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27.不可侵な秘密(前)
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目を開ける。視界に入るのは見慣れた石造りの塔の壁と天井。そうだ。私は橘華じゃない。リリアン・ギースなのだと再確認する。それでようやく不規則だった呼吸が整い始めた。
「起きたか」
その声に体が震えた。いや、別に恐れとかじゃない。その声があまりに近過ぎたせいだ。
(っていうか、どうして膝枕ァーっ!)
絶叫を心の中で留めた私は偉い。偉くないと思う人は想像してみて欲しい。悪夢から目覚めた直後に響く男性の声。そして上から覗き込む(一般的には整っていると評される)男の顔。しかも悪夢の終わりに見た顔と同じときた。
「リリアン?」
「……とりあえず、現状の説明をおなしゃす……」
混乱しまくった結果、変な言葉遣いになった。声も張れない。
「現状? あぁ、珍しく酒を過ごしたリリアンが眠り込み、どうするかと迷ったところ、魘されているようだったので近くに引き寄せた。そしてたった今、お前の目が覚めた。そんなところだな」
「そうですか……」
酔い覚まし役――二日酔い対処要員が戻ってきたことにうっかり浮かれて飲み過ぎたのは認めよう。うん。ちょっと調子に乗った。今は独特の倦怠感がないということは、酔い覚ましをしてもらった後、ということだろうか。
(ってことは、あの悪夢の最後に大魔法使いサマが登場したのは、私の願望? いやいやまさか、そんな……ねぇ?)
私の葛藤を嘲笑うように、大魔法使いサマの口の端が持ち上がる。そして、とんでもない爆弾を落としやがってくださいました。
「現実の話に限定するならな」
「……はぁ?」
大魔法使いサマの手が私の頬に添えられる。まるで、この場所から体を起こしてくれるな、と繋ぎとめるように。
「他人が見ている夢に干渉できる魔術がある。と言っても、無理やり干渉ができるわけではない。基本的に夢を見ている本人の了解か、強い信頼関係がなければ夢の内容に干渉することは難しい」
「……」
少しばかり嬉しそうに説明する大魔法使いサマの言うことを理解したくなくて、私はただ口をパクパクさせるだけの木偶人形になる。
「お前の夢を覗くだけでなく、俺は現身を中に投影できた。それはつまりお前が俺を――――」
「待って待って待って違うからっ! あのときはただ単に誰でもいいから助けて欲しいって思ってただけで、別に特定の誰かを呼んだわけじゃないのっっ!」
慌てて両手を上げて大魔法使いサマの口を押さえる。
(違う! 絶対に違うからっ!)
だけど、その反応を返したこと自体が迂闊だったのだ。
「そうか。ではやはりあの魔術は成功していたんだな? 俺の幻想ではなく、あれは確かにお前の夢の中だった。そうだな?」
大魔法使いサマは伊達に王城で働いているわけではないということだ。なんとなく私への接し方から直情傾向にあるような印象だったけれど、この人はちゃんと貴族高官とやり合える人なんだと、私は認識していなかった。
(いやいや、少し考えれば分かるでしょう! 本当に心のままにしか動かない人なら、とっくの昔に危険因子として消されててもおかしくないわよね? 私のバカバカ!)
甘過ぎた自分への追及は後だ。とにかくこの場をやり過ごす方に全力を傾ける。
「えぇと、それじゃ酔っぱらったところを介抱していただいてありがとうございました。私はもう寝ますね」
「などと、俺が許すと思うか?」
急いで起き上がったところ、がっしりと手首を掴まれた。逃げられる気がしないのだけれど、心の底から逃げたい。
「随分と鮮明な夢だったな。実際にあった出来事の記憶から形作られた夢程そういった傾向がある。――――俺には見慣れぬものばかりだったが」
「起きたか」
その声に体が震えた。いや、別に恐れとかじゃない。その声があまりに近過ぎたせいだ。
(っていうか、どうして膝枕ァーっ!)
絶叫を心の中で留めた私は偉い。偉くないと思う人は想像してみて欲しい。悪夢から目覚めた直後に響く男性の声。そして上から覗き込む(一般的には整っていると評される)男の顔。しかも悪夢の終わりに見た顔と同じときた。
「リリアン?」
「……とりあえず、現状の説明をおなしゃす……」
混乱しまくった結果、変な言葉遣いになった。声も張れない。
「現状? あぁ、珍しく酒を過ごしたリリアンが眠り込み、どうするかと迷ったところ、魘されているようだったので近くに引き寄せた。そしてたった今、お前の目が覚めた。そんなところだな」
「そうですか……」
酔い覚まし役――二日酔い対処要員が戻ってきたことにうっかり浮かれて飲み過ぎたのは認めよう。うん。ちょっと調子に乗った。今は独特の倦怠感がないということは、酔い覚ましをしてもらった後、ということだろうか。
(ってことは、あの悪夢の最後に大魔法使いサマが登場したのは、私の願望? いやいやまさか、そんな……ねぇ?)
私の葛藤を嘲笑うように、大魔法使いサマの口の端が持ち上がる。そして、とんでもない爆弾を落としやがってくださいました。
「現実の話に限定するならな」
「……はぁ?」
大魔法使いサマの手が私の頬に添えられる。まるで、この場所から体を起こしてくれるな、と繋ぎとめるように。
「他人が見ている夢に干渉できる魔術がある。と言っても、無理やり干渉ができるわけではない。基本的に夢を見ている本人の了解か、強い信頼関係がなければ夢の内容に干渉することは難しい」
「……」
少しばかり嬉しそうに説明する大魔法使いサマの言うことを理解したくなくて、私はただ口をパクパクさせるだけの木偶人形になる。
「お前の夢を覗くだけでなく、俺は現身を中に投影できた。それはつまりお前が俺を――――」
「待って待って待って違うからっ! あのときはただ単に誰でもいいから助けて欲しいって思ってただけで、別に特定の誰かを呼んだわけじゃないのっっ!」
慌てて両手を上げて大魔法使いサマの口を押さえる。
(違う! 絶対に違うからっ!)
だけど、その反応を返したこと自体が迂闊だったのだ。
「そうか。ではやはりあの魔術は成功していたんだな? 俺の幻想ではなく、あれは確かにお前の夢の中だった。そうだな?」
大魔法使いサマは伊達に王城で働いているわけではないということだ。なんとなく私への接し方から直情傾向にあるような印象だったけれど、この人はちゃんと貴族高官とやり合える人なんだと、私は認識していなかった。
(いやいや、少し考えれば分かるでしょう! 本当に心のままにしか動かない人なら、とっくの昔に危険因子として消されててもおかしくないわよね? 私のバカバカ!)
甘過ぎた自分への追及は後だ。とにかくこの場をやり過ごす方に全力を傾ける。
「えぇと、それじゃ酔っぱらったところを介抱していただいてありがとうございました。私はもう寝ますね」
「などと、俺が許すと思うか?」
急いで起き上がったところ、がっしりと手首を掴まれた。逃げられる気がしないのだけれど、心の底から逃げたい。
「随分と鮮明な夢だったな。実際にあった出来事の記憶から形作られた夢程そういった傾向がある。――――俺には見慣れぬものばかりだったが」
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