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65.なかなかに血生臭い

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「アイリ、食後にその……話の続きをいいだろうか?」
「あ、うん。もちろん」
「あまり無理はさせたくないから、アイリの部屋で」

 久々に夕食を一緒にできたけれど、食事の最中は核心に触れるような話はなくて、どうしてだろうな、と思ったら食後にするようです。
 ちなみに、食事中は、私がリュコスさんから正体を明かされた話と、ミーガンさんについては向こうから明かしてくれるまでは特に聞かないスタンスを取るという話ぐらいしかしてない。テオさんのことを話すと、ライの機嫌が急降下して、食事が不味くなりそうだったので。

「アイリは……」

 二人で私の寝台に腰掛けたところで、ライはようやく話し始めた。

「アイリは、血生臭い話に耐性はあるか?」
「血生臭いって、たとえば血で血を洗うような兄弟骨肉の争いを繰り広げる『ゴレイス戦記』みたいな?」

 幼い頃は仲が良かった腹違いの王子二人が、各々の立ち位置を自覚するに従って、王座を争う話で、お互いの縁戚による権謀術数の数々……というか、なかなかエグイ策が多くて、正直途中で心が折れそうになった小説だ。しかも最後の最後で敗れた兄王子のセリフが、仲が良かった頃を想起させるようなもので、肺腑をえぐられるかと思った記憶がある。

「ごめん、俺の聞き方が悪かった。血生臭い『話』じゃなくて、血生臭い『こと』と言った方が良かった」
「『話』じゃなくて『こと』? あ、もしかして戦闘描写がすごくリアルだった『僕と彼女とグリーダ3~魔物大発生奮闘編~』のこと?」

 あれも展開自体は、人を襲う魔物が異常発生したのに立ち向かう、というものだったけれど、切り飛ばした魔物の腕やら腹からこぼれる血の描写、果ては襲われた人の死体描写など、かなりグロい方面に振り切っていて、読んでいる途中に小休止を入れた程だった。最終的にはそういった詳細な描写を読み飛ばすことで耐えたけれど。

「ごめん、ちょっと本の話から離れようか」
「あ、うん」

 隣のライから、ぽん、と頭を撫でられ、読んだ本のことを頭の片隅に追いやった。
 なのに、ライは何かを逡巡するように口を開いては閉じ、と繰り返している。

「言いたいこと、そのまま話してくれる? その方が誤解が少ないと思う。ごめんね、なんか、察しが悪くて」
「いや、アイリが悪いんじゃない。俺が、わざと迂遠な表現にしたのが悪い。……はぁ、俺がするのは簡単なんだけど」
「?」

 ライの発言に首を傾げていると、彼はようやく整理がついたのか、口を開いた。

「アイリは、内臓とか血とかに耐性はある?」
「それは現実で、ってことよね? 村に住んでいた頃は、生きてる鳥を解体することもあったから、人並み程度に耐性はあると思うわよ?」
「解体……」
「羽を毟って、首を落として、翼の先と足先を落として、肛門切り開いてから内臓引っ張り出して……って、あれ、ライ?」

 手振りを交えて鳥の解体を説明していたら、何故かライが気分悪そうに少し明後日の方を向いていた。

「ごめん、うん、そっか。村だとそういう感じだったんだね」
「もしかして、ライの方が耐性なかった? ごめんね?」
「いや、俺が聞いたせいだから」

 どうやら、本当にそういうのに耐性がなかったみたいだ。思わぬ弱点を発見してしまった。……ライ、吸血鬼(の近縁種)なのよね?

「そんな目で見ないで。俺だって、まさか自分がこういう話でちょっと気持ち悪くなるとは思わなかった」
「まぁ、経験がないなら仕方がないわよ。なんか、思わぬところで、ライが貴族なんだなぁ、とは思ったけど」

 あ、ちょっと顔が赤くなった。

「俺のことはいいから。でも、それなら大丈夫かな。前に話した寿命を共有する方法なんだけど」
「あ、うん」

 真面目な話になったので、いじるのは止めることにする。もちろん、機会があれば、このネタでもう少しライが困るのを見たい。だって、ライの困り顔なんて珍しいもの。

「お互いが心臓近くの血を吸い合えばいいんだ。細かい手順は俺の方でやるから、アイリは俺の血を飲んでくれればいい」

 それは、私に吸血鬼の仲間入りをしろ、ということだろうか。

「ライ」
「うん」
「それは、えぇと、日常的に? 何度も?」
「違う違う。一度だけでいいんだ。場所とか時間帯を指定するけど、アイリは飲んでくれるだけで」
「つまり、ライが私の血を吸ったようにすればいいってこと?」
「……」

 あれ、何故か目を逸らされた。

「違うの?」
「あー……、その、本当に心臓近くの血を吸う必要があって」
「心臓近くって、だって――――」

 あのときだって、本当に左胸のやや中央寄りを遠慮なくガブッといかれたのに、それ以上、ということ?

「俺が自分で胸を切り開くから、そこから吸って欲しい」

 思わず眩暈を起こしそうになったのは、きっと私の想像力が強いせいだろう。そんなことをする自分を想像しただけで、ちょっと、クるものがある。

「その後で俺もアイリの……大丈夫! ちょっと、いやかなり痛いかもしれないけど、すぐ治るから!」

 慌てたライの声が、どこか遠くで聞こえるようだった。

(テオさん。障害が多いっていう忠告はコレのことだったんですねー……。人間の精神が長く持たない云々よりも、こっちの方の忠告がもっと欲しかったです……)

 小説ではよくある、『精神的ショックで倒れる女性』に自分がなるとか考えてもみなかった。

(あれは絶対に、気絶しているフリだと思っていたけれど、本当にこういうことはあるのね。勉強になったわ)

 そして私の意識は真っ黒に塗り潰された。
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