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88.迂遠な言い回し(後)

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「そんなことするわけないでしょ、そんな顔してる相手に」

 うつむきがちになっていたヨナの頬に手を添えて、上を向かせる。あーあー、ひどい顔。

「そういう告発ってヤツはね、自分のやったことが悪いだなんて思ってない相手に痛い目見せるためにすることであって」

 もちろん、罪人はすべて罰せられるべし、という意見もあると思うけど。

「自分のしたことを悔いて泣いている相手にするもんじゃないと思うわ」
「……泣いて?」

 指摘されるまで気づいていなかったのか、ヨナは乱暴に自分の目元を拭う。

「あぁ、ほら、そんなに力強くこすったら赤くなるわよ」

 ドレスの隠しポケットから取り出したハンカチを目元に当ててあげる。王太子妃殿下とのお茶会に向けて、少しでも心が楽になるようにと持ち込んだハンカチだ。広げたときの右下9分の1ぐらいのサイズに『漢道』と前世の文字で刺繍したそれは、決してそういう場面ではないはずなのに笑いを誘う。
 漢道ハンカチで涙を拭くイケメン。やばい笑える。ちょっと乱れかけた呼吸を整えて落ち着かないと。

「私、そんなに信用ない? そんなにほいほい相手を変える尻軽に見える?」

 だとしたら、かなりショックなんだけど。

「……リリアンのことは、信じている……と、思う」

 ぽつり、と落とされた言葉にホッとした。

「不自由な思いをさせているだろうに、逃げることもせず塔に留まってくれているし、正式に婚約を交わした以上、家族や領地を大事に思うリリアンが裏切るとは考えにくい」
「それなら――――」
「それでも、もし、何かのきっかけでお前が離れたら? 僅かな可能性を考えるだけで、おかしくなりそうなんだ」

 悪いけれど、大きなため息をついてしまった。
 聞こえたのか、ヨナがまだ潤む瞳でこちらをギッと睨んでくる。うん、そんな顔で睨まれても、いくらイケメンと言えど、怖くない怖くない。

「仕方がないだろう! こんなに誰かに執着することなんて初めてなんだ! リリアンを繋ぎ留めるために、これ以上何をしたらいいのかも分からないんだ!」
「いやいや、誰もが憧れる大魔法使いサマなのに、その自己肯定感の低さは何なの?」
「お前はそんなものになびく女じゃないだろう」
「うん、それは否定しないわ」

 いやー、ここまで来て、触れている世界の狭さとか、コミュニケーション能力の低さが枷になるとは、誰も思わなかったんだろうなぁ。魔法の研究させておけば大丈夫だろうと、誰もが放っておいたんだろう。そんな気がする。本当のところなんて知らないけど。

「リリアンのことだ、実家に関わる利益がなければ、俺の元など離れていくんだろう?」
「その予測を完全否定はできないけど、正式に届出をした後のタイミングで婚約破棄っていうのは現実的じゃないわよ」
「……それでも、可能性はゼロじゃない」

 はー、また俯いちゃって。小さな可能性を拾い上げて勝手に膨らませて、こういうのってどうやったら治るのかしら?

「お前が名付けた『ハイエナ令嬢』どもと同じ外道になるが、こんな幼稚な手段しか思いつかなかった。一時的でもいい、心を縛って純潔を奪えば、俺の元に残らざるをえなくなるだろう?」
「はぁ……、どれだけ自分に自信がないのよ」
「お前を、リリアンを絶対に逃がしたくないんだから、仕方がないだろう! ……それに」
「それに?」
「好きな女と一緒に暮らしているのに、抱くのを我慢するのも限界だ」
「っ」

 不意打ちは卑怯だと思う。こんなときに告白を混ぜてくるとかやめて欲しい。
 ちょっと火照り始めた頬を押さえながら、思い出すのは王太子妃殿下のセリフだ。

『殿方は意中の女性との行為に精神的な充足感を得ることが多いらしいから』

 いい加減に、そのカードを切るべきなのかもね。
 もう私への扱いは「知らない知識を与えてくれる相手」に対するものじゃなくなっていることも分かってるし、相手の気持ちを慮ることも覚えてきた。人として最低限の挨拶・感謝・謝罪については及第点になってきたと思う。

(なんて、自分に言い訳したところで意味もないけど)

 うん。大丈夫。ヨナはちゃんと良い方に変わっていける人だ。
 私はヨナを見つめた。

「もっとお前のことが知りたい。自信がないとお前が言うのなら、お前が逃げない確証が欲しい。……ダメか?」
「……はぁ、ほんと、バカなんだから」

 口説き文句としては最低点だ。でも、これが彼の精一杯なんだと分かってしまう私も大概だ。

「ねぇ、ヨナ。いい加減にドレスを脱ぎたいから、コルセット外すの手伝ってくれる?」

 貴族らしい迂遠な言い回しだったけれど、ヨナにはちゃんと伝わったらしい。予想通りに押し倒された。

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