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31.板挟みな憔悴(前)

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「大変申し訳ない。非常に難航していると言わざるを得ない」
『まぁ、そうなりますよね』
「リリアン嬢のその落ち着きは、どこから来るんだろうな?」
『半分は諦めの産物です』
「……すまない」

 この国の次期最高権力者に謝らせている方が、申し訳ないです、はい。
 のっけから何の話だと思われるかもしれないけれど、王太子殿下は、霊体となった私の身の安全の確保のため、大魔法使いサマから私の体を引き取る予定だった。逆にそうしなければ、この呪法を解いた瞬間、元の木阿弥になるから、当然と言えば当然の行為だ。
 だけど、あの大魔法使いサマは、嫌になるぐらい優秀だった。
 私の肩に残る刺青から、呪法であることを推測して、今は彼の権限で読めるだけの呪法に関する書物を片っ端から読み込んでいるのだ。自分で何とかする気満々過ぎて、もはや草も生えない。

『万が一、強制的に体に戻されたとしても、またハンストもどきをするだけなので、お気になさらず』
「ハンスト……? あぁ、魔力循環か。貴女の健康を考えるとあまりお勧めできないが……いや、彼を相手にそんなことを言っていられないか」
『相手が対話するつもりもなく、力で強引に事を運ぼうとするのであれば、こちらもそういった手段を取らざるをえないかと』
「なんというか、君はたくましいな」
『王都から遠く離れた子爵なんて、平民とほとんど変わりありませんから』

 たくましくないと、やってられません。
 私の言葉に、王太子殿下は疲れきった表情ながらも、少しだけ笑みを見せた。

「貴女が強い意志を持ち続けるのなら、僕も負けてはいられないな」
『王太子殿下。彼は国には必要な抑止力でしょう? 必要と判断したのであれば、私は恨みませんから』

 あまりに王太子殿下の疲労の色が濃くて、申し訳なくなってきて、ついそんなことを告げてしまえば、殿下はまじまじと私を見つめてきた。そんなに見つめられても、私の霊体は半透明で向こうの壁が見えるだけだと思うのだけれど。

「女性一人を犠牲にして安寧を得てもね。妻に叱られるだけだから。――――あぁ、でも、リリアン嬢の気遣いには感謝する」

 そう微笑んだ殿下は、王太子殿下の地位に相応しいロイヤルなスマイルだった。たぶん、これで打ち抜かれない令嬢はいないだろうな、と思うぐらいの。

(妃殿下……、そのイスはすごい競争率だったんじゃないですかねぇ?)

 そんなところに気が逸れているうちに、殿下は部屋を出て行ってしまったけれど。
 いや、本当に生まれついてのロイヤルの破壊力よ……。なんだろう、美形ばかりかけ合わせた結果の顔面偏差値については何も言えないけれど、あのスマイル……王家秘伝の微笑み方とかあるんだろうか。なんて馬鹿なことを考えてしまう。

『眼福ちょうだいいたしました』

 誰も見ていないのに、つい会話のためのリングを動かしてしまった。もちろん、恋心とかそんなんじゃない。普通に、「えぇもん見たわ」ぐらいの感覚だ。

(あれ? でも、前世の橘華って、面食いだったっけ)

 記憶を掘り出してみる。死因というトラウマ案件の元彼は顔面偏差値やや高め。ハマっていた俳優はセクシー系実力派。アイドルには傾倒していなかったけれど、暇つぶしにやっていたアプリの推しは腹黒眼鏡キャラ。我ながら節操ないな。

(あの大魔法使いサマも顔の造作は良いから、観賞用として割りきるべきなのかな?)

 いや、割り切ったとしても、あのしつこさと強引さが少しでも改善されなければ、ストレスがマッハなのは間違いない。胃痛か円形脱毛か、やだなぁ。まだ若いのに。

――リリアン

 あー、やだやだ。幻聴まで聞こえてきた。

――リリアン、どこにいる

 あれ、これってもしかして幻聴じゃない? もしかして、私を探している大魔法使いサマ本人の声だったりして?
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