赤雪姫の惰眠な日常

長野 雪

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惰眠2.村一番の惰眠好き

10.∵惰眠愛ゆえに・後編

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「まったく、僕もヒヤヒヤしたよ。紅雪ちゃんてば、マジなんだもんよー」

 小鈴の入れてくれたお茶をすすりながら、ボヤいたのは瑠璃だ。

「何が、ヒヤヒヤしたよ、じゃ。厚かましくも小鈴の手料理を食らいおってからに」

 だってさー、と食後に出された小さな饅頭に、がぶり、と噛み付く瑠璃はもぐもぐとひとしきり咀嚼してから飲み込んだ。

「僕、村長に何て報告したらいいのさ? そりゃ、元凶は潰したよ? あの怪しげな道具一式も紅雪ちゃんが文字通り灰にしたしさ? でも、さすがに英修のことは言えないっしょー」

 瑠璃のボヤきを聞いて、うっすらと真相を知りつつある小鈴は、何も言わずに饅頭を瑠璃の前の小皿に取り置いた。

「簡単なことではないか。わしが元凶を破壊した。それとは別に、わし以上の惰眠を貪っておった阿呆の性根を叩きなおした。その代わりに香琳に細君達が来る日に家事手伝いをするよう言いつけた。たったそれだけじゃ」
「まぁ、香琳ちゃんが、手伝いに?」

 傍観を決め込んでいた小鈴が、ぽむっと両手を打った。

「あぁ、小鈴にばかり面倒をかけてはいかぬからのぅ。あの働き者が手伝いに来れば、小鈴も助かるであろう」
「えぇ、ありがとう、雪ねえさま」

 にこにこと微笑む妹に、紅雪の機嫌も良い。

「何げに、小鈴っち最強だよねー……」

 瑠璃は、仲の良い姉妹を眺めながらお茶をすすった。

―――英修に課された試練は、瑠璃からすれば生ぬるいもののように思えた。
 マッチョの人形は、この先1年間、英修を「助け」ることになる。
 英修がきちんと朝に起き、父親と同じように畑仕事に精を出し、香琳の家事を手伝うように「助け」るのだ。
 言い換えれば、英修は毎朝あのマッチョに叩き起こされ、怠けきった身体が悲鳴を上げても畑仕事をさせられ、雑事を手伝わされるのだ。
 悲惨な状況といえなくもないが、瑠璃は自業自得だと思っている。むしろ、蝶にされなかったのが不思議なくらいだ。

「ねぇ、紅雪ちゃん。……もしかして、本気で虫に変化させようと思ってた?」

 瑠璃の問いに、もぐもぐもぐと口を動かしていた紅雪は、たっぷり十数秒咀嚼し、嚥下したのち「当たり前ではないか」と答えた。

「あの場で香琳を庇わなければ、叩き直す価値なしと見ておったが。……まぁ、仕方あるまい。それでは妹が不憫だからのぅ」

 小鈴に勧められたお茶を愛おしそうにすする彼女にとっては、英修など虫にするもしないもどうでも良いことだった。

「……さて、これで一通りの始末はついたのぅ。瑠璃、報告はぬかりなくな。小鈴、わしはまた寝るとするよ」

 また木の上にするか、いやいや屋根の上でもいいかもしれぬ、と呟きながら紅雪は卓から立ち上がった。

「おやすみなさい、雪ねえさま」

 ひらひらと手だけを振って応える背中を、瑠璃は小さくため息をついて見つめてから、口を開いた。

「―――おやすみ、紅雪ちゃん」


 後に、赤雪姫の労働の対価として妻や母親(の心?)を独占された男達が、ため息の絶えない日々を過ごすことになるが、それはまた別の話である。


=========================
2章完結しましたので、改めて人物紹介を。

紅雪 
 最近、木の上で惰眠を貪るのにハマる。村の男衆からは恐れられている。

小鈴 
 雪ねえさまが大好きな妹。姉に毒されているのか、たまに過激な発言をする。

鉱南 
 商家を営む。瑠璃・琥珀を含めて三人の息子を持つ。

瑠璃 
 家業を手伝う次男。村では希少な紅雪を厭わない男。口調は至って軽い。

道合・秀牧・藤光・月丹・守永
 村の男衆。

英修 
 村で唯一紅雪に勝る睡眠時間を誇るダメ人間。よくできた妹の香琳がいる。

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