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52.超特急で調整って、すごい

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 この邸の立地が特殊だから、ということなのだけど、どうやら私の服の調整を今日中にやってしまうらしい。何とかなります、って言っていた店主さんの斜め後ろで、ビスさんが絶望的な顔してたけど、本当に大丈夫なのかな。

(でも、夜にこの邸に滞在させるわけにはいかないのよね、たぶん)

 リュコスさんの話だと、店主さんは侯爵家の仕事の特殊性を朧気ながらも察しているということなので、泊まれないという理由も納得しているらしい。
 侯爵家の仕事は、反省の色のない重犯罪人を傀儡にし、知性を奪って飢えながら彷徨させることを繰り返し、改心もしくは精神が擦り切れたタイミングで地に還す――バラに変えるのだそうだ。もちろん、この刑は公にはなっていないので、侯爵家は単に犯罪者収監施設の管理人、みたいに思われているのだとか。

(どちらにしても、嫁入り先としては忌避されがちな仕事よね)

 そこまで考えて、ライが話してくれた元婚約者の心情がすとんと腑に落ちた。生粋の貴族令嬢で、お金に窮していたからには贅沢はできなかっただろうけれど、礼儀作法だダンスだと教育はそれなりに受けていたんだろう。そんな令嬢の嫁ぐ先はちょっと物騒な仕事を任されている家で、相手は美少年だけれど成長が止まっていて、しかも人間ではない。

(確かに戸惑うとは思うのよね)

 私の場合は、先にライを知っていたということが何より大きいと思う。叔母夫婦の悪意を浴びていたせいか、自分に害のある相手かどうかを先に考えてしまう癖がついていて、たとえ人間でなくとも、私を害そうとするかどうか、という基準で判断してしまったし。

(あ、目がどうのって話、ライに確認するの忘れてた)

 意味深なリュコスさんのセリフのことだ。単にそれっぽい言葉で匂わせただけなのか、それとも本当に何かがあるのか、ライなら教えてくれると思ったのだけど、色々あって忘れてしまっていた。

(今晩あたり、ちゃんと聞いた方がいいよね。もやもやと疑念のまま残してもアレだし)

 ジェインに気を許すな、なんて言われたから、夕食の席で聞くのはやめて、夕食後……ライが仕事を始める前にちょっと時間をもらえばいいかな。うまくいけばリュコスさんも同席するし。


☆彡 ☆彡 ☆彡


(どうしよう、すっごくモヤモヤする)

 夕食の席では、無事に特急仕事を終えた仕立て屋さんを話題にして、つつがなく終わった。
 その後、ちょっと時間をもらって、私の目について尋ねてみたのだけれど――――

(絶対、目が泳いでた)

 ライは、終始「何のことを言っているのか分からない」という態度を崩さなかったけれど、途中、執務室の入り口に控えていたリュコスさんを睨みつけたり、不自然に目を逸らしたりしていたと思う。絶対に、何かある。

(でも、私の目のことを、私に秘密にする理由ってある? いや、そもそも『目』って何?)

 別に他の人と比べて、特段に視力が良いわけでも悪いわけでもない。目の色だって、濃い青が珍しいこともないだろう。青いってだけなら、ミーガンさんだって青かった。

「どうして、話してくれないのかな……」

 なんだか裏切られたような気持ちになって、私は寝台にころんと寝転ぶ。はしたなく足をじたばたさせてみるが、そんなことで心のモヤモヤが晴れることはない。

コンコン

「はーい」

 寝台から降りて、廊下につながる扉へと向かう。こんな時間に尋ねてくるのは、ライぐらいだろう。もしかしたら、謝りに来てくれたのかもしれない、と自然と足が弾む。

「どうした……の?」
「や、失礼するね」

 ぐらり、と平衡感覚がおかしくなる。扉を開けた先に立っていたのは、銀髪に赤い瞳、長身の――――

(あ、れ……?)

 何かがおかしい。違和感はあるのに、私はその人を歓迎していた。

「どうぞ、たいしたおもてなしもできませんが」
「そこまで求めてないから大丈夫だよ。ちょっと話がしたかっただけだから」

 その人に椅子を勧め、私は寝間着のままでははしたない、と上に軽くストールを羽織った。まさかこんな時間に尋ねてくるなんて、非常識――いや、大事な話みたいだから仕方がない。

(あれ、今、私、何を考えた?)

 めまいがする。でも、ちゃんとこの人と話をしないと。だって、それはすごく大事なことだから。

「顔色が悪いみたいだけど、大丈夫? 僕が見ていてあげるから、少し眠ったら?」
「あ、りがとうございます……」

 この人の言うことももっともだ。この人が見ていてくれるなら、絶対安心だから、少し休んで、やす、んで?

「あつっ!」

 胸元に提げっぱなしの指輪が火傷しそうな程に熱を持った。痛みに刺激され、私の意識が覚醒する。

(な、んで――――)

 私は慌てて目の前の男性から距離をとった。彼は意外そうにこちらを見ている。
 今ならちゃんと分かる。認識を歪められていた。この感覚は、ライにされていた暗示に似ている。

「どうしてまだこの邸にいるんですか、テオさん」

 目の前の男性は、仕立て屋の助手その2、テオと呼ばれていた人だった。
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