっこりと笑って死刑宣告をした。これで、オレの高校生活の展望は暗くなってしまった。
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