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40.ブラックな職場(後)

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「話を聞いて、私なりの推測は言えるけど、それって貴方が貶した城お抱えの研究者とやってることは変わらないわよ?」
「構わない」

 魔物の大量発生なんて、鄙びた場所にあるうちの領地なんかで起きたら最悪な話だ。起きるかもしれない悲劇を防げるなら、と頭を働かせてみる。

(そういえば、食物連鎖のピラミッドみたいな図が教科書に載っていたような……?)

 朧気な知識を頑張って掘り起こしながら、私は考えをまとめるために思いついたことを口に出していく。

「特定の種類だけが増えた、というなら、その魔物が餌にしているものが豊富になった、ということ? その魔物が日頃食べているのは草や果実? それとも別の魔物? どちらにしても餌にされている方は逆に減っているはず……。あ、違うか。その魔物を食べている側の魔物が減った、という可能性もあるのか。どちらにしてもちょっと情報が少ないわね。原因を探るとしても、その魔物を解剖して何を食べているかを調べないと分からないし、例年と気候が違うとかデータが残っているはずもない。どこかから運ばれてきたり流れてきたりした外来種がきっかけならそれこそ検証が難しい……」

 ぶつぶつとしばらく考えをまとめようとしたけれど、結論には至らなかった。何しろデータが少なすぎるのだ。可能性を挙げていくだけで、検証のアプローチが取れない。

「無理ね。情報が少なすぎて原因を絞れない」
「いや、十分だ」
「ん?」

 可能性を挙げただけなのに、何が十分なんだろう、と私は首を傾げた。残り半分になったボリッジを掬っては口に運ぶ。

(お父様に注意喚起……したところで、一地方の子爵領でとれる対策もないわね)

 子爵領の近所では何も起きないことを祈っておこう。うん。

「今のリリアンの話は、殿下に伝えておくことにしよう」
「え? やだ、なんで?」
「一介の子爵令嬢ですらそれだけ考えられるんだ。それ以下の研究者どもに給金はもったいないだろう?」
「……もしかして、嫌がらせされたりとか、厄介事押し付けられたりとか、してるの?」

 私のいやな予測に、目の前の大魔法使いサマはその整った顔つきで、口の端だけを器用に持ち上げて笑みの形を作った。ただし、それは冷笑と呼ぶに相応しいほど温度の伴わない表情だった。
 うん。城の方向に向かって合掌しておいた方がいいかな。この口振りだと、直接研究者たちに何かをするんじゃなくて、王太子殿下を経由するみたいだし。

(うっかり前世知識を披露してしまってすいませんでした、っと)

 自分の気休めなので、本気で謝るつもりはない。それで地位が揺らぐなら、結局はそれだけの人だったってこと。本物ならきっと逆に対抗意識が燃え上がる……と思いたい。

「それで、明日はいつも通りの出勤なの?」
「その予定だ。普段なら、国境付近まで出張った翌日は休日か午前半休だが……少し仕事が溜まっている」
「ねぇ、それって大丈夫なの?」
「何がだ?」
「城勤めの魔法使いって貴方だけじゃないんでしょ? 国境付近まで日帰りできる人がどれだけいるのか知らないけれど、貴方一人に仕事が集中してるっていうことはないの?」
「国境付近までの転移、だけなら俺以外も可能だな。日帰りとなるときついかもしれないが。仕事については……どうだろうな。他人の仕事なんぞ気にしたこともないからな」

 同僚にすら興味ないんかい、というツッコミは飲み込んだ。別に仕事がブラックかどうかは私に直接関係ある話じゃないんだけど、ついでに前世のブラック基準を今世に当てはめるべきでもないんだけど……、たった一人の天才魔法使いに背負わせ過ぎると次代でコケるんじゃないかという心配がね。人材一人なくなっただけで、仕事が回らないとかシャレんならないし。それが国家規模ならなおさら。
 べ、別に心配してるわけじゃないんだから。

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